14

 コンクリートを殴りつける激しい戦闘音を他所に壁際の空切は、絶え間ない連撃を浴びせる六本の舌を刀一本で全て捌き続けていた。確実な正解を瞬時に見極め、的確な順番で舌を弾いていく。

 その最中、空切は突然その場にしゃがみ丁度頭の位置へ左から右、振られた舌を躱した。背後の壁をクリームを舐め取るように抉った舌はそのまま彼女の上空を過ぎ去る。

 それを見計らい低くした姿勢から一気に駆け出す空切と入れ違い、まだ彼女の残り香が漂う場所へ残りの舌は同時に突っ込み襲い掛かった。

 しかし事は全て空切の背後。そのまま背の舌を伸ばし切った絶触へと刀を構える。そんな彼女へ絶触は最後の切り札である舌を十分引き付けてから口を広げ突き出した。とは言え、それは既に一度目にした切り札。

 空切は何度も繰り返し練習したかのようなタイミングでそれを躱すとそのまますれ違いざまに一刀。

 そんな彼女の背後で崩れ落ちてゆく絶触。その光景に泪を流すように立てた刀の刀身を鮮血が流れる。


「単調過ぎてもう飽きちゃったわ」


 刀を眺めながら呟く空切の表情にはもう最初のような笑みはなかった。

 そして振り返った空切の後に続くように立ち上がった絶触も振り返る。その脇腹には血が滲み、その表情には抑え切れない笑みと堪え難い苦痛が交り合っていた。


「さっさと終わらせちゃうわね」


 そして血振りをした刀を構えた空切は真っすぐ絶触へと向かっていった。

 一方、直接的な攻撃はあの一撃のみで依然と躱し、弾くだけのラウルは敢えて防戦一方を演じていた。半歩後ろへ下がり眼前を拳が掠め、僅かに右へ移動させた顔を通り過ぎたストレートは背後の壁へ罅を走らせる。そしてそのままするりと壁際を脱するラウルはやはり何もしてこない。

 自分の攻撃は当たらず、相手は何もしてこないという状況にスクルスの表情には苛立ちすら伺えた。


「そろそろお願いしたいんですが……」


 ぼやきながらも軽々と足を動かし華麗に避けていくラウル。

 そしてスクルスを跳び越し背後に回ったラウルとそんな彼を追って振り返りながら伸びる手。

 だが避ける時間があったにも関わらず彼は動かぬまま。

 そんなラウルの首元をスクルスの手は掴むが、それは枝を離れた枯葉がひらり地面へ舞い落ちるのと同じ様に当然の結果だった。

 しかしそれでも逃がさないという気持ちの表れだろう、スクルスの手にはすぐさま力が入る。加えて体を持ち上げられると、足が宙ぶらりんとなったラウルからは堪える声が漏れた。

 余り長くは持たない。喉を絞められながらそうラウルがそう思った丁度その後――彼の首へ伸びる腕は突如、肘を境に血を吐き出した。振り下ろされた刃は肉を斬り裂き骨を断つ。その一刀は前腕を斬り落としラウルを解放した。抜け殻となった腕と共に地面へ足を着けると、ラウルはまず数回咳払いをしては喉を整える。

 一方スクルスは血の止まらぬ腕を押さえたまま一度大きく間合いを空けた。

 そんなスクルスへ視線を向けながら猩々緋の滴る刀を手に空切はラウルの前へ。


「意外と綺麗なのが流れてるのね」


 足元に出来た溜まりからスクルスへと続く吐き捨てられるように付着した血液へ視線をやりながら空切はそう呟いた。どこか感嘆したような口調で。


「ってきりそのまま仕留めてくれるかと思って動きを止めたつもりだったんですけどね」


 その言葉に空切は視線を息の整ったラウルへ。


「どうせならそのまま一度ぐらい殺された方が良かったかしら?」

「それは困ります。なるべく死なないがモットーなもので。ですが……」


 そのまま彼女の顔から未だ鮮血の滴り続ける刀へと目を移すラウル。


「どうやら足りたようですね。それは良かったです」


 すると二人と間合いを取っていたスクルスが建物中へ響く音で叫声を上げた。アドレナリンを全身へ駆け巡らせ一気に片を付けようという作戦なのかもしれない。そのまま二人の鼓膜を破ってしまいそうな声の後、垂れ流しの血を無視しスクルスは真正面から突っ込み走り出す。他所を向いた空切へ迫るその大柄な体は宛ら闘牛如く。

