第10話 ヒロインの登場。遅いって?それは物語の性質上の致し方ないことです。

 目を覚ます。まるであの時のように目を開けるのが億劫だけど、強引に瞼を開いた。眼前に誰かがいたから。鼻先がかすめるぐらいの距離だ 。長い髪の美少女。


「あー!起きちゃった、じゃない、おはよ」


そう言って目の前の美少女は俺にキスをした。もちろん、マウストゥマウスで。またも理解できない行動に驚き飛び起きる。これが天使の挨拶なのだろうか。


「キミは?誰だ」


辺りは暗いが月が見えない、それもそのはずで、ここは小さな洞窟の真ん中だった。洞窟の長さはかなり短く、20mもない。奥には彼女が集めたのだろう比較的直線な枝が集められていた。洞窟の入り口には焚火が見える。その揺れる火に照らされた彼女はを見て、さらに驚いた。彼女は何も着ていない産まれたままの姿なのだが、アニメや漫画等のフィクションでよく見る3対の羽が背中にある天使だということ。


「見ての通り、私は人造天使ならぬ天造人使の個体識別番号SHUB-EX1928、通称アンジェ・ソレス・リアン・アエニマ・クルムレース・ノワレ・アイ・プロパーティオン・エピストゥラ・アマ―トーリエー・スクリープタ。どうあっても長いので、好きに呼んで」


 アンジェ・ソレス・リアンまでは聞き取れたがそれ以降は聞き逃した。うん、長い。長すぎる。好きに呼べと言ったが、実質4択だ。識別番号で呼ぶか、アンジェ・ソレス・リアンのどれかで呼ぶか。識別番号はないとして、迷った挙句、ソレスと呼ぶことにした。言葉の感覚で申し訳ないが、この中で一番天使っぽい感じがしたからだ。


「ソレス。以後ソレスで反応するね。私はあなたの伴侶となる身。例え体が無くなろうとあなたの傍に・・・ってその体!まさか、人間に!?」


 ソレスは俺の服を脱がし、ベタベタすりすりとまさぐるように俺の天使の部分を触り始め、苦い顔をした。下半身から上半身まで、順に触られた後、顔をじっと見つめて一瞬笑顔になったところで俺から離れた。


「こっちはSHUB-R802の大腿部と腰部の装甲、こっちはSHUB-E162の背面装甲だ。これ、ああそういうこと。嫌な改造の仕方。まあでも、あなたが天使になったその部分だけは喜ぶべきかな、セイム。これは私が心配になって来て正解だったかも」


 俺がなぜあの馬車ではなく、俺の伴侶を名乗るソレスに介抱されているのか、そもそもここはどこなのかわからないままここにいる。それなのに、顔に影を残したままソレスは話を続けた。


「そういえば、あの計画は・・・?」


「あの計画?」


「・・・その様子は、失敗したようで。その体はあの豚の嫌がらせでしょうか。あの豚いつか絶対殺してやる」


「悪い、ソレス。話がさっぱりなんだが・・・いや、いい。どうせ俺はもうすぐ死ぬんだろ?」


「その体になってしまうともう、肉体はもう」


 ソレスは答えなかった。どうしようもない、もう手はないと諦めた顔をして。わかっていた。自分の体がどれだけ不安定なのか。やはり天使のエネルギーに人間の体が耐えられるはずがない。今こうして活動できているのが奇跡なのだろう。だから俺はあのゴミ置き場に捨てられていた。目覚めるわけがないと。


「でも、千が一、万が一、億が一の確率で、肉体を残す可能性はないとは言い切れない。ただ、その場合、セイムさんが今天使の装甲で補っている部分を元に戻す工程が必要になるから、元の体のパーツが必要かな」


 ソレスの精一杯の慰めだったと思う。なのに、俺は一蹴した。ソレスにしてみれば自分の仲間の体の一部を恋人の体にくっつけられ半天使にされたわけで、複雑な心境だと思う。安直な例えだと思うが、事故に遭った恋人が先に亡くなった自分の知人の四肢を移植されて帰ってきたのだ。人によっては拒絶反応を起こしてもおかしくない状態なのに。俺はいつの間にか溜まった憤慨をぶつけてしまった。


