16

 暫く夜の街を歩いた二人が足を運んだのはあの商店街。時間帯的にもとっくに眠りについた商店街では、寂し気だが不思議と懐古的な薄暗い一本道が静かに明日を待っていた。――はずだった。

 だが、二人の目の前に広がっていたのは昼間のように明るいその道を人々が慌てて走り逃げる光景だった。交じり合う爆発音と叫声。

 商店街は火の道と化していた。各店舗が火を吐き出し、爆発し、何とかその地獄から逃げだろうと互いに肩を支え合う人々。

 そしてその光景を目に立ち尽くすリナ。そんな彼女の視界では、想起された記憶の光景が現実と混線するように交じり合っていた。良い想い出とは決して言えない記憶で同じように燃え盛る炎――それに吞み込まれている一軒のお店。

 気が付けば手の写真を握り締めていたリナは遠くから近づいてくるサイレンの音の中、傍へ逃げてきた人へ原因を訊いた。


「あの。これは?」

「分からないですけど、寝てたら突然火事だって……。でも、聞いた話によるとこの道をバイクで走り抜けながら火炎瓶を投げ付けたのを見たっていう人がいるんですって。本当かは分からないけど、もし本当だったらこんな恐ろしいことはないわ」

「どうも」


 リナのお礼にその人は避難為、歩き出した。


「どうやら本当に手段は選ばないようですね」


 ラウルの言葉を聞きながら眼前の光景へ視線をやるリナの眉間には僅かに皺が刻まれた。

 そして踵を返したリナはスマホを取り出すと写真の裏にあった番号へ。そんな彼女に続きラウルは一歩後ろを歩いた。


「居場所は? 今すぐに行く」

「嬉しい熱意だな。――三時間後、二の一の五にある建物の地下へ行くといい。その時間帯、そこに奴はいる」


 返事はせずスマホを切ったリナは最後に一度、後ろを振り向くとすぐに顔を戻しそのまま歩き出した。

 それから一旦ホテルへと戻った二人だったが、言われた時間には教えられた場所に立っていた。人けのない通りに並んだ建物の一つ。他にはビルとして使われていたであろうモノもあったがこれは恐らくアパート。だが今は使われてないか、使われていたとしても無断で住み着いている――もしくはホームレス同然の人達が仕方なく借りて住んでいるような建物だった。とは言え全くと言っていい程に人けを感じられないところを見る限り今は単なる廃墟のようだ。


「この地下ですか。アジトか、まさか住んでるんでしょうかね?」

「さぁ」


 興味なさ気にそう返すリナは空を見上げた。曙光に色付き始めた――酷く魘されるような悪夢も終わりを告げ、未来だった今日が始まろうとしている空がそこには二人を見送るかのように広がっていた。


「行こう」

「えぇ」


 そう言ってリナは建物へ入る階段の横にある地面に呑まれるように伸びた階段を下りドアを開いた。中は真っ暗で何も無く、誰もいない。

 だがすぐ横の方に見えたドアの無い出入口からは隣の部屋からの明かりが幾分か闇を押し退け、一定のリズムで鋭く硬いモノが擦れ合う音が響いていた。その音と光に誘われるように足を進めるリナとラウル。

 二人が隣の部屋へ足を踏み入れると、上から吊るされたランプの光を浴びながら一人の男が椅子に腰掛けながらナイフを研いでいた。


「中佐」


 それはあの写真で見たのと全く同じ顔。

 そしてリナの声に反応しないまま数回ほどナイフを研いだ中佐は、やっと手を止めたかと思うとナイフに光を反射させその出来栄えを確認しているようだった。

 数秒角度を変えながら見つめ、ナイフを肩のホルダーへと仕舞う。

 そしてゆっくりと立ち上がると二人へ獲物を見るような眼光を向けた。


「アンタが――」


 するとリナの言葉など聞く気は無いと言うように、中佐は背後の椅子を手に取ると彼女へ投げ飛ばした。その行動に刀へ手を伸ばすリナだったが、一足先に椅子は彼女の元へ。

 だが一歩後ろから伸びたラウルの手がその椅子の足を掴むとそのまま横の壁へと投げ飛ばした。

 しかし眼前から椅子が消えるとその背後から姿を現した中佐はもう目と鼻の先。肩のとは別――背後から取り出したナイフをリナへ振り上げる。

 壁へ突っ込んだ椅子が壊れる音と共に部屋中へ響いた金属のぶつかり合う音。


「ん~。好いわね。やっぱり刃同士が一番心躍るわ」


 既に弾んだ声の空切は鞘から顔を覗かせた刀で逆手持ちのナイフを受け止めていた。

 一瞬にして雰囲気の変わった彼女に僅かに眉を顰める中佐だったが、すぐさまもう片方で肩のナイフを抜こうと手を伸ばす。

 だがその前に空切は彼の腹部をへ足を突き出した。蹴り飛ばされ一度、最初の位置へ戻った中佐は肩へまだ途中だった手を止めるとそのままナイフは抜かずに下ろした。


「なんだお前は?」


 小さく落ち着き払った低声は率直な疑問を訊くというより呟いた。


「あら意外ね。そう言うのは気にならないかと思ったけど、見た目によらず繊細さんなのかしら?」


 空切は彼へ視線を向けながら言葉と共に残りの刀を抜いた。


「そうだな――どうでもいい」


 納得気にそう言うと、中佐は一本のナイフを構え、空切は鞘を(出入口まで退いた)ラウルへと投げた。主の手を離れ宙を旅する鞘は弧を描きながら真っすぐラウルの手へ。

 そして彼が鞘を手にするとほぼ同時に、空切と中佐は刃を交えた。刀身の背丈は違えど、そこに対して差はない。相手は関係ないと一点で鍔迫り合いをする両者だったが、ほんの数秒で離れるとまるで鏡写しのような連撃の攻防が繰り広げられた。互いに一歩も動かず、第三者の目では攻防の入れ替わりすら分からないような壮絶な斬り合い。

 だがその最中、中佐はそのまま刃を振ると見せかけ手首を捻ると反対側へと投げ、ナイフを持ち替えた。そして流れるように刃先を突き出す。

 それを首を傾げるように躱した空切は、ナイフを顔横にしながら刀を振った。

 しかしそれを更に中佐は大きく退き躱す。

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