第6話 幽霊

 ──この家に居座る気なら、膝と肘をたため。


 それが、わたしの考えたお仕置きでした。

 本棚に圧迫され、階段を上がりきったところで慎ましく正座をしている老婆を、想像しました。

 身を縮めた老婆の顔を見ることが、楽しみでなりませんでした。


 けれど、結論から言えば、その日以降、老婆を見ることはありませんでした。

 あれほど鮮明だった老婆の視線がぷっつりと消えたのです。最後の一段を下りるときに、視界に影が引っかかることもなくなりました。


 わたしは老婆の居場所を潰し、老婆を祓ってしまったのです。


 少しの寂しさを覚えました。

 夜中に目覚め、階段を下りて振り返っても、老婆の代わりに本棚がそびえています。ただ、それだけです。


 すぐに本棚いっぱいに、本が詰まりました。

 元から老婆はわたしの妄想に過ぎなかったのです。おばあちゃんなど、端からこの家には存在しなかったのです。

 階段の上り下りに顔を伏せなくなったくらいで、わたしの生活はなにひとつ変わることはありません。


 ひとつ気になったことといえば、階段際の本が、ちょうど老婆が座っていれば重なる辺りの数冊だけ、妙に湿気て歪んでいました。

 が、それも、一年もすれば収まりました。ひょっとすると、局所的な湿度の変化が歪んで見え、幻を生み出したのかも知れません。


 今でもときどき階段を下りてから振り返ります。

 老婆がいないことを確認して、安堵感とともに少しの寂しさも覚えるのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊が出たので本棚を買った話 藍内 友紀 @s_skula

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