22

 だがふと動き出した彼女は刀の切先でラウルの肩を突くように軽く叩いた。


「早く起きなさい」


 するとラウルはその指示を待っていたとでも言うように目を空けると体を起こし立ち上がった。


「確か君って死ぬのは避けたいって言ってなかったかしら?」

「えぇ。なるべく避けたいとこですね。ですが、流石に先程の戦いで空切さんが使い過ぎてると思いましたので、その方がいいかと自分で考えて行動してみました」


 笑みを浮かべながらラウルはわざとらしく自身を指差して見せた。

 そんな彼へ近づく空切。


「偉いわね。確かにあそこで死ぬのはちょっと勿体なかったわ」


 そう言って空切はラウルの頭を撫でた。


「番犬ではありませんでしたが、僕は貴方と運命を共にする忠犬ですよ」


 空切はその言葉に恍惚的な表情を浮かべると、首ではなく背へ手を回してはラウルへ抱き着き胸に顔を埋めた。


「あなたがただあたしを見てくれてたら嬉しかったのに」


 そう呟く彼女の声と表情はどこか寂し気だった。


「僕はちゃんと貴方へ向けて言ってるつもりですけどね」


 そんな彼女を抱き締め返しながら返事を口にするラウル。


「分かってないのね」


 だが空切は少し笑うように呟くと、彼から離れ刀を振って見せた。


「鞘はどこ? そろそろ戻さないと勿体ないわ」

「あぁすみません。今持ってきます」


 隣の部屋へ行ったラウルはすぐに鞘を手に戻って来た。そしてそれを空切へと差し出す。


「今回はご満足頂けましたか?」

「そうね」


 そう言いながら空切は横目で背後を見遣る。

 血の海の中、横向きで倒れた体の傍に転がる斬り捨てられた両腕は、気が付いていないかのように依然とナイフを握ったまま。そして少し視線をずらすとそこには、ぽつり体を失った首が転がっていた。開きっぱなしの双眸が冷たく空切を見つめる。それはまるで死して尚その首を狙っていると言っているかのようだった。


「最近の中では楽しい時間だったわ」

「それは良かったです」


 そして再びラウルの方へ視線を戻した空切はそっと鞘へ刀を納め始めた。


「次はもっと楽しいのを期待してるわね」

「これまで通りそうなるよう努力はしますよ」


 最後に微笑みを一つ浮かべ、空切は刀を鞘へと納めた。

 同時に吊り糸を失ったように顔が俯く。数秒後、雰囲気の変わった同じ顔が上がるとまず辺りを見回した。


「あれは?」

「どうやら嵌められてたようですね。中佐を助け、彼らの組織を利用したかったみたいですよ」

「そう。でも居場所も分かって一石二鳥ってやつね」

「えぇ。ですがこれで話を着けてくれるというのは消えてしまいましたが」

「このままじゃあの場所に留まるのは厳しいでしょうね」


 呟く様なリナの脳裏に浮かぶのは、あの夜を照らす嫌な火の明り。


「とにかく今はここを出ましょうか」


 そしてリナとラウルは屍の転がる部屋から隣へ――建物を後にした。

 だが外に出て短い階段を上がった二人は直ぐに足を止める。そこには人っ子一人、車一台すらない閑散とした道だったはずだが、辺りの景色とは合わない車が一台ライトを点しながら停まっていたのだ。夜に紛れるような黒一色の車は後部座席の窓もカーフィルムで真っ黒。

 すると二人の視線に反応するように後部座席の窓が静かに下がり始めた。車内から顔を見せたのは、ハット帽を深く被った初老の男性。


「誰?」

「私はラテーラファミリーのニール・ラテーラと申します」


 自己紹介の後、ニールは車内で会釈を一つ。

 だがリナはそんな彼に対し溜息を零していた。


「またマフィア?」

「そう仰らず。私はただお礼を言いに来ただけです」


 その言葉にリナは後ろを振り返り横目で建物を見つめながら中に転がるマルド・カノーチェを思い出していた。


「別にアンタ達の為にやった訳じゃない」


 顔を戻すと関わるなとでも言いたげだった。


「ですが結果的にはカノーチェファミリーのボスを討ってくれました。ありがとうございます。それに誰彼構わず噛み付く狂犬も」

「ならもう用は済んだでしょ?」

「えぇ。それともう一つお礼としてカノーチェと交わした約束を私が代わって果たして差し上げましょう」

「商店街のこと?」

「はい」


 記憶に新しい展開にリナは一瞬だが眉を顰めた。


「生憎それで騙されたばかりなんだけど?」

「いえ。別にその代わりに何かを要求する訳ではありませんよ。本当にただのお礼です。カノーチェがあの狂犬の手綱を握っていたら面倒な事になっていたのでね」

「マフィアがわざわざ礼をしに来るなんてね」

「例えそれが結果的なものだったとしても受けた恩恵には多少なりともお礼をする性分でしてね。それにあそこには一度釘を刺しておく必要がありますので――あとは強いて言うならばあのカノーチェを討ってくれた人を一度見ておきたかったぐらいですかね」


 そう言うとニールは少し顔を上げリナを見上げた。


「良い目をしてますね。うちの若いのにも見習って欲しい程です」

「もう用は済んだ?」

「えぇ。改めてありがとうございました」


 最後にもう一度会釈をするニール。

 そんな彼を他所にリナはホテルへと歩き出し、その後にラウルも続いた。


「良かったですね。これで一石で三鳥目ですよ」

「ホントにするならね。大抵のマフィアなんて信用ならないもんよ」

「貴方はどうでしたか? 口にした約束は守っていましたか?」


 するとリナは突然立ち止まり、少しの間その場で立ち尽くした。


「――いや」


 小さく返事をするとリナはすぐに足を動かし始めた。


「それにしてももうその服は着られないですね」


 そんなリナの心中を察してか、後ろに続くラウルは話題を変えながら大きく穴の開いた彼女の服へ視線をやっていた。


「アンタもね。ていうかまた死んだのね」

「えぇ。貴方の身代わりに、ですよ」


 アピールするような口調だったが、リナからの反応は特にない。


「どういたしまして。替えはまだありますか?」

「ある」

「ではまだ買う必要はなさそうですね」


 それからも閑散とした街中を歩き続け、二人はホテルへと戻って行った。

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