19

 ほんの少し時間が経過しただけにも関わらず、空切の足元にはにわか雨が過ぎ去った後の水溜まりのように血液が赤く地面を染めていた。

 しゃがんだ状態で顔を俯かせ片手は依然と脇腹へやる空切は、もう片方で何とかといった様子で刀を握っている。


「お前を殺し。アイツを殺し。それで目的を達する」

「――思ったよりお喋りさんなのね」


 見下ろす中佐へ一言。空切の声は痛みを堪えながらで苦し気。だがそれでいてどこか余裕を秘めていた。

 すると、彼女の握り続けていた刀が突如、光に包み込まれた。赤と紫のグラデーションで彩られた光は刀身から柄を通り、それを握る空切の手――そして体へ。

 その光景を中佐は怪訝そうな眼差しで見つめていた。


「ホントはヤだけど。仕方ないわね」


 依然と刀から体へと繋がる光。空切は言葉を口にしながら焦らす様にじっくりと立ち上がった。


「そう言えば君の切り札だけど」


 顔を俯かせたままの空切はゆっくりと手を脇腹から離していく。目隠しとなっていた手が無くなる事で露わとなる脇腹。

 そこにあったのは、雑な円を描く穴の開いた服と多少の血は付いていたものの何事も無かったという表情を浮かべた肌。臍傍に伸びていたはずの傷すらも消え、色白のきめ細かな脇腹がそこにはあった。それだけではなく彼女の腕や顔など体中にあったはずの傷は全て消え去り、ここまでの戦闘を語るのはボロボロの服だけ。


「切り時を間違えたみたいね」


 空切はそう言いながら勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

 だがそれに対し依然と表情を変えることは無い中佐。


「吸血鬼か? ――いや。ここまで再生してなかった上に一瞬の再生能力はそれ以上か」

「こういうのは初めて? 不意打ちで決めるつもりだったみたいだけど、残念ね。でもあたしも結構イタいのよ? 折角、ここまで集めてきたのに……。いつだってこの瞬間は何だか負けた気がしてヤだわ」


 そう言いつつも空切の表情は何故か楽し気だった。


「にしてもその尾……」


 自分から相手へ、話題を変えた空切は一本加わった中佐へ観察するような視線を向けた。


剣尾けんびね。触刃手しょくじんしゅで戦うはずだけど、こうゆうタイプもいるのね」


 そんな空切の言葉など聞いている様子の無い中佐は、依然と怪訝そうな視線を向けていた。


「あれ程の傷をどうやったかは知らんが……」


 そして言葉を途切れさせるのと同時に中佐は一瞬にして戦闘態勢となり地を蹴った。


「死ぬまで切り刻めばいいだけだ」


 言葉と共に振り下ろされたナイフを空切は正直に刀で受け止めた。

 だが透かさず中佐を飛び越した触刃手が彼女へと襲い掛かる。それを大きな一歩で退き躱すと、触刃手はそのまま無人の空間を突き刺し地面へ。

 しかし息をつく間も無く、上空へと跳躍した中佐が片手のナイフで切り掛かり――刀で防ぐと同時に死角からも一本が彼女の顔を目掛けた。それを顔を退け絶妙なタイミングで躱す――が、更に三本目の刃である触刃手が背後から一閃。

 それを空切は前方へ飛び込みながら躱した。

 両手のナイフに加え触刃手が一本。更に増した手数は猛威を振るい、まともに相手をすれば傷一つ無くなったはずの彼女の体へ逆再生するようにまた一つと傷口が口を開いていった。しかし依然としてその傷はどれも彼女を仕留めるにも枷となり動きを鈍らせるにも至らぬものばかり。


「いいわねぇ。楽しくなってきたわ」


 パラパラ漫画の如く入れ替わる攻防は余りにも一瞬で、そこで交わされた数はとてつもない量だった。そしてその最中、地を這うような触刃手が空切の足元へと迫ると――彼女は跳躍し壁へ。

 中佐はそんな彼女の動きに合わせナイフを振るう。だが空切は更にそのまま壁を蹴り鯨のブリーチングのように体を逸らせながら飛び越えた。地面へ着地しすぐさま刀を構える空切だったが、透かさず振り返るように突き出した中佐の足が彼女を狙う。

 それを片手で足を受け止めた彼女の体は強制的に後ろへと飛ばされるが、ほぼ同時に中佐の肩からは血が噴き出した。

 一方、何とかの一刀と引き換えるように蹴り飛ばされた空切は、空中で体を逸らし地面へ突くように手をやるとバク転と共に勢いの方向を分散させ、最後は静かに地面へ着地。


「随分と使っちゃったから余り長びかせるとあの子が怒っちゃうかもしれないわね」


 一人そう呟く空切。その視線先では中佐が既に彼女へと駆け出し、ナイフの間合いに捉えようとしていた。


「君のでプラスかせめてゼロになればいいけど」


 すると空切はその刃が空を駆けるより先に、弾丸が如く飛び出した。そして一瞬にして中佐とぶつかり合う。だがナイフで迎え撃つ中佐に対し、彼女は更に地面を一蹴しては彼の肩に片手を乗せ、体へ捻りを加え振り返りながら乗り越えた。

 しかし乗せた手は彼の背後に着地しても尚、肩を握っておりそのまま中佐を引き留めては刀を頭部目掛け突き出す。それを止めたのは触刃手。

 だが切先が刀身に触れると一秒も見たぬ内に刀を引き、再度別の場所へ突き出した。それを又もや触刃手が止め――更に別の個所へ。まるでそのようなプログラムが組まれているかのようにその全てを防ぎ続ける触刃手。

 その最中、中佐は振り向きながら片手のナイフを空切へ。

 しかし肩から腕へ撫でながら移動させた手が最終的には手首を掴みナイフを止めた。


「捕まえた」


 そして攻防を繰り広げる触刃手を後出しで大きく避け方向転換した刀は、止めた方の腕へ。だがその一突きはもう一本のナイフがその身で受け止めた。

 すると空切は透かさず手も刀も離し、まずは一歩後方へ下がろうと軽く地を蹴り体を浮かせる。そんな彼女と入れ違いで空振りしたのは触刃手。更に止めていた手は同時に動き出し彼女の残像へと切り掛かる。

 それは丁度、ナイフが空切の前方を通過しようとしたその時――中佐はタイミングを見計らいナイフを手離した。手から解き放たれたナイフは真っすぐ後退する空切を目掛ける。

 一瞬ピクリと刀も動きはしたが、彼女は顔を傾けそれを躱した。とは言え、僅かに遅れた代償として頬を刃が通り過ぎ様に浅く割いていく。短い空中旅行を終え、地に足を着けた空切の頬では一本の線がルビーのような雫を零していた。

 その雫が頬を通り口元へ差し掛かると這い出すように出てきたしたがペロっと舐め取った。更に空切は笑みを浮かべながらも今までで一番鋭い眼差しを中佐へと向けていた。


「それじゃあそろそろお別れね」

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