胆力の使い方
「今までの発言で気になったんだけど」
「どうしたんじゃ?」
「ぬらりひょんさんって、もしかして胆力が見えるのか?」
ぬらりひょんがニヤリとする。
「よく分かったのう」
「ぬらりひょんさんの言う通り、俺は一度、胆力が枯れていると思う。その胆力が枯れていることを言い当てたから、見えてるんじゃないかと思ってね」
ヤヒロは弥子の方を見た。
「大変な経験をしてきたんじゃな。軽率じゃった、胆力が一度枯れるということは、それだけ過酷な状況に身を置いていたことは、想像に難くなかったはずだったのじゃが…そこまで思い至らなかった。すまぬ」
「もう、それはいいよ。それで、妖怪はみんな、胆力が見えるのか?」
「見えないっスよ。それが見えるのは、そういう力を持った妖怪だけっス」
「おじいちゃんは、相手の力を見る力があるの?」
語彙力がない。いや、言っていることは正しいのだが、何か妙な言い回しになってしまっていた。
「ぬらりひょんさんの力って、認識操作じゃないのか?」
「合っておるよ。じゃが、認識を操作するには、妖力や胆力の流れを見る必要があるんじゃ。これは、わしが感覚として実行していることじゃから、説明は出来んがの」
ヤヒロは合点がいった。つまり、ぬらりひょんは、その力から、結果的に下衆助の言う見える力を持った妖怪の一人になっていることになる。
「なるほどね。それで、話を戻すけど、胆力が一度枯れると、どうして上手く出せるようになるんだ?」
「簡単な話じゃよ。ずっと使われていた水道管が一度枯れて、何も通らなくなったことで、通りが良くなった感じじゃな」
「いや、分かり辛いな」
ぬらりひょんには珍しく、例えが下手だった。
「あれですよ先輩。お酒飲み過ぎて、気持ち悪くなって、吐き切ったらスッキリみたいな感じじゃないですか?」
「いや、例えが汚いな! そんで、その例え絶対に違うだろ!」
女の子の口から出た例えとは思えないほど、酷いものだった。さすがの妖怪二人も、嫌な顔をする。
「弥子姐さん。それは、あんまりな例えっスよ…」
たまらず、
「胆力の流れがどういうものなのかについて、オイラが分かりやすい例えを言うっスね」
酷い空気になったところを切り返そうと、下衆助が話を切り出した。そして、場面転換といわんばかりに、一つ咳ばらいをする。
「人間を土壌と考えて、その土壌にある栄養が胆力っス。普通の人は、この土壌にたくさんの植物が生えてるっス。これが、大半の人間、つまり、胆力を上手く使えない人の状態っス。雑草にも栄養を取られて、本来、育てたい花に上手く栄養を送ることが出来なくて、結局、育たないっていう状態っス。ヤヒロさんの胆力が枯れた状態っていうのは、栄養がなくなって、土壌に生えている植物が全部枯れた状態だと思って貰えればいいっス」
「なるほど、文字通り、枯れた状態ってわけか」
「そうっス。全部枯れると何がいいのかというと、育てたくない雑草も一掃できたことっスね。除草した状態っス。何も生えていないことで、今、育てたい花にしっかり栄養を供給できている状態になってるっス」
下衆助の説明は、実に分かり易かった。彼は、頭脳明晰なのだろう。マッチョで頭がいいなんて、何て完璧なのだろう。
「妖怪は、生まれた時から妖力の存在を知っているっスから、この土壌の扱いに慣れているっス。だから、力が上手く使えるっスね。常に雑草が生えていない状態っスから、育てたい花が、ぐんぐん伸びるっす」
「つまり、植物の育て方を熟知している者と、無知識のガーデニングとの差ってわけか」
「そうっスね。だから、きちんと育て方を知っていけば、育てられるってことっスね。残念ながら、ガーデニングと違って、教科書とかないんで、感覚で掴んでもらうしかないんスけどね」
