23

 昼過ぎの公園。疎らな人通りを目の前に間隔を空けて並ぶ二つのベンチ。その一つにリナは腰掛けていた。昨日と同じ服装ではあったが、この日のは穴も汚れも無い新品。

 すると少し間隔を空けて並ぶ無人のベンチへ人影が腰を下ろした。


「いい天気ですね」


 聞き覚えのある声にリナは返事より先に横目を向けた。

 そこに座っていたのはニール。ハット帽にロングコートを身に纏った彼は全身を黒色に染めていた。


「断る」


 会話としては不成立な返事を間を空けた後にリナは口にした。


「そう警戒せずとも何かをお願いに来たわけではありませんよ。ただ先程、話し合いを終え貴方との約束を果たしたとご報告に寄っただけです」

「そう。でも別にどんな脅しをかけたかは興味ない」


 そんなリナの言葉にニールは静かに笑う。


「脅しとは。そんな事はしてません。ただよりよい関係を結んだだけです」


 だが信じてないとでも言うようにリナは軽く鼻を鳴らす様に笑い返す。


「私はただ建設の場所を提供させて貰っただけですよ」

「自分のシマにでしょ」

「えぇもちろん」

「それが狙いだったわけね」

「それとカノーチェファミリーもこのままいけば穏便に吸収出来そうですし。あそことはそれなりに親交がありましてね。と言っても前ファミリーのボスとですけど。ですが跡を継いだあの男は強欲で危険でしてね」

「アタシ達の事もあんたが?」


 その問い掛けにニールは返事として小さな笑みを見せた。


「まぁいいわ」

「貴方方のお陰で色々と丸く収まりそうです。ありがとうございました」


 リナの方へ少し顔を向け頭を下げるニール。


「何故あの商店街を気にかけているのは分かりませんが、安心して下さい。あそこは私が面倒を見ましょう。あそこ一帯を買い取る手筈はすぐ済みます」

「あんたに恩はない。これまでもこれからも」

「えぇそれで構いません。それとあの中佐という男ですが、聞くところによると元々軍人で任務の成功率は相当なものだったとか。しかし任務達成の為なら仲間の命ですら迷うことなく使い捨てるような男で、そんな彼を仲間は忌み嫌い恐れていた。当然ながら軍を追放されるのにも時間は掛からなかったようですね」

「そう」


 興味がない、同時に淡泊な声はそう伝えた。


「最後にお名前をお聞きしても?」


 少し迷った間を空けながらもリナは小さく返した。


「――リナ・……」

「何とも美しい名前ですね」


 そう言うとニールは立ち上がった。


「それではリナさん、私はこれで。貴方方とは良好な関係を築けたと思っていますので、ご協力出来る事があれば一度相談してみて下さい。では――」


 最後に会釈を一つし、ニールは緩やかな人の漣に乗りその場を去って行った。


「リナさん」


 そんな彼の後姿をどこか訝しげに見つめていたリナをラウルが呼んだ。

 顔向けるとカップを差し出すラウルの姿。


「どうぞ」

「ありがと」


 リナにカップを渡したラウルは隣へ。

 そして二人は同時に熱々の珈琲の香りを口一杯に広げた。


「そうだ。今回ので一体どれほど溜まったか見ても良いですか?」


 ラウルの言葉にリナは刀を手に取った。鞘に納まったままの切先が空へ向くと、少しして溶けるように透け始める。レントゲンのように透けた刀は、多少ではあるが前回よりその面積は広くなっていた。それは微々たるものではあったが、とは言え着実に一本の完璧な刀へと近づいている事は確かだった。

 だがそんな進捗にリナは真っ先に溜息を零しす。


「まぁでも今回は一度、致命傷を治してますからね。逆に言えばそれでも得てる分が多いというの事は中々の獲物だったって事ですね」

「それが無ければもっと変化があって事ね」


 そう溜息交じりで言うとリナは刀を戻した。


「次会ったらさっさと無傷で片付けてって言っといて」

「えぇ。確かに彼女があれ程の傷を負うところを見るのは大丈夫と分かっていても少々心にくるものがありますからね」

「改めて訊くけどホントにこれが完成すればアタシは彼女から解放される訳?」

「そうなると思いますよ。なにせ僕もまだその瞬間を見た事が無いので」

「もし嘘で逆にこの体を彼女に乗っ取らせる為だったら……」


 横目で刺すような鋭い眼差しを向けるリナだったが、それ以上言葉は続かなかった。


「生憎、一度殺される程度じゃ意味がない体ですので」

「まぁいい。どうせアタシには何もないし」

「では何故あの時、生きたいと?」

「――さぁね」


 小さく呟くとリナは無言を埋めるように珈琲を口にした。

 そしてカップを離すとこれまでとは一変した話題へ。


「もうこの国は出ましょうか」

「まだ良い獲物はいそうですが、心機一転。それも良いですね。後はどうやって行くかですね」


 問いかけるような視線をリナへと向けるラウル。


「歩きは嫌」

「だとすると快適な旅行とはいかずとも乗せてってもらう方が良さそうですね」


 するとリナは突然、笑みを零した。


「いい当てがあるわ」


 そう言って刀を手に立ち上がるリナ。そんな彼女を追ってラウルも立ち上がるが、彼はそれが何なのか分からぬまま歩き出す彼女に続いた。




 <妖刀:空切に呪われたリナ。より強い者を求め、それを斬り、魂を集めては、妖刀を満たす。そうすることで妖刀から解放されるという言葉を信じ、彼女は只管に強き魂を求める旅を続けるのだった>

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BLOOD RAIN 佐武ろく @satake_roku

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