「その手紙、啓示であるか否か。」

雪水湧多

第1話 プロローグ:堕天の儀式

「あれはなに?」


無邪気な子供が青空を指さして不思議そうに首を傾げていた。海沿いの街に突如として現れた「それ」を人々見上げて、大人も子供と同じように首を傾げた。


 それは遠目から見ると隕石のように見えた。でも誰一人声を上げることせず、避難しないのは見とれてしまったからだ。


 隕石は白いプラスチックのようで、自然界では見ることのない人工物の丸さ。それが生物だと言われても誰も信じることはないだろうし、何かの催し物だと誰もが考えた。


「おおぉ」


 声が上がった。歓喜の声だ。


 隕石が糸を解くように、解けていく。取り合った手を放すように。ゆっくりと。そうして解けたものが、再度組み合って翼を形成した。その翼が計6枚展開したところで歓声とは違う声が上がった。


 人々は気づいたのだ。これは自分たちが見ていていいものではないと。


「あ、ああ」


六枚の翼の根本、大きな人の目が1つ。瞬きもせずに虜になって居た人々を見ていたのだ。あれは隕石ではない。地球外の大きな花に見える怪物。大きさは地上から見える太陽や月よりも大きい。人知を超え、およそ人では到達不可能な神に近い存在。


そして人々は目を奪われていたことを酷く後悔した。


 突如その大きな怪物は瞳が縦に横にと右に回転し、翼を羽ばたかせることなく徐々に加速して風を起こした。すぐに突風になり、ビルの窓ガラスが割れ、人々の体が浮き、木々が軋みを上げ、荒波を起こす。人々がパニックになり悲鳴と怒号と悲哀の声。そして協会では出さないような大声の祈りと懺悔が響き渡った。


数秒後、混声合唱がピークを迎えて街が蒸発した。


否。国が消えた。場所によっては島ごと消滅。


 同時刻、同じような怪物がいくつかの国々を蒸発させ、残った大陸の人々の電子機器にとある文字の羅列が表示されていた。各国の言葉で




『自由の羽をもぐ時だ。人間』




 のちにこの出来事を『堕天の儀式』と呼んだ。天使と我々人類の戦争の始まりである。


天使は人間を滅ぼすために各国に進行を開始、僅か数日で大国以外が滅びた。当然の結果だった。天使たちは人類の武力では想定していない防御力を有しており、現代基準で数十名が一体の天使に一斉射して倒しきれるかどうかであった。幸い天使の総数は少ないとされ、一度の進行で数百体で重火器が豊富な大国であるならば守りに徹していれば陥落することはないと各国の研究者が結論を出した。そうして二十年が過ぎた。時代が進み対天使用の重火器が誕生したが、素材に天使の装甲を使っているため加工や運用が非常に難しい代物だった。結局地球上の通常兵器では天使の装甲をやすやすと貫く武器は作れなかったのだ。そして人類が手を出したのは天使の装甲。地球では過去に記述されているだけの「オリハルコン」。成分を分析しても地球の重力下では生成不可能であり、その重さ1cm3あたり、1kgと非常に重く鉄の約13倍、プラチナでは約4.7倍であった。キロ先のコンクリートに穴をあける対物ライフルに装填する案が浮上したが、たった1発の20mm弾に加工するだけで2年かかるうえに、対物ライフルでも発射できないため戦車にシフト。10年の実験の結果、専用の戦車が作られた。と人類が有効武器を製作するまで長い間時間を労すことになり、対天使用戦車が完成しても人類はいまだ劣勢を強いられていた。


 もちろん、これだけでは天使の進行を防ぎきれなかった。だが、人間側にも切り札が居た。天使の武器を使い、天使と対峙しても無双できる日本人。『堕天の儀式』以降全線で戦い続け、休んでいる姿を見たものはいないとされ、その秘密は『世界合衆国ACT』によって保守運用されているが彼の存在が今を生きる全ての人間の希望であることに違いはなかったのだ。


これはそんな終末一歩手前の世界のお話。




 目を開くたったそれだけの行動。それがあまりに億劫で、数時間目を閉じているような気がする。どれだけ経ったのかそんなことはどうでもよくて、今は目を開けるのか開けないのかそれだけで頭が一杯だ。二度寝なんて誰だってあるだろう。あと十分、時間ぎりぎりまで寝ていたい。どうせ目を覚ましても嫌なことばかりの日常なんだ。もし目を開けずに数時間なんて言わず数日いられるのなら魅力的だろう。嫌なものを見なくていいし、やりたくないことをやらなくてもいい、何よりこの現実を直視しなくていいただそれだけで満足できる。でも、終わりは必ず訪れる。長い間目を閉じていても結局目が冴えてしまって長い時間閉じていられなくなる。そんな経験ないだろうか。今の俺がまさにそうだ。何度も瞬きをして一気に瞼を開いた。


「う、う、うっ・・・」


 当然だが眩しい。屋根同士の隙間から差し込む太陽を手で隠しながら怠い体を起こした。家屋と家屋の間にある隙間の通路とも言い難い狭さ道。どこかの路地裏だろう。もっともどこかなんて見当もつかない。それに頭が妙に真っ白で働かない。自分の状況を把握しようとした時、あることに気付いた。


「俺は・・・誰だ?」

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