第4話
……え、俺?
何かの見間違えかと思い、目をぎゅっとつむり、もう一度彼女の胸を凝視し、〈パイ視〉を発動させる。
俺だ。俺の顔だ。涼やかな笑顔をした俺の首から上が、彼女の頭上でふわふわと浮いている。相当気持ちが悪いが、あまりにも晴れ晴れな顔をしているかなぜか許せてしまう。
数秒経ち、蜃気楼のようにすうっと消えていった自分の顔に呆然と立ち尽くしていると、いつの間にか信号が青に変わっており、人混みに引っ張られるかのように俺も慌てて歩き出した。
このコンビニを通り過ぎたらすぐに駅で、いつもならそっちに行くのだが、今日は違う。
俺はなるべく平静を装ってコンビニの中に入った。一瞬、件の彼女とすれ違い、その瞬間だけ鼓動が高鳴った。あと、いい匂いがした。
適当に飲み物だけ買ってそのままイートインコーナー向かうと、窓向きのカウンター席に腰を下ろす。とりあえず、作戦会議だ。
講義のときにもろくに出さない参考書を開いて、あたかも勉強をしているかのような姿勢をとると、チラリと外を見る。
件の美少女は腕時計やスマートフォンをしきりに確認し、落ちつきがない。待ち人はまだ来ずのようだ。
少女は後ろ姿だけでもその美貌がありありと表れていた。細い腰回りや綺麗なうなじがすごくいい。うーん、グッドエッチ。好きです。
勢いにまかせていきなり話しかけに行かなかった自分を褒めてやりたい。それくらい、今の俺の内心はテンション爆上げだった。心がディスコでバイブスぶち上げだ。
俺の頭の中はもはやおっぱいでいっぱいだった。参考書に書いてあることなど一切入ってこない。
だが今は落ち着け俺。心で念じ、深く息を吐く。多少は落ち着いた。
しかし、謎だ。自分のこの能力に関しては百パーセントの信頼を置いているのだが、それでも懐疑的にならざるを得ない。どうして彼女のおっぱいを揉むのが俺なのだ、と。
俺は彼女の事を知らない。大学にあれほどの上玉がいたら、俺は早々に〈パイ視〉をお見舞いさせに出向くはずだ。
それとも、もしかして、幼い頃に一緒に遊んでいたけど親の都合で遠くに引っ越してしまった名前も知らない少女が今になって俺に会いに来たとか。それとも、酔っぱらいに絡まれていたところを俺が助け、名前も言わずに去ったはずなのに彼女が何とか俺を探し当ててきたとか。
いや、どっちも違う。女性と遊んだことなど一度もないし、そもそも小さい頃は女どもからは避けられていた。酔っぱらいから助けるほどの胆力も、俺には無い。
じゃあ何なんだよ。もうわけが分からない。俺は一体どう動けばいいんだ。参考書のページを意味もなくめくり、俺は内心で頭を抱える。
男らしく真っ向から「俺に胸を揉ませてくれるのはお前か?」と聞き行くか? いや、どう考えてもアウトだろ。じゃあナンパっぽく話しかけるか? 駄目だ。俺にコミュ力がない。絶対に挙動不審になり、大声を出されてしまう。
なんで俺はあの子のおっぱいを揉めるんだよ。どんなシチュエーションで揉むんだよ。
おっぱいを揉めるのは確かなんだ。さっきも言ったが、俺は自分の能力について完全に信頼している。この能力で女性の頭上に浮かんだ人物は、必ずその女性の胸を揉んでいるのだ。今回だけ例外というのはありえない。
ではなんで、初パイ面の胸を揉めるのか……どうでもいいけど、初パイ面の胸って二重表現になるのだろうか。
いくら考えても、答えは出ない。どうやってあのおっぱいを揉むというのだ。
……まあ、分からないならいっか。考えるのも面倒くさいや。不思議なこともあるんだねえ。おっぱい揉めるならどうでもいいや。
俺が思考放棄したのと同じタイミングで、彼女に動きがあった。
なにやら着信があったようで、スマートフォンを耳に当てている。背中からでも『ウキウキ』という四文字が見えてくるほどの浮かれようで、彼女に尻尾があればぶんぶんと振っているに違いない。
だが、そんな楽しそうな雰囲気はすぐに一転した。
ガラス越しだから何を話しているのか分からないが、何やら口論に発展したようだ。周囲の目を気にせずスマホに向かって何かを必死に訴えかけている。
うーん、その一生懸命な感じもいいですね。エロい展開の前のささやかな抵抗って感じで、なんというか、こう、グッとくるものがある。
ひとしきりの言い争いも終わったようで、彼女はスマートフォンを鞄にしまうと、露骨に肩を落とし、今度は『とぼとぼ』という四文字が見えてくるほどの哀愁を漂わせ、そのままどこかへ歩いて行ってしまった。
もちろん、後を
ここで行かなきゃいつ行く。俺は確定で胸を揉めるのだ。そして、ここからは俺の努力次第だが、あわよくばあのマシュマロのように柔らかそうな唇にもキッスもでき、さらにあわよくばそのままワンナイトまでいけるだ。
金より愛。愛より性欲。『心に生きる』で性。性とはすなわち、誇り高き魂の
俺の魂はこう叫んでいる。I need more boobs――もっと、おっぱいを。
俺は彼女を追った。
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