第3話 老婆

 冷静に考えれば、我が家に老婆などいるはずがありません。

 おおかた寝惚けていたところに、学校や創作物で見聞きしたイメージが重なり、老婆の姿を思い描いてしまったのでしょう。


 けれど一度「いる」と思ってしまえば、それは確かに「いる」のです。


 その夜から、階段を下りるときには常に視線を感ずるようになりました。

 老婆はいつも、階段を上がりきったところにを掻いていました。両手で膝をつかみ、前のめりに睨み下ろしてくるのです。

 一度思い描いてしまえば、どんどん細部まで鮮明に始めました。

 肩を過ぎた辺りまで伸び放題の白髪が、怒気を孕んで広がっています。隙間だらけの歯を食いしばり、剥き出しにしています。柿渋で染めたような薄い和服を着ています。

 いつも、階段を下りるわたしを睨むのです。

 最後の二、三段を下りる瞬間だけ、視界の端にチラと老婆の姿が掠めました。

 声もなく、けれど今にも怒鳴り出しそうな形相で、わたしの背を見ていました。


 わたしが初めて「幽霊」という存在を意識したのは、このときでした。

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