第4話 距離
老婆の形相に怯え、俯いたまま階段を上り下りするようになって二ヶ月ほどが過ぎたころです。
その日、学校から帰宅したわたしは、ひどく疲れていました。同級生から謂れのない中傷と嘲笑を受け、気持ちが荒んでいました。
端的に言えば、幽霊を怖がる心のゆとりを失っていました。
玄関を入り、足音も荒く階段を駆け上がり和室に鞄を投げ出したところで、ふと、階段が目に入りました。老婆の姿はありません。
そも、彼女はわたしが階段を下りるときにだけ現れるのです。
ひとつの思いがわき上がりました。
いや、態度デカくない?
この家は母の持ち物です。頭金を用意したのも、銀行にローンを返済しているのも母です。母の子であるわたしはともかく、見ず知らずの老婆がデカい顔をして居座って良い理由などありはしないのです。
それなのに老婆はいつも、狭い階段の幅いっぱいに膝を広げてあぐらを掻いていました。威嚇する鳥のように肘を張って、身を乗り出していました。
いつも、わたしが階段の最後の二、三段に到達してから──わたしが踵を返して階段を駆け上り、老婆の襟元を掴み上げる前に姿を消せる安全な距離になってから──しか現れないのです。
ずいぶんと小心者で卑怯な相手に思えました。
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