「教えてもらえないんじゃ、上手くできないじゃない!」
弥子が不満げに横槍を入れてきた。
「いや、感覚を教えることは、できるっスよ」
「ホント?!」
弥子のふくれ面が、笑顔に変わる。
「簡単っス。集中とイメージっス」
「そんな簡単な話なのか?」
下衆助の言葉通り、あまりにも簡単な方法に、ヤヒロは肩透かしを食らった気分だった。
「簡単な話っスけど、難しいんスよ。言うは易く行うは難しっス。今回、ヤヒロさんが石に上手く胆力が伝えられたのは、まだ土壌に何も生えてなかったからっスね。これから雑草も生えてくるっスから、きちんと鍛練しないと、また胆力を上手く使えなくなるっスよ。まあ、今回、石を使ったことで、胆力を使う感覚は、何となく解ったとは思うっスけどね」
正直、ヤヒロは胆力の使う感覚が解っていなかった。ただ偶然、石が作用しただけだったのだ。今後、もしかしたら、胆力を上手く使えなくなって、石の力を使えなくなってしまうかもしれない。そう思うと、嫌な汗が出た。
「集中とイメージ…」
弥子が珍しく、真面目な顔をしていた。
「確か今、小豆はかりの石を持っているのって、ゲスリンよね。ちょっと貸してよ」
「はいっス」
下衆助から石を受け取り、目を瞑る。
「集中…イメージ…」
呟きながら、屈んで石を拾った。
「んー」
瞼に力が入る。
「んーーーーーーーー」
眉間に皺が寄る。
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん」
顔の中央にパーツが寄ってしまいそうなくらい、表情筋に力が入る。女の子が人に見せてはいけない顔になっていく。
「弥子。おい、弥子。顔がマズいことになってるぞ」
ヤヒロが教えてあげるが、聞こえていないのか、弥子の顔は、どんどん酷くなっていく。
「ダメだー! 使えないよー!」
弥子が目を見開き叫ぶ。小豆はかりの石は光らなかった。
「悔しい!」
目尻を釣り上げて叫んだ。目が潤んでいる。ちょっと泣いているのかもしれない。
「ゲスリン! 餓鬼の石貸して!」
「は、はいっス!」
弥子の気迫に、下衆助は慌てて石を渡した。
「この石って、餓鬼から出てきたのよね」
「そ、そうっスね」
「つまり、ゲスリンと同じ力よね。ということは、単純に肉体強化ってことよね?」
「そ、その通りっスね」
弥子の圧が強い。下衆助はタジタジだった。
「よし!」
弥子は木刀を手に取った。そして、石をポケットに突っ込む。
「集中…イメージ…」
先程と同じ言葉を、呟きながら目を瞑る。先程とは違い、顔の筋肉に力が入っていない。リラックスしているようだ。
深呼吸をして、ゆっくりと、木刀を構える。
「だりゃーーー!」
刹那、気合いの叫びとともに、岩に向かって全力で突進して行った。
「弥子!? まさか、岩に対して、全力で打ち込むつもりか?!」
そんなことをしたら、反動で手を痛める。最悪、物が握れないくらい、手の靭帯を損傷する可能性だってある。硬い物を叩くというのは、それだけ恐ろしいことだ。
ヤヒロは、そうなった弥子を想像し、血の気が引いた。
「やめろ、弥子!」
「でやああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ヤヒロの叫びは、弥子の鋭い気合の声で、かき消された。そして、振り下ろされた木刀の切っ先は、真っ直ぐに岩へ吸い込まれていく。
岩に切っ先が振れると同時に、木のぶつかる、鈍くも小気味良い音が、洞窟内に響く。次いで、風切り音が、その場にいた者たちの耳に入った。
「痛った!」
突然、下衆助が頭を押さえて、眉間に皺を寄せる。その頭からは、血が流れていた。
「え? 何で?」
新たな妖怪の攻撃か?
