第14話

 どうも、汐丈夕大です。〈パイ視〉という超能力を持っていまして、今夜、ミサキさんのおっぱいを揉みに参上した次第です。と、そんなちょけた挨拶が出来るほどのコミュ力を俺は持ち合わせていなかった。


「あ、お、俺、汐丈っていいます……一応、大学生です」


 どもりながら俺は答える。気が強そうな女性は苦手なのだ。特に美女となると。

 ユウカさんはいぶかしむような目で俺を見定め、次にミサキに顔を向けると、


「何もされなかった?」


 と、我が子を案じる母親のように、小声で安否を確認しはじめた。あからさまに俺を不審者扱いしてやがる。この女、失礼だな。


「うん。大丈夫だよ。むしろこの人いい人だよ。この人のおかげで、飛び降りるのやめれたし」

 ミサキは俺へのフォローもしてくれた。いいぞミサキ。もっとお兄さんの味方をしておくれ。

「まあ、ちょっとあれだけど」


 ユウカから視線を逸らし、言葉を濁すミサキ。それはちょっと良くないぞミサキ。

 案の定、ユウカは俺への不信感を一層強めた。ミサキを庇うように立ち、子猫を守る母猫のような威圧感を俺に向けている。

 氷のナイフのような冷たく鋭い語気で、ユウカは俺に言い放つ。


「ミサキは純粋で優しい子だからこう言ってますけど、もしもあなたに何かされたというのが分かったら」


 ユウカはそこで言葉を切り、俺に詰め寄った。


「汚い手でミサキに触れたら、絶対に許しませんから」

「は、はい……」

「本当は、男みたいな無能で穢らわしい生き物がミサキといるってだけで許せないんですけど」


 普通に男性差別してくるじゃん。こええよ。

 もう気の強い女の人ってほんと無理い。恐いもん。俺、そんなに怪しく見える? 俺はただ女性の胸を見てるだけなんだけど。ただおっぱいを愛してるだけなんだよ。愛を否定する権利があなたにあるんですか?

 さすがに礼を欠いていると思ったのか、ユウカは一歩引くと、バツが悪そうな顔をし、謝辞を述べた。


「まあ、ミサキの飛び降りを止めてくれたのは、感謝してます。ありがとうございます」


 口ではそう言っているが、男に礼を言うことに抵抗を覚えている感じがありありと分かる。ちゃんとした男性軽視主義者だ。

 そのお礼、一番最初に言うべき言葉だよね? そう言いたくなったが、もちろん口にはしなかった。恐いからではない。空気を読んだのだ。俺、男だから。


「それでは、これで。ミサキ、行くわよ」


 俺には冷たく、ミサキには柔和に声をかけ、ユウカはさっさとここから立ち去ろうとする。


「あ、うん。じゃあ、ばいばい。色々ありがとね」


 ミサキは気まずそうながらもそう別れの挨拶を告げた。

 これで、本当に終わってしまった。もうこれ以上の展開はないだろう。俺はユウカに後ろを歩くミサキの背を見送っていた。


 結局、ミサキへの〈パイ視〉で浮かび上がった俺の顔は一体何だったのだろう。紆余曲折あったが、ミサキの胸を揉むことはなく、俺もこのまま帰る運びなのだが。

 まあ、やっぱりこの能力にも間違いがあるというわけか。

 心の中でそう結論付けたとき、ミサキが何もない所でバランスを崩し、すっ転んだ。


「キャッ!」


 いや、正確にはまだ転んでいない。何もない所で足を滑らせ、今まさに仰向けに倒れる寸前だ。位置的に、ユウカはミサキを受け止められない。

 別に正義感とかが働いたわけではないが、俺は咄嗟にミサキの背中を受け止めようと動いた。そしてそれは成功した。ミサキは地面に頭や体を打ち付けることなく、俺に支えられて事なきを得た。


 が、咄嗟の行動で俺も綺麗に受け止めることはできず、俺の両手はミサキの両脇を通り過ぎてしまっていた。

 つまり、俺の両手の行き着いた先には、柔らかい感触が。


 ヒューマニティ――俺の脳裏に、その単語がよぎった。


 俺は見事に、彼女の偽りの双丘を鷲掴んでいたのだ。

 柔らかい。風船のように弾力があるのに、指がゆっくりと沈み込んでいく不思議な感覚――まるで本物のようだ。本物を揉んだことないけど。


 いや、そんなのはどうでもいい。関係ない。

 パッドの向こう側にある彼女のマシュマロのようなヒューマニティを、俺は感じ取った。

 て、これ、ラッキースケベじゃん。こういう感じでおっぱいにありつくパターンもあるのか。


 何にしても、俺はおっぱいを揉めた。なあんだ、俺の〈パイ視〉はやっぱり百発百中なんだ。

 俺が冷静に分析している最中、ミサキは何も言わず、無言で俺から離れた。

 そして俺の前に立つと、プルプルと震えて、


「や」


 彼女の口から、一文字だけ言葉がこぼれた。

 そして――


「やっぱりいやあああアアアアアアアアアアアアアア!」


 ほぼ悲鳴に近い大声と共に、俺に向かって思いっきり腕を振るってきた。

 ミサキの腕から発射された鋭い平手打ちは空気を裂き、俺の真横、ほぼ死角から襲いかかり、俺の右頬に命中――


「……え?」


 することなく、空を切った。ミサキの呆けた声が聞こえる。俺が見事に避けたのだ。

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