11
それからどのくらい経ったのだろう。すっかり時間の感覚が狂わされたリナは先に戻った意識に手を引かれる様にそっと目を開いた。
椅子に座らされ、両手は後ろで縛られている。その感覚の中、顔を上げた彼女は相変わらずの無表情だった。恐怖や戸惑いの類は無く、ただ冷静に辺りを見回しては状況を確認する。
そんなリナの周囲は暗闇に包み込まれ、傍に置かれたライトだけが彼女を照らしていた。その所為で恐らく建物内であるという事だけで時間帯も、場所も、何も情報は無い。
だが自分の置かれた状況が椅子に縛られてる以外分からないにも関わらず、リナの表情には一瞬の乱れさえ生じなかった。ただじっと正面の暗闇を見つめながら手の縛られ具合を確かめる。手首の間に隙間はあったものの藻掻くだけでは解けそうにない。
そして現状で把握出来る分を確認し終えた丁度その時――暗闇の奥から足音が聞こえてきた。最初は小さく、段々とそれは近づいて来る。
一方で足音の方を見つめながらリナは、その反響具合でこの空間がある程度の広さであるという事を感じていた。
そしてその音共に彼女を囲む明りへ足を踏み入れたのは、視界に捉えるだけで喉元の感触を思い出してしまいそうなあの男。しかしフードを被っていなかった彼はその顔を光の下に晒していた。
そこに立っていたのはゴリラ獣人、スクルス。顔を守る様に覆う毛からリナを見下ろす双眸までが黒で統一され、大柄なそれは強靭な肉体によるものなのだろう。
「他に仲間は?」
立ってるだけで威圧的なスクルスは睨み付けるように見下ろし答えを待つが、それを物ともしないリナは無言のまま見上げ続けていた。
するとそんな態度に苛立ったのかスクルスは突然、彼女の首元へ手を伸ばした。そのまま力を入れれば細い首など簡単に折ってしまいそうな大きな手に包み込まれる感触は、あの時と変わらない。
だがそれでも一言も話さず――それどころか依然と表情すらブレないリナは彼へ視線を向け続けていた。
そしてほんの数秒、時の止まった沈黙が過ぎ去るとスクルスは投げ捨てるように彼女から手を離し一歩後ろへ。
「めんどうだな奴だ。――仕方ない。もう一人に……。いや、その都度握り潰してやれば」
すると動けないリナを他所に目を瞑り腕を組んでは一人でぶつぶつと呟き始めるスクルス。
その間、リナは眼前の敵へ視線と警戒を向けたまま後ろで手を動かしどうにか抜け出せないかを試みていた。だが僅かな隙間しかない空間に押し込まれた両手首は、依然ともぞもぞ動き肌へロープを食い込ませるだけ。
結局、状況の変わらぬまま先にスクルスがゆっくりと目を開いた。
「最早お前に用は無い」
彼の低い声がそう告げるとそっと掲げるように上がる右手。それを目にしながらリナは僅かに眉間へ皺を寄せ只管にロープを解こうと手を藻掻かせた。
―――一方で軋む程に力強く拳を握る手。
今すぐこの状況を打開する術はなく、最早どうする事も出来ないと悟ったのか――手を止めたリナは肩を落とす様に顔を俯かせた。ただその瞬間を待つかのように彼女の体に力は入っていない。
―――そしてスクルスは拳を構えたまま一歩、足を踏み出した。
するとその時。俯いた彼女の後方――暗闇の中から降り注ぐように何かが一閃。彼女へと一直線に飛来したそれは、針の穴を通すをようにピンポイントで手首の間をすり抜けロープの片側だけを斬った。
―――一方、そんな状況を他所に空中を走り出す拳。残るは対象へ全力でぶつかるのみと、更に勢いを増していく。
だが彼女は依然と顔を俯かせていた。その背後でそっと手からずり落ちていくロープと地面に突き刺さった刀。
―――そしてついに拳は目前へと迫る。
その時――彼女は静かに微笑みを浮かべた。
直後、ロープが完全に離れる前の手を動かしては刀を握り――同時に顔を上げ始めた。刀を抜くとまるでパフォーマンスでもするよう巧みに回転させながら手を前へと移動させ――同時に片足を椅子の横へ滑らせる。
そして間一髪と言うべきか丁度と言うべきか、刀は自分を殴り殺そうとした拳を受け止めた。
だが刀は前後逆になっており、峰が拳を受け止め刃先が彼女と見つめ合う。
「あら残念」
その口調と表情から十分伺える空切の余裕。
しかし目の前の女性の突然の変化に一瞬驚かされただけと言わんばかりにスクルスが力を込め直すと、彼女は両手で刀を握り表情にも力が入った。それでもじっくり回る毒のように確実に刃は空切へと近づいていく。下げておいた足で踏ん張るも止める事は出来ない。それ程までに単純な力の差があるということだった。
「随分と力持ちなのね」
すると空切は突然、拳から刀を外した。抵抗する力を上回りながら着実に押し込んでいた拳は突如として支えを失うが、それでも真っすぐ目的の彼女へと殴り掛かる。
だが一方で空切は流れるように一歩引いていた足を軸に反時計回りで体を回転させた。その途中、さっきまで縛られていた椅子を手に取る空切。そしてひらり拳を躱した彼女は回転そのまま手にしていた椅子でスクルスへと殴り掛かった。
空振る片手を他所にもう片方を横顔へやるとスクルスは腕を身代わりに椅子を受ける。大きな腕とぶつかり合い宙へ木片をばら撒くそれはもはや椅子として死んだも同然。
そして空切は殴るのと同時に椅子から手を離すと、未だ引っ込められてない(最初に殴り掛かってきた)腕へ刀を振り下ろした。今度はしっかりと刃を向けて。
だがそれは彼女の意に反し、腕は疎か皮膚にすら届かなかった。無数に生えた毛に鈍ら刀のように阻まれ、刃物でありながらも鈍器の如く殴り掛かっただけ。
そんな空切へ椅子を受け止めた方の腕が拳を握り横から襲い掛かった。
しかしそれを空切は、地を一蹴し一足で大きく退き避けた。着地した場所はまるでリングのようなライトが照らす円の端。二人は仕切り直すように間合いを空け一度手を止めた。
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