第5話 本棚

 老婆の小心具合に気づいたときから、恐れは消えました。どちらかといえば、苛立ちを覚えるようになっていました。

 とはいえ、わたしの頭の中で育ちきった老婆は、その後も現れ続けました。

 階段を下りるとき、背中に怒気のこもった視線が刺さりました。最後の数段では視界の端に、ふわふわとうねる白髪や柿渋色の和服が引っかかりました。


 とはいえ、老婆を祓おうと思ったことは一度もありません。

 母ひとり子ひとり、親類縁者ナシ、という環境にいたわたしはたぶん、妄想であっても「おばあちゃん」という存在が嬉しかったのかもしれません。

 ただ、老婆の態度が気に食わず、ちょっとしたお仕置きをしてやりたくなったのです。


 少し考えてから、母に本棚をねだりました。

 常に「本が多すぎる」と言っていた母は、特段疑うこともなく頷いてくれたと記憶しています。


 二週間ほどして、本棚が届きました。

 文庫本ほどの奥行きしかない、そのくせ天井まで届く背の高いものです。

 本棚は、狭い階段を上がりきったところの壁際に設置されました。

 幸い、わたしも母もそれほど体の横幅があるわけではないので、本棚があったところで行き来に支障はありません。


 けれど階段の幅いっぱいに膝と肘を広げて座っている老婆にとっては、邪魔以外のなにものでもない場所でした。

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