僕を探す君へ
粟津 櫂人
プロローグ
ぼくらはたくさんの本を読んだ。このせまい物置き部屋へ彼が遊びに来るたび、新しい本を持って来てくれるんだ。だからたくさんの本を一緒に読んだ。
読めばそこには見たことも聞いたこともない世界が広がる。わくわくするような過去や未来にタイムスリップする世界はもちろん、知らない生物や機械が存在する世界、魔法が使える素晴らしい世界……時には人が死んで事件を解決する世界だってあったんだ。このせまい物置き部屋からじゃ考えられないほど、大きな世界が広がるんだ。
ぼくはまだ九歳なのに同い年の子達よりもきっと経験豊富だと思う。ぼくはお話しするのは苦手だけど、たくさんの世界を知っているんだから。それは彼が持って来てくれる本のおかげだ。
「あれ? このあいだ途中まで読んだ本は?」
ぼくは思い出したように彼に尋ねた。
「あぁ、あの本はね……お父さんが破いてしまったんだ。だからもう読めないよ」
「なんで破いたん?」
「きっとお父さんに、何か悲しいことがあったんだろうね」
「ふぅん……」
ぼくの興味無さそうな反応を見る彼の年齢は、ぼくとひとつしか変わらないけど身長はほとんど同じなんだ。だから目線も、いっしょ。
「ねぇ、ところでさ……鍵がかかってないって気づいてた?」
せまい物置き部屋にはひとつドアがあって、いつも外から鍵がかかってる。鍵が開いている時は出ても良いとお母さんに言われる時だけ。今日はまだ言われていないのに、どうして開いているんだろう?
「決まってるだろう、鍵をかけ忘れたんだよ」
ぼくの考えていることが分かるのか、言葉にする前に返事をされた。
「開けたらダメ! 怒られるかも」
ぼくの制止を振り切り、彼はドアを僅かに開けた。
「……いない。いつの間にか二人とも出かけたんだ!」
そう言うと今度はドアを全開にして物置き部屋の外に出た。
「ダメって言ってんのに……」
「こっちに来て! ほら、靴がないよ。ラッキーだね」
「なんでラッキー?」
玄関で靴を確認した彼は笑顔で振り返り、今度は急ぎ足でリビングへと向かう。ぼくの質問になんて答えもせずに。まるで聞こえていない調子だ。
「ほら、やった! さっき部屋に入る前に一瞬見えたんだ。これ高級なお菓子だよ」
彼はテーブルに置かれていた高価そうな紙袋に手を突っ込み、ピンク色のリボンが結ばれている茶色の箱を取り出した。どうやら中身は彼曰く高級なお菓子らしい。
「勝手に食べたら怒られるで! 早く元に戻……」
「じゃあ隠したらいいじゃん」
「え……どこに……」
「大丈夫、さぁ行こ」
ぼくの手を掴んだ彼は宝物を見つけたような気分なんだろうか。紙袋を大切そうに抱えながら、とてもご機嫌だった。
「ダメやって、戻ろう」
今度はぼくが立ち止まって彼の手を引いた。すると彼は振り返ってぼくに言い返そうと口を開いた。
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