12

「はぁー。ヤになっちゃうわぁ。こういう時に限って足りないなんて」


 憂鬱そうな口調で刀の肌を指先で撫でる空切。

 そんな彼女を怪訝そうな視線で見つめるスクルス。


「それとも……」


 空切は言葉の後、刀からスクルスへと顔は動かさず視線だけを向けた。その眼差しは、刃のように鋭く――それでいて艶麗。


「君のが硬いだけかしら?」


 スクルスの返事を待つひと間を空け、空切は手元で刀を回転させながら今度は顔を視線の方へと向けた。


「どっちでもいいわね。ただ今は――」


 声が途切れるのと同時に一瞬、スクルスの視界からも空切は消えた。

 そして次の瞬間――彼女はスクルスの足元へ。


「ご馳走を楽しむだけ」


 余裕の笑みを浮かべた口元は妖艶に舌舐めずりをするが、その上方で見上げる双眸は獲物を狙う蛇のようだった。

 そんな彼女の気配を先に感じたからか、スクルスはほぼ反射的といった速度で拳を振り下ろす。

 しかしその拳は空を突き、そのまま地面へと減り込んだ。

 一方で空切はスクルスの肩に片手を乗せ天地逆転――宙に両足を放り出しそのまま背後へと着地。一拍の間を空け、刀を突き出した。

 そして当然の如く背後を取られすぐさま振り返るスクルス。だがそんな彼を迎えたのは、彼女の姿と既にそこまで迫った切先。振り返る顔に先回りし刀を突き出した空切は毛が駄目ならと柔らかな眼球を狙っていた。

 だがスクルスにとっては間一髪。目前で割り込ませた腕がその軌道をずらした。それに安堵し一息付く訳でも無く、スクルスは腕が間に合うともう片方の手で一瞬だが確認できた空切へ殴り掛かる。

 ――が、またしても空振り。僅かな足運びでほんの数センチ、拳は真横を通り過ぎる。


「残念」


 言葉の後、刀を引く空切。一歩遅れ腕を下げたスクルスの視界には、自分の腕を足場にひと蹴りし眼前へ迫る彼女。

 その顔を見ようとすれば見上げなければいけない程の高く上がった空切は、スクルスと目が合うのとほぼ同時に彼の顔面を蹴り飛ばした。とは言え、重量の差は彼女の予想以上に大きくスクルスは数歩分ふらつくだけ。

 だが着地した空切は最後に踏ん張った方とは逆の足へ透かさず刀を振った。当然ながら斬り捨てる気で刃側を先頭に空を駆ける刀だったが――それもまた当然と言うべきか刃は厳重な毛に阻まれてしまう。

 しかしそのまま斬れるとは思っていなかった彼女はそのまま足元を掬いスクルスのバランスを完全に崩した。タイミング的にどうする事も出来ず、スクルスは地面へ引っ張られる様に倒れていく。

 そして背中を強打しながら倒れたスクルスへ悠々と近づいていた空切は、まず毛の生えてない掌へと刀を突き刺した。硬い皮膚に抵抗されながらも突き刺さった刃先はそのまま手を地面へ。あふれ出す鮮血の中、拘束する役目を担った。

 そして同時にもう片方の腕を踏み付ける空切。その力は凄まじく、スクルスは両手の自由を完全に失った。


「クソッ……」


 そんな無防備のスクルスに対し、彼女は拾い上げていた椅子の破片を振り上げた。しっかりと吟味したのかその木片の先端は尖鋭で凶器に適した形状をしてる。

 そして空切は両手で握ったその木片を全力でスクルスの片目へと振り下ろした。事が上手く運びご機嫌な笑みを浮かべながら。

 だがその時、二人の頭上――暗闇の向こうから何かが二つほど飛んでくると、それは真っすぐ空切へ。スクルスへ大きな一撃を喰らわせるより先に、何者かの攻撃を躱すため彼女は木片を投げつけながらその場から退いた。

 空切が退く間に消えてしまったのか着地後、スクルスの方を見るがそこにはまるで幻覚とでも言うように彼女を襲った何かは無い。辺りを見回すが、それは同じこと。

 一方、スクルスは自由になった片手でもう片方に突き刺さる刀を抜き投げ捨てる。それは弧を描き偶然か主人である空切の足元へ。


「そんな乱暴にしちゃダメじゃない」


 そう言いながら彼女は刀を拾い上げると起き上がるスクルスを見遣る。

 すると、立ち上がる彼の後方――暗闇の中からライトのリングへと人影が姿を現した。

 その姿はスクルスの半分以下、空切よりも低い。一方と同じ格好でありながら、一方とは相反し毛の類は無く骨と皮だけでのような風姿をしていた。


「もう一人は?」


 スクルスの問い掛けに横に並んだその人物は首を横に振る。


「いなかった」

「なら、まずは目の前を片付けるか。油断するなよ」

「あぁー」


 その言葉に答えるような声を漏らしながら舌を出すその人物の背中からは、六本の触手のようなものが現れた。よく見ればそれは垂らしている舌と同じ。


絶触ぜつしょく。昔、同じ種族とやりあったことがあるわね」


 空切は少し双眸を細め絶触の背後でうねる舌を見つめた。


「アイツだ! アイツだ!」


 絶触は空切の声など聞こえていないのか、一人彼女を指差し興奮状態。


「あの時はもっとまともだったけど――あの時よりあたしを満足させてくれるのかしら?」

「殺す! 殺す!」

「さっさとやっちまおう」


 それから二対一という一変して不利な戦いは始まった。片一方の隙を作っても、もう片方がそれを阻み――片方の攻撃を受け止めても、もう片方がその隙を突き攻撃を仕掛けてくる。しかし上手く攻撃を通す事は出来なかったが、かと言って劣勢という訳でもない。それはまるで空切の強さを代弁するかのように均衡的な戦闘。

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