仲間の餓鬼

 人影がやっと見えてきた。

 洞窟の暗闇と距離とで、人影が確認できたのは、ぬらりひょんが言ってから一分近く経ってからだった。やはり、妖怪は人間よりも、目や耳の機能が高いのかもしれないと、ヤヒロは感じた。

「大将! 奥にも結構モンスターが……うお! 人間!?」

 現れたのは、餓鬼だった。ただ、今まで会った餓鬼と違ったのは、頭には美しい金髪が生えており、下腹が出ておらず、筋肉質だった。その姿は、餓鬼と呼んでよいのか微妙なほどだった。

「喋ってる!」

「うるさ!」

 弥子やこが再び、ヤヒロに寄りかかって叫んだ。ヤヒロは弥子を持ち上げて、距離を置かせる。その様子を見て、ぬらりひょんが尊いと、穏やかな笑みを浮かべていた。

「大将。な、何で人間と一緒にいるんスか?」

 先程は、ヤヒロたちに自分は妖怪総大将ではないと言っていた、ぬらりひょんだったが、目の前の餓鬼は、ぬらりひょんのことを大将と呼んでいる。

 やはり、ぬらりひょんは妖怪総大将なのではないかと、ヤヒロは疑った。

「紹介しよう。妖怪の餓鬼じゃ」

「ど、どうも」

 軽い挨拶をした餓鬼の後頭部に、ぬらりひょんの張り手が飛んだ。刹那、餓鬼の髪の毛が飛んで行く。

「ウィッグだったんだ…」

 その様子を見て、弥子が呟いた。

「オイラの一張羅が…」

 餓鬼は涙目でウィッグを拾った。ウィッグなのに一張羅というのは妙な発言だが、それだけ、このウィッグが餓鬼にとって大切なものなのだろう。

「二人は、わしにとって大切な友人じゃ。ふざけた態度は許さんぞ」

 ぬらりひょんの言葉を受けて、餓鬼はヤヒロたちに向き直ると、深々と頭を下げた。

「失礼しました。餓鬼の下衆助げすすけです」

 心なしか元気がない。それは、ぬらりひょんから怒られたからなのか、ウィッグが汚れてしまったからなのかは、分からない。

「初めまして、渋谷しぶたにヤヒロです」

姫氏原きしはら弥子です。よろしくね。というか、名前があるの?」

「え? 妖怪にも名前はあるスよ」

「だって、おじいちゃんは、ぬらりひょんって名乗ってたけど」

「おじ…!」

 下衆助が驚愕の表情をする。自らが大将と呼んでいる存在を、軽々しく、おじいちゃんと呼んでいるのだ、当然だろう。

「大将、名乗ってないんスか?」

「ぬらりひょんが、名前じゃないのか?」

 ヤヒロも驚く。それにしても、隠しているなんて、話したくない理由があるのだろうか。

「まあ、今は内緒ということに、しておいてはくれぬか」

 どうしても言いたくないらしい。

「えー、おしえ…ムグゥ」

 遠慮なく追及しようとした弥子の口を、ヤヒロが塞いだ。空気を呼んでくれという思いで一杯だった。気に入られたとはいえ、相手は大妖怪だ。機嫌を損ねたくはない。

「それにしても、下衆助さんって、凄い名前ですね」

 ヤヒロは話題を変えた。

「下衆助でいいスよ。まあ、人間からしたらそうスよね」

「餓鬼の中では違うの?」

 ヤヒロの手を引き剥がし、弥子が口を出してきた。

「ええ、餓鬼の世界では、人間でいう所の悪口が格好いいとされてるんスよ。オイラの友達には、阿呆太郎あほたろうとか屑子くずことかいるっスよ。どちらも格好良くて、可愛い名前っス」

 文化の違いだった。妖怪なのだから、人間社会と価値観が違うのは当然だ。

「下衆助って、私は呼び捨てにするの何か嫌だから、ゲスリンでいい?」

「ゲスリン…」

「おいおい、弥子、それはあんまり…」

「可愛いっスね!」

 ヤヒロの心配をよそに、下衆助の方は気に入ったようだ。

「それで、ゲスリンは、何でウィッグしてたの?」

 下衆助は沈み気味に話し始めた。

「餓鬼って、髪の毛が側頭部にしか生えないんスよ。人間見てたら、それが格好悪く感じちゃって、坊主にしたんスけど、この体なんで、イカツクなっちゃって」

 マッチョに坊主は確かにイカツイ。

「それで、ウィッグを付けるようにしたの?」

「そうっス。妖怪のツテ辿って、やっと手に入れたんスよ。でも、他の髪型とか、色とかのも欲しいんスよね~」

 下衆助の言葉を受けて、弥子がニンマリと笑う。

「今度、買ってきてあげようか?」

「マジっスか!」

 下衆助の表情が明るくなる。

「弥子姐さん、最高っス! ありがとうっス!」

 いつの間にか姐さんになっていた。それほどまでに、弥子の提案は、下衆助にとっては嬉しいものだったのだ。

 すっかり二人は仲良くなっていた。その二人の様子を横目に見て、距離感を直ぐに縮めてしまう、弥子らしいなと、ヤヒロは思った。実際にヤヒロも、そんな弥子に、過去、助けられたのだから、本当に感服する。

