5

 まず一人目の一振りを潜るように避けたリナは、そのまま二人目の振り下ろしたバットを左足を軸に身を回転させ最小限の動きで躱した。

 そして眼前を通り過ぎ地面を叩いたバットを持つ男越しに武器を構える三人目と目を合わせると、透かさず目の前の二人目を蹴り飛ばす。体勢を崩し三人目へと突っ込む二人目。

 直後、背後から振り下ろされるバール。

 だがリナは見えいるかのようにすぐさま振り返ると手首を掴み受け止めた。そしてそのまま流れるように四人目を背負い投げ。床へ背中から叩きつけた。それからバールを掴むと顔へ強烈な拳をお見舞いし、武器を奪い取った。

 しかしリナに休む暇など無く、そのバールで一人目のゴルフクラブを受け止めると膝を一蹴。そのまま片膝を着いた一人目の顔を容赦なくバールで殴ると体勢を立て直した二人目へ投げ飛ばし、胸へ命中させた。

 だがそんな彼女へ更にアニキが殴り掛かる。ホームランを狙うようなスイングのバットは真っすぐリナの頭部を狙うが、間に割り込んだ腕が身代わりとなった。

 それを見た両手でバットを握るアニキはニヤり勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「まずは一本目――」


 しかしそんなニヤケ面と言葉を遮りもう片方の握った拳で黙らせた。

 それからもリナはアクション映画の主人公宛らの圧倒的な力の差で数の暴力ごとねじ伏せてしまった。正面は当然の如く左右や背後から襲い掛かろうが、躱され、受け止められ彼女に傷を負わす事は叶わない。

 それなのにも関わらず彼らは一人また一人と床へ倒れていく。強烈な拳や蹴り、壁や床に叩きつけられ、奪われた武器や壊れたテーブルの一部に椅子まで――その戦闘はまるでそれは完璧な台本があるかのようだった。


「お、おい! さっさとしろ行くぞ!」


 互いに体を支えながらすっかりボロボロになった彼らは慌てながら逃げ出した。


「ご馳走様。それとお疲れ様です」


 空の皿に揃えた箸を乗せたラウルは片手で食事を終えると、そのまま息一つ乱さないリナを見上げ一言。


「別に」

「にしても何だったんでしょうね」


 刀を返しながら開きっぱなしのガラスが割れたドアを見つめるラウル。


「あ、あの……」


 すると震えた声が聞こえ二人は同時に視線をやった。

 そこに立っていたのはエプロンを着けたここの店主夫婦。


「あり、ありがとうございました」


 無理やり動かしているのかお母さんは言葉の後、勢いよく頭を下げた。一歩遅れで隣のお父さんも頭を下げる。


「いえ。そんなお気になさらず。頭を上げて下さい」


 返事をしたのは一歩も動いていないラウルだったが、リナが特に何か言葉を挟むことはなかった。

 一方、ラウルの言葉に顔を上げる二人は未だ恐怖が拭えないといった様子。するとラウルは立ち上がり自分の座っていた椅子を差し出し、お母さんを座らせてあげた。


「さっきの連中は何なんでしょうか?」


 お母さんが一息つくとリナは口調こそ相変わらずだったものの丁寧さを加えた言葉遣いでさっきのことを尋ねた。当然の質問に夫婦は一度、顔を見合わせてからお父さんの方が答え始める。


「最近、ここら辺に大きな商業施設を作ろうとしてるんですよ。でもその為にこの商店街も無くしてしまう必要があって」

「それを断ってから何度か嫌がらせはあったんですけど、こんな事は初めてです」


 お母さんはすっかり荒らされた店内を恐怖と悲感の混じった双眸で見回した。


「本格的に追い出そうとしてるみたいですね」

「ですけど、助かりました。ありがとうございます」


 座ったまま頭を下げるお母さん。


「でも折角、食べに来てくれたのにすみません」


 そう言うと上げたばかりの頭を再び下げた。


「いえ。お気になさらず。美味しかったですよ。ご馳走様でした」


 皿と箸を手に改めて感謝と会釈をしたラウル。そんな彼からお父さんはお皿とお箸を受け取った。


「それと伝票はどこかへいってしまいましたが、ちゃんと足りてはいるので。お釣りはお店に使って下さい」


 そう言ってラウルはポケットからお札を数枚取り出すとお母さんへと差し出した。

 だがそんな彼に両手を振り、微かに首も左右に振りながら断るお母さん。


「そんな! 食べきれてない上にこんな事態に巻き込んでしまったのに……受け取れません」

「いえ。殆ど食べ終わってましたしそれに――」


 ラウルは入って来た時とは随分と変わってしまった店内を見回した。


「色々と大変でしょう」


 その言葉に夫婦はお互いを見合った。二人の間に会話こそ無かったが、その代わりそこにあったのは長い年月をかけて築かれてきた確かな関係。

 そしてラウルへと視線を戻したお母さんは立ち上がると頭を下げながらお代を受け取った。


「すみません。ありがとうございます」

「いえ。ご馳走様でした」

「ご馳走様でした」


 ラウルに続きリナも会釈と共にそう言うと、ドアの方へ歩みを進め始めた。


「ありがとうございました」


 お店を出ていく二人を揃って頭を下げ見送る夫婦。ラウルは最後に笑みと会釈をし、ガラスの割れたドアを一応閉めた。

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