妖怪の石

「わしらは、洞窟内を探索して、分かったことがある。下衆助げすすけ

「はいっス」

 下衆助は脇から何か取り出した。

「これっス」

 下衆助の手には、緑色の透明な石が握られていた。それはエメラルドのように、光を反射して綺麗に輝いていた。

「これは、餓鬼を倒した時に出てきた石っス」

 ぬらりひょんは、それを摘まむと、ヤヒロたちの前に出して見せる。

「ここの妖怪は、倒すと黒い塵になって消え、石になるのじゃ。それに対して…」

 ぬらりひょんは、下衆助を手招きで呼んだ。呼ばれた下衆助は、素直に近づくが、次の瞬間、拳骨で頭頂を殴られる。

「いっっっっったい!!」

 下衆助は、頭を抱えて、のた打ち回った。

「酷いじゃないっスか、大将!」

 下衆助の頭が赤く腫れあがる。

「このように、実在の妖怪は、塵にはならん」

 ぬらりひょんは得意げに言った。

「おじいちゃん、やりすぎ。ゲスリンが、可哀そう」

 弥子やこは批難の声を上げた。その反応に、ぬらりひょんが顔を引きつらせる。暴力は良くないとヤヒロに説いておきながら、この方法だ。弥子の意見も当然だろう。

「すまん、下衆助」

「いや、いいっスよ」

 弥子の言葉に、素直に謝るぬらりひょんと、あっさり許す下衆助。この二人の主導権は弥子にあるのだと、ヤヒロは改めて、その無邪気な支配者に感心した。コミュニケーションお化けの成せる業だ。

「わしらは、例え殺されたとしても、石になぞならん。致命傷なら、臓物が出る。塵になぞならん。下衆助が来る前に言ったが、ここの妖怪は、わしらとは似て非なるもの。人間とアンドロイドと同じ関係じゃ。じゃが、人間とアンドロイドという風に、既に関係性の分かっている物ではない。わしらは、この洞窟内の妖怪のことは知らぬ」

 ぬらりひょんが言っていた、妖怪は生物なのだと。そして、洞窟内の妖怪に関しては、生物らしからぬ死に方をする。仮に、人間や他の生物が洞窟内に出現して、殺された時に塵になったら、それは生物とは呼べるだろうか。いや、呼べないだろう。それゆえ、同じ妖怪ではないという、ぬらりひょんの考えに、ヤヒロは納得ができた。

「ちょっと、借りていい?」

 弥子はぬらりひょんから、緑の石を受け取る。

「綺麗な石。向こう側が透けて見える」

 光にかざした石は美しく。弥子は感嘆の声を漏らした。

「とても、好戦的な妖怪から出てきたものとは思えないわ。先輩も見ます?」

「ああ」

 差し出された手の平に、弥子は石を乗せた。


――五十九グラム。


 ヤヒロの手に石が乗ると、ズボンが赤く濃く光を発した。

「うわ! 何だこれ」

「先輩、なに光らせてんですか!」

「言い方!」

 異常な事態だったが、弥子の言い方のせいで、まるでヤヒロがわざとやっている、コントのようなやり取りになってしまった。

 光源を探すと、それはポケットの中身であることが分かった。光るものなんて入れた覚えがなかったヤヒロは、恐る恐るそれを取り出した。

「これって…」

 取り出されたものを見て、弥子が目を丸くする。

「おぬしたちも持っておったのか」

 ぬらりひょんも、のぞき込む。

 ヤヒロが取り出したのは、ぬらりひょんたちが、洞窟内の妖怪を倒して手に入れたという石と、同じような石だった。違うのは、ぬらりひょんのものは緑で、ヤヒロのものは濃い目の赤だった。そして今は、光っているという決定的な違いがある。