そう思い、ヤヒロは回りを見渡しながら警戒した。
「木片が飛んできたっス」
ヤヒロの動きとは裏腹に、下衆助が木片を拾い上げ、のんびりと言う。見ると、木片は木刀の先端だった。
「弥子!」
木刀の破片が飛んできたということは、攻撃をされたのは弥子かもしれない。そんな恐ろしいことを思い浮かべ、ヤヒロは慌てて、弥子の下に駆け寄った。
「先輩、岩割れませんでした」
そこには、尻餅をついて、恥ずかしそうに笑っている弥子がいた。
「お前、大丈夫なのか?」
「何がです?」
「今、攻撃されたんじゃないのか?」
「いいえ、されてないですよ」
「じゃあ、木刀の破片は一体…」
「弥子ちゃんの力じゃな」
ぬらりひょんが答える。
「石が光っておったよ。おそらく、きちんと餓鬼の力が使われたのだろう」
ヤヒロは石が光ったことに気付いていなかった。それだけ、弥子が手を怪我することを心配していたのだ。下衆助が落ち着いていたのは、石が光っていたことを見ていたからだということに気付く。
「ちょっと待ってくれ。つまりこれは、弥子がやったってことなのか?」
「え?」
ヤヒロの発言に、目を丸くしたのは、当の本人の弥子だった。
「あ、ホントだ」
持っている木刀を確認し、先端が欠けていること知る。
「弥子ちゃんの怪力に、木刀が耐えられなかっただけじゃな。そりゃあ、岩と木だったら、壊れるのは岩ではなくて木の方じゃろうな」
つまり弥子は、問題なく餓鬼の石の力を発揮できたわけだ。
「岩砕きたかったなぁ」
弥子は残念そうだが、力を発動できただけ凄いことだ。ヤヒロは一度枯らすことで、胆力を上手く使うことができたが、弥子は枯らしていないのである。つまりそれは、弥子の才能を意味する。
「一握りの天才は、弥子の方だったか」
「そのようじゃな」
「そんなことないよ」
二人の会話に、弥子が入ってきた。
「私は、ゲスリンから胆力の使い方のコツを聞いて、それを実行しただけだもの」
弥子はヤヒロに向き直る。
「ヤヒロ先輩は今回、たまたま胆力が枯れた後に、この出来事に出くわしただけに過ぎないんです。仮に、万全の状態だったとしても、先輩なら、やってのけたと思います」
真剣な面持ちだった。そこに、哀れみや同情の感情は見受けられなかった。
「ありがとう、嬉しいよ」
ヤヒロは、弥子の頭を撫でた。弥子は嬉しそうな、くすぐったそうな顔をする。
「それにしても、面白いことが分かったのう」
二人のやり取りを、もっと見ていたかった、ぬらりひょんだが、その感情をぐっと堪えて、話を進めた。
「面白いこと?」
「ああ、そうじゃ。気付かんかったか? 弥子ちゃんは、小豆はかりの石は使えなかったのに、餓鬼の石は使えたんじゃよ」
「でもそれって、二回目だから、弥子がコツを掴んだんじゃないのか?」
「確かにそれもある。じゃが、単純に相性と考えるのが、自然じゃないかのう?」
相性というものを、二人は考えもつかなかった。
「人間の道具にもあるじゃろ? 同じボールペンじゃが、片方は使い易いが、片方は使いにくいとかじゃな。そういうことが、この石にもあるのだと思うんじゃ。いや…」
ぬらりひょんは顎に手を添え、しばらく考え込む。
「道具というよりも、競技に近いのかもしれん。石が発揮するのは妖怪の力じゃ。スポーツに対して得手不得手があるように、妖怪の力の内容によって、得手不得手があるのかもしれんな」
「なるほど」
ヤヒロは、餓鬼の石を弥子の手から取ると、集中してみる。すると、石は緑色に光り始めた。
「どうやら、ヤヒロは万能タイプのようじゃの」
ぬらりひょんが、かっかっかっかと爽快に笑う。
「やっぱり先輩の方が、天才なんですよ」
弥子は微笑んだ。
料理、運動、あんなに何でもできるヤヒロが、過去の嫌な経験のおかげで胆力を使えるようになっていたとは思いたくなかった。そして、その思いはいい意味で裏切られ、弥子は心底嬉しかった。
「なるほど…つまり、弥子は筋肉バカってことか」
「なっ!」
不意の悪態に絶句する。
そして、意味を理解すると、弥子は頬を膨らまし、私の喜びを返せという勢いで睨んだ。
「ヤヒロさん、その言葉は、餓鬼であるオイラにも刺さるっス」
下衆助が肩を落とし、悲しい表情になる。
「いや、下衆助は頭脳明晰だと思ってるよ」
今までの下衆助の分かり易い説明は、頭が良くないとできない。
「ホントっスか!?」
下衆助の表情が明るくなる。そのやり取りを見て、弥子の目がつり上がる。
「私は! ねえ、私は!?」
目一杯、頬を膨らませ、弥子はヤヒロの腕を引っ張る。まるで、駄々をこねている子供のようだ。
怒りながらも、弥子の中には喜びの気持ちもあった。さっき、感情がどん底になってしまったヤヒロを見て、不安で一杯だったが、今の冗談を言える状態になったのならば、大丈夫だろう。
…いや、ちょっと待って。弥子は別の不安要素があることに気付いた。
「先輩、冗談ですよね? さっきの発言、冗談ですよね?!」
本気で言われているのだとしたら、心外だ、悲しすぎる。弥子は新たな不安を抱えて叫んだ。
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