「すっかり仲良くなったようじゃの。いいことじゃ」

 ぬらりひょんが、嬉しそうにする。

 しかし元来、人間と妖怪は住む世界が違う。ここまで関わってよいのものなのだろうかと、ヤヒロは少々、危惧していた。

「実はな、わしも猫彌ねこみたんの配信を観て、ここに来たんじゃ」

「え? そうなの?」

 まさか、ぬらりひょんが自分たちと同じ理由で、ここにきているとは思わず、ヤヒロはつい訊き返してしまった。

 それにしても、ぬらりひょんが猫彌たんと言うと、非常に違和感がある。

「ヤヒロと一緒じゃ。配信画面に餓鬼が映って、猫彌たんを襲っておったから、いても立ってもいられなかったんじゃ」

 今の発言で、さっきは何も考えずに受け入れてしまっていたが、ヤヒロは一つ気になることが出てきた。

「そういえば、当たり前のように配信見てたって言ってるけど、ぬらりひょんさんって、パソコン持ってるの?」

 ヤヒロの質問に、ぬらりひょんと下衆助が不思議そうに顔を見合わせる。

「持っとるよ」

「オイラも持ってるっス」

 今度は、ヤヒロと弥子が顔を見合わせた。

 妖怪は、人間の文化やテクノロジーを当たり前に使っているというのだろうか。まさか、ここまで人間社会に溶け込んでいると、ヤヒロは思っていなかった。

「更にわしは、スマホ二台持ちじゃ」

 懐からスマホを出す。しかもそのスマホは、OSの違うもの二台だった。これは手慣れている。

「あ、ちなみに、このコメント欄の長頭じじいって、わしね」

 ぬらりひょんが、ヤヒロにスマホを見せながら、喜々として教えてきた。配信を観るだけでなく、コメントまでしていることに、ヤヒロは心底、驚愕した。

「オイラは、スマホは持ってないっス。色々とめんどくさいんで」

 下衆助の言葉に、妙な安堵感をヤヒロは感じた。とはいえ、下衆助もパソコンは持っているので、ヤヒロの思い描いていた妖怪とは程遠い。

「それにしても、大将が怒りの形相でオイラの所に来た時は、生きた心地がしなかったっスよ」

 下衆助が話の軌道修正をしてくれた。ヤヒロは申し訳ない気持ちと同時に、下衆助に心の中でお礼を言った。下衆助、できる男。

「なるほど、洞窟よりも先に、餓鬼自身を問い詰めに行ったわけか」

「配信画面、見せてもらったんスけど、見たことない奴だったんスよ」

「見分けつくんだ…」

 弥子が呟いた。

「まあ、弥子姐さんから見たら、みんな同じ顔に見えるスよね。そうスね、例えるなら、同じ犬種でも、飼い犬と他の犬だと見分けがつく感じですかね」

 言い得て妙である。自分たちを犬に例えるあたり、下衆助の慎ましさを感じる。

「失礼なこと言って、ごめんなさい」

 下衆助の提示した例えに居たたまれなかったのか、弥子が謝った。

「いいんスよ。オイラは人間社会に興味あるから、人間の見分けがつきますけど、オイラの仲間で人間社会に染まってない奴は、人間の見分けがつかないっスもん」

 下衆助は笑った。その笑い方に蔑みの色はなく、仕方ないという、同情の色が強かった。

「それで、二人して洞窟にきたわけだ」

 今度は、ヤヒロが会話の軌道修正をした。

「そうなんじゃよ。来てみれば、どいつもこいつも、わしらを襲ってくるではないか」

「ホントっスよ。オイラ、餓鬼なのに、同じ餓鬼に襲われるんスよ」

 下衆助が困り顔で、可笑しそうに笑う。

「会話すらできないし、おかしな奴らっスよ。まさにモンスターっス」

 下衆助が、ヤヒロたちの前に現れた時に言っていた、モンスターという言葉は、洞窟に来てからの仕打ちから、出てきた言葉だったのだ。

「襲ってくるのならば、倒さねばならぬ。そう相手にしていて、分かったことがあるんじゃ」

 ぬらりひょんが口角を上げる。何か、とっておきの話があるようだ。

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