「さっき、小豆はかりを倒した時に手に入れた石だな」

「ここって、小豆はかりも出るんスね」

 下衆助はまだ遭遇していなかったらしい。

「しかし、何で光ってるのかのう?」

 当然の疑問だった。しかし、ヤヒロには心当たりがあった。先程から頭に思い浮かぶデータだ。

「緑の石を手の平に乗せた時、重さのデータが頭に浮かんだんだ」

「ほう」

 ぬらりひょんが、顎を撫でながらわずかに笑う。

「それって…大将」

「ああ、小豆はかりの力と一緒じゃな」

 驚愕の表情をする下衆助と、愉快そうに笑うぬらりひょん。一つの事柄に対して、全く違う反応をする。

「ちょっと借りるぞ」

 ぬらりひょんは、ヤヒロから赤い石を受け取った。途端に、光が消える。その状態で、近くの何の変哲もない石も持つ。

 赤い石に変化は見られない。

「なるほど。石の正体が分かったかもしれん。ヤヒロ、両手を出せ」

 言われるままに、ヤヒロは両手を差し出した。

 ぬらりひょんは、右手に赤い石を乗せた。

「見ておれ」

 口角を上げる。楽しそうだ。

 みんなが注目したのを確認すると、左手に先程拾った石を乗せた。


――九十グラム。


 赤い石が発光し、再びヤヒロの頭にデータが飛び込んでくる。


「九十グラムだとよ」

「かっかっかっか。やはりな。これは面白い!」

 ぬらりひょんの思惑は正しかったらしい。一層大きな高笑いを上げた。

「さっきの話だと、先輩は、小豆はかりの能力を使っているってこと?」

 弥子は鋭かった。飲み込みが高い。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。小豆はかりって、小豆の音を発するポルターガイスト現象を起こす妖怪じゃないのかよ?」

 まだ、飲み込めていないのは、石の能力を使っている、当のヤヒロだった。

「まあ、伝承ではそうなっておるな。しかしな、名前の通り、あやつは正確に物の重さを量る力を持っておる」

 妖怪である、ぬらりひょんが言っているのだから、確かな事実だろう。

「ホントかよ…」

 そう言って、ヤヒロは弥子の方に歩み寄った。弥子は、なぜ急にヤヒロが近寄って来たのか、皆目見当もつかなかった。

 そんな弥子の両脇を持ち、ヤヒロは抱き上げた。大人が子供を高い高いするような格好だ。

「五十点二キログラム」

「わーーーーーーーーー!!!!!」

 悲鳴に近い叫びが、洞窟内に響き渡る。

 状況を理解した弥子が、赤面しながら暴れて、ヤヒロの手から逃れた。そして、一気に距離を取ると、うずくまった。もう持ち上げられないという、自己防衛の姿勢だろう。

「なるほど、弥子の様子から見るに、正しい数字のわけか」

「先輩のバカー! アホー! デリカシー無し男!!」

 ありったけの罵声が遠くから飛んでくる。しかし、当のヤヒロは意に介していない。

「ヤヒロよ。女子の体重を公開するなぞ、やってはいかんぞ」

 ぬらりひょんが困った顔をする。後ろから、そうだそうだーと弥子が叫んでいる。当然だが、非常にご立腹のようだ。

「もう一つ、分かったことがあるぞ」

 再び、ぬらりひょんはヤヒロの手から、赤い石を取る。その様子を見て、安全と判断したのか、弥子が戻ってきた。

「下衆助、使ってみよ」

「はいっス、大将」

 下衆助はぬらりひょんから赤い石を受け取ると、近くの岩を持ち上げてみる。しかし、石に光る様子はない。

「大将。何も分かりませんっス。」

「やはりな。わしもそうだったんじゃが、妖怪には使えないようじゃ」

「つまり、人間にしか使えないってこと?」

 岩を下ろした下衆助に近づき、弥子が石を覗き見た。

「そうじゃな。おそらく、その石を使うのに必要なのは、胆力なのだろう」

「「胆力?」」

 ヤヒロと弥子の声がハモった。胆力という言葉は二人とも知っていた。度胸や、気後れしない気力のことを指す。しかし、それと石を使う力と、何の関係性があるというのだろうか。

 そもそも、胆力を使うとは、どういうことなのだろう。気力を込めろということなのだろうか。しかし、ぬらりひょんの言い分だと、そういう精神的な話ではなさそうだ。

 人間の自分たちですら知らないものが、人間の体には存在する。そして、そのことを、ぬらりひょんは知っているようだ。

 洞窟の妖怪から、人間の体の不思議に話が繋がるとは、ヤヒロも弥子も予想だにしていなかった。

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