配信鑑賞会

 ヤヒロと弥子やこは先輩後輩の間柄だった。とはいっても、学校や会社ではなく、道場での関係だ。

 ヤヒロは高校時代、部活で三年間剣道をやっており、初段の実力があった。しかし、部活でやっていただけだったので、大学に入ると同時に辞めてしまった。

 大学生活の一年目は、まだ慣れていないため、勉強と友達関係の形成で手一杯だった。

 二年目は、大学の勝手も分かってきて、友達もある程度できた。一緒に講義に出るくらいの仲にはなった。飲み会にも誘われ、勉学、遊び共に充実していたが、親の仕送りだけで生活していたヤヒロは、そんなに多く遊びに参加することは出来なかった。

 親との約束で、大学に進学するのなら、勉学に集中するために、アルバイトをしないということが条件だった。ヤヒロは、その約束をしっかり守り、アルバイトを一切しなかった。思えば、この時、親の言いつけを破ってアルバイトをしていたのならば、就職活動の参考になり、ブラック企業を選ぶこともなかったのかもしれないが、それは、たらればである。

 勉学は楽しかったが、追及して学ぶ気はなかったので、やはり時間が余る。ゲームなどを長時間やれるタイプでもないので、日々退屈していた。そんな時、大学の掲示板に貼ってある空手道場の張り紙が目に入った。元々、運動部出身だ、体を動かすことは好きだったので、行ってみることにした。

 空手道場は楽しかった。体を動かすことで、ストレスが発散され、勉学にもより身が入った。ヤヒロは、これだと、感動したものだった。大学に行き講義を受け、友達と話し、大学が終わると道場に行き、汗を流す。いつの間にか、一日の流れが決まっていた。まさに、ヤヒロのルーティーンとなったのだった。

 そんな変わらない日常に変化が起きたのは三年の夏だった。弥子が道場に顔を出したのだ。彼女も、大学の掲示板に貼ってある道場の張り紙を見て、足を運んだのだそうだ。

 彼女とは、通っている大学は違ったが、高校時代は三年間剣道部という共通点があった。そのためか、何だかんだで気が合い、お互いに大学での話をしたり、一緒に出掛けたりもした。そんな縁があって、ヤヒロが仕事で潰れてしまった時も、色々と尽力してくれたのだ。

 ヤヒロにとっては恩人であり、可愛い後輩であり、仲の良い友人だった。



「おじゃましまーす」

 弥子が元気に入ってきた。スーツでないところを見ると、一度家に帰ったようだ。

「涼しー、生き返る~」

 季節は夏、最近は気温も高く、エアコンなしでは過ごせなくなってきている。

「適当に座ってくれ」

「はーい」

 返事はしたが、弥子はそのままキッチンに向かった。

「色々買って来たんで、冷蔵庫に入れさせてください」

「ああ、いいよ。直ぐに食事にするか?」

「ええ、もう、お腹ペコペコです」

「オーケー、じゃあ、温めるな」

 背中合わせに、お互いが別々の行動をする。

「あ、そうだ先輩、ビール買ってきたけど飲みます?」

「いや、今日はいいや。弥子は気にせず飲んでくれ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 弥子はビールを一本持って、先に席に座った。

「ご飯食べるか?」

「お酒飲むんで、いらないです」

「わかった」

 ヤヒロはせっせと料理を皿によそう。

「はい、お待たせ」

 手際よく料理をテーブルに並べていく。1LDKのヤヒロの家は、リビングはたいして大きくない。だから、ダイニングテーブルを置くだけのスペースがなかった。そのため、床に座り、小さなテーブルの上に、所せましと料理が並べられた。

「わあ、本当に豪勢ですね。期待通りです」

 弥子が目を輝かせ、両手を組んで大喜びをする。

「弥子のお眼鏡にかなったのなら、よかったよ」

 ヤヒロは麦茶を注ぎ、そのグラスを差し出す。

「お仕事、お疲れ様」

「お疲れ様です」

 二人はグラスを合わせた。甲高い気持ちの良い音が、耳に響く。

 弥子は一気に、グラスのビールを飲み干した。

「いやー、仕事後の一杯は、最高ですね!」

 豪快に口を拭って、大笑いする。その姿を見て、ヤヒロは困り笑いをした。

「先輩の家に来るの、久しぶりだなぁ~」

 弥子が部屋を見回す。

「前に来たのは、いつだったかなぁ」

「言っても、そんなに経ってないだろうよ」

「まあ、そうだとは思うんですけど~」

 注ぐのがもどかしくなったのか、弥子はビールの缶に直接口を付けて、飲み始めた。

 大学時代にも、弥子は時々、ヤヒロの家に遊びに来ていた。といっても、主に夕飯を一緒に食べて、だべる程度だった。加えて、ヤヒロが仕事で潰れてしまった時には、頻繁に来てくれていた。生存確認だと本人は言っていたが、その気遣いが、当時のヤヒロには、本当に心の支えになった。

