第2話 1枚目の手紙

 記憶喪失なんてものはフィクションの中だけの妄想、現実で記憶喪失になったなんてのは厨二病ぐらいなものだと思っていた。いや、思っていたのかすらわからないけど。自分の事でわかることなんて何もない、身長、体重と身体的なことから、出身、年齢と経歴のことまで、何一つわからない。白状するならばかなり不安だ。今すぐ誰かに頼ってしまいたい、そうでなくても記憶が回復するまで閉じこもっていたい。そんな状態で、ここかどこかなんてわかりもしない。自分でも不安な割には落ち着いていることに驚いているが、不安なことに変わりはなく、さっきから手が震えている。落ち着いているように感じるのはおそらく上辺だけ取り繕った虚勢だろう。強がる自分を慰め少しでも不安を紛らわそうと、これからどうすればいいのか、誰を頼ればいいのか、どうやって生活していけばいいのか。わからないけど、わからないなりにあがいてみるためにまずはこの場所を知ることから始めようとあたりを見渡した。場所はどこかの路地裏。寝ていたのはごみ袋の上。どうやら自分は人々にとってごみだったらしい。


ゴミはこの町に住む人々がの生活を物語っていた。野菜の切りくずなどの生ごみは多少あれど、ほとんどがお菓子などに使われているシュリンクのようなプラスチックの包装ばかり。成分表や販促の書かれた箱や袋は一切見当たらなかった。


路地裏まで聞こえてくるのは基本的に人々の足音だけ、会話は少ないこともあり案外生活は苦しいのかもしれないと思いながらまだ何かないかと目を凝らして見ると手紙を見つけた。


「・・・捨てられているにしては随分綺麗だけど」


ごみ袋の下敷きになっていたため、若干汚れてはいるもののしっかりとした白い封筒に包まれたそれは、読まれる前に捨てられてしまったのだろうか、封も空いていない。もしもこれが甘酸っぱい想いを綴ったラブレターならばどんなに悲しい事か。伝える努力をしたのに、紐解く前に受け取り拒否。俺なら三日寝込むね。


「良心が痛むけど、ごめんなさい」


できる限り丁寧に封を開ける。これも生きるための情報収集だ。そもそも生活が困窮しているのならば手紙を書く余裕どころか、恋愛をする余裕すらないだろう。恋をするそれがどれだけ贅沢なのか俺には計り知れないが、現状を見るにおそらく一部の貴族あたりだろうなんて妄想は衝撃と言う名の波にさらわれていった。




『拝啓・・・いや、書く必要もない。そうだろう?記憶喪失のセイム』




「っ!!これが俺の名前なら俺を知っている!?今の俺の状況まで把握しているのか!!」


あまりの衝撃に手紙を落としてしまった。


この手紙はラブレターなんかじゃない。誰かが俺に向けて置いて行った手紙だ!こんな路地裏のゴミ捨て場に俺が捨てられるということを見越して置いて行ったんだ!誰が、誰なんだ!


額に冷や汗を浮かべ、絶対に正解にたどり着かない問答を頭の中で始めた。


誰だ→俺を知っている人→記憶喪失になることを知っている人→預言者?そんな人は知らない→俺をここに捨てた犯人?わざわざ手紙を残すか?→俺の友達?手紙ではなく介抱してくれるだろう、そうでなくても目が覚めるように頬でも叩いてくれるはずだ→なら誰だ?


の無限ループ。このループを2,3回ほどやって自分の思考回路に呆れ、思考をすることを止めた。現状を打破するのはこの手紙だ。それにまだ、一行目を読んだだけ。手紙を全て読んだわけじゃない。もしかしたら差出人くらい書いてあるかもしれないと手紙を拾い上げて目を通す。そうだもしかしたら俺じゃないかもしれない・セイムと言う誰か別の記憶喪失の人なのかもしれない。という現実逃避はあっさり砕かれた。。




『きっと驚いたことだろう。よくわかる。だが、君はセイムだ。半天使よ、時間がないのだ。キミにはやってほしいことがある。とはいえ、現状右も左もわからないキミに目的を教えるのはこっちとしても不安だ。だからまず、大通りに出て人々をヒントに今の世界を知り自分なりの答えを見つけてほしい。それがどんな答えであろうと、構わない。まずは大通りに出るんだ


ターレル』




やっぱり状況を理解してやがる。そもそも、誰だよターレルって。結局誰なのかわからないじゃないか。言いたいことだけ言ってこっちが欲しい情報を一切くれない。それに、今どんな状況で、何が起きているとか教えてくれないで、自分の目で見ろだなんて、なんて不親切な奴なんだ。せめて世界情勢ぐらいは教えろって思うのは俺だけか?


いくら手紙に当たってもむなしくなるだけと気づくまで3分かかったことは置いておいて、手紙を握りしめ言われるがままに大通りに向かうことにした。


しばらく歩いていると、目の前に大通りが見えた。今まで路地だったことを考えるのであれば、この街の大動脈、言うところのメイン通りなのだろう。とにかく人が多い。だが全員下を向きで法則性をもって俺から見て左に向かって歩いていた。その方向にはには大きな門が開けられ、その奥には巨大な壁がそりたち錆付いた刑務所を連想させた。おそらく軍で管理している訓練施設か宿舎ようなものなのだと勝手に解釈した。さらにその奥に何かあるのだろう、その場所を囲むように空間があるようなつくりをしている。上から見るとロの字やコに見えるだろう。


「入った人を逃さない作りだな・・・っと」


道の中央を歩く銃を持った歩兵の後ろをゆっくり走る四輪駆動車にはバッジをいくつか付けた軍服が数名。元々この道を歩いていたであろう人にはいたであろう人は立ち止まり、頭を下げていた。俺も紛れるために頭を下げた。その間数秒だっただろう。列は長くない。


装備からして戦争帰りだろうか。それにしては少なく、状況はあまり芳しくないが何とか耐えているのだろう。多分自分とは関係ないと思い。その場を後にした。

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