 だが一方で空切はまるで虫でも払うように易々と振り向き様の一刀で、スクルスを縦一直線――斬り捨てた。最後の拳を振り下ろす事すら叶わず、二人を避けるように左右へ倒れゆくスクルスの燈火は消え、巨体は最早ただの肉塊と化していた。

 そして水気を含んだ生々しい音を鳴らし地面へ倒れたスクルスを他所に血振りをする空切。


「余り綺麗には斬れなかったわね」


 刀を振りながら横目でスクルスの左側断面へ目をやっていた彼女はどこか落胆的。


「満足出来ましたか?」


 その質問にラウルの前へと一歩足を進めた。


「確かに今までよりは良かったわ。――でも、まぁまぁかしらね」

「これは手厳しい。ですがもしかすると、更なる大物を味わえるかもしれませんよ」

「あら、いいのかしら? そんな期待させて」

「僕はただ、もしもの話をしただけで、期待するかしないかはあなたの自由ですよ」

「意地悪ね」


 そう言いながら空切はわざとらしく睨み付けるような眼差しを向けた。口元では微笑みを浮かべながら。


「では、空切さんそろそろ」

「そーやってすぐ終わったら帰そうとして。あたしはもう用済みって訳?」


 今度はわざとらしい不機嫌そうな表情を浮かべながらも空切が左手を横に伸ばすと、何もなかった手には一瞬にして鞘が現れた。


「君にとってあたしは都合の良い存在みたいね」

「出来る事ならご一緒したいですが、貴方にとっても長居は損なのでは?」

「随分と達者なお口なこと。もしあたしが平気なら――」


 空切は左右に刀と鞘を握ったまま更に近づくと、両手をラウルの首へと回し始めた。


「空っぽになるまで一緒にいてくれるのかしら?」


 焦らす様にゆっくりと腕で首を撫でながら手を伸ばし、交差させ、顔を近づけていく。


「それは何とも魅力的ですね」


 そして体を密着させる空切。その背中にラウルは手を回し触れるように抱き締めた。


「ですがそれはやはり……困ります。いざという時に貴方の力が無いのは心細いですからね」


 呼吸をすれば相手の匂いが鼻腔を撫で、言葉と共に息が肌を撫でる距離を保ちながら見つめ合うように視線を交差させる二人。


「でも君を困らせるのもまた面白そうね」


 すると空切はラウルの背後で音を立てずに納め始めていた刀を、言葉の後――完全に納めた。直後、一瞬だけ彼女の目が閉じる。

 開いた双眸が最初に見たのは間近のラウル。だがその状態を保ちながらリナは眉を顰めた。


「――前から聞こうと思ってたけど、アンタ達ってどんな関係?」

「そうですねぇ。随分と長い間、一緒ですから少なくも僕は友人と呼べる存在だとは思ってますよ」

「そう」


 質問をした割には余り興味なさ気な返事をしたリナはラウルから離れ、彼もまたすぐに彼女への手を離した。

 それからリナはまず辺りを見回し、状況を確認。


「二人だけ?」

「えぇ。そのようです。彼らだけなのか組織の一部なのかはまだ分かりませんし、もしかするともっと手強いのを雇い直す可能性もありますね」

「それはそれでいい」

「そうですね。でもまずは戻りましょうか」


 そしてその建物を後にした二人。

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