「そういえば弥子って、就職してから、うちの家の近くに引っ越してきたじゃないか。自分の職場から遠くなるのに、何でそんなことしたんだ?」

「言ってませんでしたっけ?」

「ああ、聞いてない」

 酔いか照れか、弥子の顔が赤い。

「まあ、覚えてないならいいか…」

「なんて?」

 弥子の呟きは、ヤヒロの耳には届かなかった。一々言うのも癪なので、話題を変えることにした。

「交通費を差し引いても、この辺の家賃が安かったからですよ」

「さすが弥子、合理的だな」

 感動の声を上げるヤヒロに、弥子がムッとする。

「本当は、衰弱している先輩が心配で、直ぐに駆けつけられる所に引っ越したのに…」

「え? 何か言ったか?」

 つい、本当の理由を呟くも、またもヤヒロの耳には届かなかった。もう、業とじゃないかと思えるくらいの受け答えだ。

「いえ、何も!」

 缶に残っているビールを、一気に飲み干す。

 ヤヒロの方はというと、弥子が何か怒っているような気はしているが、触らぬ神に祟りなしということで、追及するのを止めていた。この辺りの見極めの早さが、ヤヒロのいいところでもあり、悪いところでもあった。

「あ、そろそろ、配信時間ですね」

「ホントだ。じゃあ、テレビに動画が映るようにするよ」

 テレビをつけて、設定をする。テレビ画面に、配信待機画面が映される。

 サムネイルには「新モデルを富士の樹海でお披露目!」と書いてあった。

「え? 富士の樹海って、何で?」

「分からないです。私も今知りました…」

 今では、ヤヒロよりも詳しいはずの弥子ですら、そのサムネイルの意味が分からず戸惑っている。

「妖怪の設定だからですかね」

「いや、富士の樹海に妖怪が出るって伝承はなかった気が…幽霊なら、まだ分かるんだけどな」

 言い得て妙である。

 困惑していると、LIVE配信が始まった。

「ぴょんぴょんにゃー! 兎と猫の混血妖怪、兎月うづき猫彌ねこみです!」

 両手を広げて頭の上に乗せ、跳ねる動作をした後、今度は手を丸めて、猫が顔を洗うような仕草をする。その姿は、実写の木々の間に映されており、弥子の言っていた新システムが作動していることが分かる。

「同接一万人、さすが人気Vtuber」

「ホント、大人気ですね」



 GORO 何で樹海?


 プラランド 実在するみたいに綺麗


 長頭じじい 猫彌たんかわいい


 ろばやん 3Dでのポーズ可愛い


 ちこりいぬ 待ってました!


 さんかく 幽霊うつるんじゃない?


 生ガキあたる 樹海とか不謹慎じゃない?


 りよくちゃ 何が不謹慎なんだよ?単なる森だろ。


 ねねこまる 新モデルお披露目何で樹海なんだよw


 ミチポン 森林の中の猫彌も神秘的でいい



 コメント欄のユーザーも、配信が樹海からされていることに困惑している。ということは、事前に配信場所は告知されていなかったのだろうか。

「コメントが困惑気味だな」

「何か、この後の展開が怖いですね…」

 料理を口に運びながら、画面に釘付けになる。良くも悪くも先が気になり、お互いに会話が止まってしまった。

「え? 何で樹海なのかって? だって、兎とか猫って言ったら、森の中じゃない?」



 ポッポランド 草原とかじゃなくて?


 おかん大将 リスと勘違いしてるのかな?


 もりもりもりりん 樹海だけに草


 長頭じじい ポンな猫彌たんもかわいい


 赤青オセロ まあ、新モデルが映えるならどこでもいいや


 こんぶた 猫彌ちゃん辛辣なコメントには反応しなくていいよ


 めのめの まあ森にも動物はいるし


 ジョニーラック 森を走り回る兎とか猫可愛いじゃん


 ぷくぷくぶー 猫彌ちゃんの元気に走り回る姿見たいー


 毛玉ケア それでこれから何するの?



 再び、コメント欄がざわつく。

 ヤヒロと弥子も、映像を観たり、コメントを追ったりと、忙しくて食事の手が止まってしまう。

「おほん」

 咳払い一つ。恥ずかしそうな表情だ。猫彌の本体の表情が本当に恥ずかしそうにしているのか、モーショントレースが表情を読み違えて、この表情になったのかは分からないが、見事にシーンに合っていた。

「ま、まあ、色々な意見があるでしょうけど、来ちゃったからには始めます! 樹海探索、行くぞー!」

 腕を天に掲げ、元気よく歩き出した。それをカメラが追う。後ろ姿もきちんと再現されていて、新システムがきちんと作動していることが分かる。

「若干、コメント欄荒れたけど、ちゃんと始まってよかったな」

「え、ええ、本当に…」

 スタッフのライトに照らされながら、猫彌はスキップして樹海の森の中を進んでいく。暗くなった木々の間を、意気揚々と進んでいく姿は、妖怪という設定に見事にマッチしていた。

「ん? 何あれ」

 猫彌が不意に足を止める。

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