第13話

 俺とミサキは同時に声のほうへ顔を向ける。

 そこには、グレーのスーツを着た若い女性が立っていた。いかにも仕事のできそうなキャリアウーマンといった感じで、顔色悪く息を切らしている。


 職業病とでも言うべきか、俺は反射的に、スーツの上からでも分かるほど盛り上がった大きな胸を見て、〈パイ視〉を発動させる。


 キャリアウーマンの頭上に浮かび上がったのは、俺の背後にいる黒髪の美少女――ミサキだった。


「ゆ、ユウカ……」


 俺の背後でミサキが呟くのが聞こえた。なんでここに、と言葉にせずともそう言いたいのが伝わってくる。

 ミサキの言葉に、ユウカと呼ばれたスーツの女性は栗色の長い髪が乱れているのを気にもせず、かつかつとこちらに近づいてきた。

 俺の横を通り過ぎ、ミサキの目の前で止まると、その細い肩を両手でがっと掴み、取り乱した声で問いただした。


「無事なのね!? 怪我はない!? どこも痛いところない!?」


 掴む肩をガクガクと肩を揺さぶり、それに連動してあわあわとミサキの顔が揺れ動く。

 ぐわんぐわん揺れながらもミサキは何とか答える。


「う、うん。何ともないよ。でも、仕事中だったはずだよね? なんでここに……」


 その問いにユウカは手を止め、今度はミサキを強く抱きしめた。


「あんなメール見たら、仕事どころじゃないでしょ!」


 怒ってるような心配しているような声で、ミサキがふかふかな胸の中に沈んでいく。

 抱きしめるOLと抱きしめられる美少女(男)。それを見てる俺。

 完全に蚊帳かやの外だが、何となく状況は理解できた。


 ミサキは恋人にフられたショックで飛び降りようとした、という俺の予想は合っていた。しかし、ミサキがフラれたのは、かれぴじゃなく、かのぴだったのだ。いや、ミサキは女の子だから、この場合はユウカ側が彼氏になるのだろうか。いや、でもこの人は〈パイ視〉が発動したから性自認も女性だし……なんか難しいなあ。


 とにかく、ミサキはユウカに別れを告げられ、その傷心で飛び降りを図ったのだ。飛び降りようとする前に少しスマートフォンをいじっていたが、あれはユウカにメールを送ったのだろう。内容を見てないから定かでないが、この慌てようからすると、自殺をほのめかす内容だったのだろう。それでユウカが急いでここに来たと。

 胸の中に埋もれるミサキだったが、腕をじたばたとさせ、ぷはっと顔を出した。


「どうしてここが分かったの? あたし、場所までは言ってなかったのに」

「あなたとの思い出な場所なんだから、当たり前じゃない!」

「ユ、ユウカ……」

「こんな恋愛間違ってるのは分かってる。お互いのためにって別れを切り出したけど、やっぱりミサキのことが忘れられないの! 一緒にいたいの!」

「ユウカ……ッ!」

「ごめんなさい。私から別れようって言ったのに……身勝手なのは承知うえだけど……もうあんなことは言わないから、あなたの願いは全部叶えるから……ずっとそばにいてほしいの」

「……あたしも、ユウカと一緒にいたい。それだけで、あたしは幸せだよ」

「ミサキ……!」


 ユウカの抱きしめる力が強くなり、それに呼応するようにミサキが細い腕で精一杯ユウカを抱きしめ返す。燦燦さんさんと流れる星河せいかの下、二人の頬には揃って一筋の涙が伝っていた。

 俺の知らないラブストーリーが、大団円を迎えたようだ。


 おい、ふざけんなよ。


 俺はどこいったんだよ。主人公の俺、汐丈夕大が美女のおっぱいを揉むために東西奔走するちょっとエッチな青春ラブストーリーは、どこいったんだよ。俺のエッチがねえじゃねえか。スケベはお断りなのか? 情事は汚らわしいか? 差別するのか? 性的描写が教育に悪いなんて前時代的なことを言ってるお前らの心が穢れてるんだからだな。スケベを求めるのは健全で、スケベを迫害する行為こそが恥ずべき行為なんだからな。だから出せよ。おっぱいを出せよ。こんなちんけなラブストーリーより、世の青少年たちは奥深い性の未知を求めてるんだぞ。俺を置いていくなら、せめておっぱいを置いていけ。ヒューマニティとかどうでもいいから、俺に揉まれるおっぱいを置いていけ。


 俺の心の叫びは当然届くことはなく、二人は俺をよそにイチャイチャを続けている。

 くそう。なんだこの寝取られた気分は。興奮してきたな。

 本当、どうすりゃいいんだよ俺は。ツイッターに『ちょっと待って。尊い』とでも呟けばいいのだろうか。


「そういえば、あなたは誰?」


 二人の世界は終わったようで、ユウカさんがやっと俺の存在に気づき、こちらに振り向いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る