「それはもうもう戻せないと言っているのと一緒だ!!」


 初めて怒鳴った。怒りを露わにした。おかしい、いつもみたいに流せない。ヤー爺の小言も、ムアバとヴィーチェのボケのデパートも、俺を捨てた行商人も、思うところはあれど表に出すことはなかった。不思議と止めれていた自制心がまるで彼女の前では感情を表すことを許されているように、吐き出した。


「俺はなんでこんな目に遭っているんだ。なんで俺なんだ。勝手に体を改造されて、記憶がなくて、それでも何とか生きて、ここにいる。生きる目的もないんだ。きっとあの手紙の、ターレルとかいう奴の手紙はもう来ないんだ。俺が道を踏み外した、きっとあの行商人は保険だったのに俺は、俺の体が限界を迎えそうだと。そうなったら俺は残りの時間を一体何を目的に生きればいい?天使として人類を滅ぼせばいいのか?人として、天使に抗えばいいのか?それとも・・・もうお前は何もするなと使えない人間を一括するようにもう何もするな。そのままどこかで朽ちて消えてしまえと、そう言うのか?どうせソレスも俺から離れていくんだ。助けてもらったことは感謝している。でも、どうせ、いなくなるならさ、今からどこか俺の目に触れないところにでも――――」


「っ!」


 当然、思いっきり頬を叩かれた。顔は人の部分ではあるものの、天使のエネルギーが回っているためオリハルコンまでは行かないが相当な強度をなのだが、思わず手で押さえてしまうほど痛い。自分でも分かっている、自分が悪いと、だけど裏切られたようで憤って、見捨てられたようで悲しくて、感情という火を業火に変える。どうせまた、自分は一人なのだと。


「なにを――」


「馬鹿」


 言いかけて。やめた。彼女は、ソレスは、俺を強く抱きしめた。それも痛いぐらいに。だけど今度のは嫌じゃない。何かで満たされるような温かい感覚。暗闇の中をずっとさまよっているときに見つけた光のように、縋ってしまいそうな希望だった。手放したくなくて、無我夢中で抱きしめる。


「無茶してまた一人で背負いこんでる。でも、うん、いんだよ。それでも。大丈夫、大丈夫。今は私がいるから。今度は一緒」


「ああ、うっ、あああああああああ、ああっ、あああああああああー!」


 泣いた。叫んだ。つまるところ、号泣した。ちょっと、ソレスが笑っていた気がするけど、許されていると思う。こんな人前では見せられない顔をしてうるさいぐらいに号泣しているのに、ただ「大丈夫、大丈夫」って 手を伸ばして頭を撫でているから。それが嬉しくて、ありがたくて、もっと泣いた。


目覚めてここまで失ってばかりの道だった。中央都市で並んで歩くカップルを見て、「贅沢な人間だ。俺には関係のないことだ」なんて思っていた。だけど、俺は過去の俺からもったいないくらいのものを受け取った。いや来てくれた。


 自分は救いようのないぐらい馬鹿だと思う。支離滅裂なことをして、ソレスを困らせている。だけど、それでもいいのかもしれない。自分のことを賢いと虚勢を張って無理して立っているよりも、たまにでもこうして吐き出す方が人間らしい。確かに俺は半分天使だ。ももう半分は人間なんだ。自分の生き方ぐらい自分で決める、弱音も吐くし、怒りだってする。 でもそれが人間ってものじゃないだろうか。ヤー爺もムアバとヴィーチェも、あの行商人もみんな自分で生き方を選んで生きていた。俺に足りなかったのは自分で自分の生きる道を決める勇気だったんだ。だから空っぽだった。記憶喪失だからと手紙に縋って甘えていてはいけなかったのだ。


 手紙がなくても、残りの時間を自由に使おう。未来を生きているような天使の生き方よりも、今を生きて過去を大切にする人間の意地の悪い生き方を。




「そろそろ落ち着いた?」


「ああ、なんかごめんな。つらいのはそっちも同じだよな」


「いいよ、だって、私たち恋人同士 なんだから」

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