17

「なるほど。中々にやるらしい」

「さて。君はどれだけあたしを満足させてくれるのかしら?」


 仕切り直し間合いの空いた二人だったが、それ以上なにか言葉を口にすることは無かった。

 そして今回先に仕掛けたのは空切。先程の中佐を再現するように正面から突っ込むと刀で一文字を描く。当然と言うべきか何の変哲もないその一振りはナイフに容易く止められた。

 だが刀はそれが分かっていたかのように、刀身同士が触れ合うと瞬く間に位置を変え別方向から襲い掛かる。

 しかしそれもまたナイフの背の低い刀身は悠々と受け止めて見せた。とは言え、それだけで終わるはずも無く更に別方向から――あっという間に速度を競い合うかのような攻防が繰り広げられた。ひとつ前の音が消えるより先に次の場所で既に交わる刀とナイフ。同じものを繰り返し再生しているかのように二つの刃がぶつかり合う甲高い音は位置だけを変えながら鳴り続けた。

 そして流れの中、空切は刀を振り上げ――両手を振り下ろした。それに合わせ中佐もナイフを構える。

 だがナイフに伸し掛かるはずの一刀は無い。直後、中佐は空切が刀を宙へ置き去りにし空の両手で素振りをしただけという事に気が付いた。

 しかしその時には既に彼女はそのまましゃがみ込んでは地面に指先を着けた状態。そして一歩遅れた中佐がそんな彼女へ目をやった頃には、身を回転させ回し蹴りのような足払いが彼の態勢を崩した。

 落ちてゆくように倒れる中佐とは逆に、立ち上がる空切はその途中で落下し始めていた刀を手に取った。


「ごめんなさいね」


 嫌味的な言葉と共に笑みを浮かべた空切は刀を構え、その刃先が倒れていく中佐へ狙いを定める。

 だが伸ばした片手を一足先に地面へ着けた中佐は、捻りと両脚の動きによる反動で威力を生み出し彼女へ蹴りかかった。

 一手先の一蹴に刀を持つ手を止め身を固める空切。直後、彼女はそのままならない状態から繰り出されたとは思えない強烈な衝撃に蹴り飛ばされ壁へと一直線で突っ込む羽目となった。

 破壊的な音と共に膨れ上がった煙に包み込まれる彼女を他所に立ち上がる中佐。

 彼の視線に見つめられる中、その煙からまず出てきたのは脚。それから順に空切は煙から姿を現した。額から目を掠め、頬を通り、引かれた一本の鮮紅。

 歩みを進めながらペロッとその鮮血をひと舐めした空切は、そのままその痛ましさとは相容れないはずの微笑みを浮かべた。


「やっぱりこうじゃなきゃ。この痛みがあたしをより一層昂らせてくれる。――だってそうでしょ? 痛みが濃ければ濃い程、心躍る時間って事なんだから」


 そんな余裕とも取れる空切に中佐は微かに眉を顰めながらじっと視線を向けていた。

 そしてゆっくりと口を開く。


「――なるほど。この感覚か。あそこまで恐れる意味は分かんが。――だが、確かにイカれてる」


 一人納得した様子の中佐は、そっとナイフを構えた。

 一方で空切はその言葉に全く感心を寄せてない様子。


「最後までちゃーんと満足させて頂戴ね」


 そして空切も刀を構えると、二人はガンマンの決闘が如き空気感に包み込まれた。互いに動き出しそうで、両者ともじっと身構えたまま。もどかしさすら感じる雰囲気の中、二秒三秒と時間だけが過ぎていく。

 すると部屋の外から戦闘を眺めていたラウルはそれに耐えかねたと言うように、ポケットから一枚のコインを取り出し指で宙へと弾いた。残像で小さなボールと化したコインは弧を描きながら、時間の止まった二人を他所に地面へと落ちていく。

 そしてモノクロな音の世界へ一色の音が広がると――瞬く間に世界は色鮮やかに姿を変えていった。地を一蹴する音。空を駆ける刀の音。交わる刃は色濃く。衣擦れが囁き。柄を握る軋みが紛れる。

 そして連続する攻防の後、一歩踏み出した空切が横一閃。中佐は逆に一歩退き寸前で躱した。そこから流れは止まらず姿勢を屈めた中佐が懐へ飛び込もうと前進。

 だが空切は更に半歩前へ進みながら彼の手を膝で蹴り上げ、ナイフを上空へと弾いた。


「残念ね」


 しかしながら中佐は反応したのか彼女の動きで先を読んでいたのか、既に動かし始めていたもう片方の手で宙のナイフを掴むとそのまま斬り掛かった。

 そしてもはや聞きなれた刃の交り合う音が響く頃には、割り込ませた刀がそのナイフを受け止めていた。


「これは空切さんにも満足して貰えそうですね」


 そんな二人の攻防を隣の部屋から眺めていたラウルは安堵したように呟いた。

 一方ラウルの落ち着いた視線の先で、依然と止めどない戦いを繰り広げる空切と中佐。その多くは躱されるか防がれるかのどちらかだったが、相手を上回った一撃も中には交っており、二人の肌には口を開いた生傷が徐々に増えていった。とはいえどれも浅く、出血こそあったものの二人の動きに支障を加える程の重症は一つもなかった。

 その右手に押し出される様に顔目掛け突き出された刃先は素早くそして鋭い。それを僅かに傾けひらり頬を掠める程度に留めた中佐は、躱すや否や左手のナイフを右側から大回りで振った。

 しかしそれは大振りで大回り、空切の自由な左手がそれを迎え撃つ。わざわざ止められに行ったような右手のナイフは手首を取られあっさりと受け止められてしまった。

 これまでとは異色な甘い一振り。その事に対し怪訝そうな眼差しを向ける空切だったが、その答えは既に彼女の視界内にあった。

 それは中佐の右肩から落ちていくもう一本のナイフ。


「意外といたずらっ子なのね」


 フッと微笑み交りで呟く空切はどこか楽し気だった。

 どうやらわざと大振りにしてはすれ違いざまにボタンを外し、襲い掛かるナイフへ意識を向けさせている間に、もう一本のナイフをホルダーから重力に手を引かせては落下させ忍び寄る様に抜こうとしたらしい。

 そしてそれに空切が気が付いた時には、既に動き出していた彼の手は途中でナイフを拾いながら彼女へと刃を運んでいる最中だった。その服ごと切り裂いた腹部から我先にと溢れ出す温かな鮮血と腸を浴びるのが待ち切れないと言わんばかりに空気すらも斬り進むナイフ。

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