15

 見上げるほど大きなドアの傍にあった人用のドアを通り外に出た二人を出迎えたのは、まん丸い満月と皓々たる星々。

 それと一台のリムジン――そこに凭れるスーツ姿の男だった。裕福な生活をしていると物語る体型の男は葉巻を口にしたまま二人を見るとスローテンポで拍手をし始めた。

 そんな得体の知れない人物に刀を構えるリナ。


「まずは敵じゃないとだけは言っておこう」


 そう言うと車体から離れドアを開けて見せる男。


「送ってやる。その途中で話をしよう。悪くない話だ」


 一度、目を合わせたリナとラウル。言葉こそ交わさなかったが、リナは刀から手を離し、二人は男の言う通りリムジンへと乗り込んだ。

 そして最後に男が乗り込むとリムジンは緩やかに出発し始める。


「体を動かして喉が渇いてるだろう。何か呑むか? 一通りは揃ってる」

「ウィスキーのロック」

「僕はビールを貰いましょうか」


 二人の注文を受け男は、まず瓶ビールの栓を抜きラウルへ手渡すと、透明な氷の入ったグラスにウィスキーを注ぎリナへ。そして自分はラムをグラスへ注いだ。

 そして乾杯は無いままそれぞれがまずはお酒を一口ずつ。


「最初に名乗っておこう。俺は、カノーチェファミリーを率いてるマルド・カノーチェだ」

「マフィアですか」

「あぁ」


 彼の素性を知っても全く動じる様子の無い二人はもう一口お酒を呑んだ。


「マフィアが一体何の用? あれはアンタの部下だった?」

「まさか」


 鼻を鳴らして一笑し否定するマルド。


「では一体どのような用件ででしょう?」

「そうだな。まずは感謝の意を伝えたい。アイツらを殺ってくれた事に感謝する」


 そう言ってマルドはグラスを掲げた。


「彼らは何者なんですか?」

「なんだ。知らずに殺ったのか。――あいつらは双狩会そうしゅかいのメンバーだ。近頃、徐々に力をつけ始めてる奴らでな」

「怖いわけ?」


 遠慮のない直球な質問を投げるリナ。

 だがマルドは又もや鼻で笑い飛ばした。


「いや。だが面倒なのは確かだ。今の内に潰しておいて損はない」

「もしかするとその双狩会を潰す度にこうしてボス直々にお礼でも言ってるんですか?」

「俺もそこまで暇じゃない。だがお前らは別だ」


 マルドはグラスを持った手でリナとラウルを指差した。


「お前らは中々にやるらしい。その実力を見込んで――双狩会のボスを殺ってもらいたい」

「見返りは?」


 その言葉にリナは相変わらず直球的に尋ねた。

 一方でそんなリナへ感心したような視線を向けるラウル。それはどの道そのボスとは対峙する可能性があるにも関わらず、依頼を受けて倒すかのように振る舞うリナへの感心の眼差し。


「あの商店街を狙う奴らに、俺が話を付けてやる」

「誰かは分かっているのですか?」

「今あそこを潰したがってるのはバルド建設だ。目的の為なら手段は選ばない、俺が言うのも何だがマフィアみたいな企業だ」


 フッ、と今度は呆れたように笑いを零した。


「ならマフィア相手でも引かないんじゃ?」

「脅すだけが能じゃない。マフィアは交渉も手慣れてる」

「バックに別のマフィアがいたとしても安心ですね」

「まぁそっちは任せてくれればいい。だがその為にはまず、そっちが先に仕事をしてもらうがな」


 マルドはそう言うと内ポケットから写真を取り出しそれをリナへ。

 そこに映っていたのは、一人の男。迷彩柄の服装にベレー帽、威厳的な容貌。その男の第一印象は軍人。


「素性は知らないが双狩会を創った男だ。通称は中佐。――少しさっきの言葉を取り消そう。この男こそ、手段を選ばん。残忍で、恐れはない」

「意外ですね。それでも攫って殺してしまうことも可能なのではないですか?」

「それも出来なくはない。だが双狩会を可愛がってる連中もいてな」

「下手に手を出せば他のマフィアとの抗争の火種になるかもしれない、と」

「組織の一部になってないとはいえ、まだこっちが手を出された訳でもないからな。まぁ兎に角、あんたらがやってくれた方が色々と楽ってことだ」


 するとリムジンが停車し、マルドはリナの手にある写真を指差した。


「裏に連絡先がある。受ける気なら中佐の居場所を教える」


 そして独りでに開くドア。ラウルとリナは手に持っていたグラスと瓶をマルドへ渡すとリムジンを降りた。

 そんな二人が送り届けられたのは泊っているホテル。この場所を伝えた覚えは無かったが、全てを知っているとでも言うようにここへ送り届けられた二人がホテルを見上げる背後でリムジンはそっと出発し走り去っていった。


「これは中々に良い鯛が釣れたんじゃないですか?」


 リナは手に持ったままの写真へ視線を落とした。それをラウルも横から覗き込む。


「中佐ですか。きっと彼女も久々に満足してくれそうですね。そう思いませんか?」


 その言葉にリナは視線を写真からラウルへ。


「さぁ。でもあの手の奴は結局、追い求めるのを止められない。中毒者みたいなもんでしょ」


 脳裏で思い出していたのは一度だけ撮影した自分の姿をした空切。そしてホテルに背を向けた彼女は写真を仕舞ながら歩き出した。

 そんな後姿を少しだけ眺めた後、ラウルは大きな歩幅で横に並んだ。


「どこへ?」

「別に」

「では、また攫われるかもしれないのでご一緒させて貰いましょうかね」

「勝手にすれば」


 そしてラウルはリナの横に並びながらも後に続く形で足を進めていった。

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