洞穴発見

「何かある、何かある」

 方向を変えると、喜々として見つけたものの場所に駆け寄った。



 おうちタイム え?何?怖


 ちゃい 死体か?


 あにまる動物 大丈夫?BANされない?


 長頭じじい 何か見つけちゃう猫彌たんかわいい


 ぷー子 本当に映して大丈夫?


 もぐもぐおにぎり 放送事故にならないだろうな


 まそぷれ いや台本通りだろ


 ぼこでこ スタッフとめろ


 アイセン 自殺現場じゃないよね


 くもりのちアラレ おいおい大丈夫か



 コメント欄がざわつく。みんな一様に死体を発見したと思ったようだ。富士の樹海にいるのだ、そう連想しても仕方がない。

「わー、洞窟だー! 大きいねえ」

 コメント欄の心配は杞憂だった。猫彌ねこみの前に現れたのは、洞穴だった。その穴は大きく、夜よりも深い闇が、ぽっかりと口を開けていた。

「真っ暗で怖いな」

「ええ、本当に」

 先の見えない闇は、人間に潜在的な恐怖を与える。ヤヒロと弥子も例に洩れず、背中に冷たいものが走った。

「でもきっと、仕込みですよ。さすがに、ロケハンしてますって」

「まあ、それもそうだよな」

 決められていた流れならば、視聴者も安心して観ていられる。

「深い~、先が見えない~」

 猫彌は額に手をかざして、洞窟の遠くの方まで見ようとする。そして、一人で頷く。

「よし、入ってみよう!」

「えぇ!?」

 突然、女性の声が入った。今までの配信で、猫彌以外の人間の声が入ったことはなかったため、ヤヒロたちも、コメント欄も困惑の色に包まれる。

「ちょ、猫彌さん、危険ですよ」

「あぁ、ごめんごめん、驚いたよね。この声は私のマネちゃんだよ」

 猫彌は、マネージャーの制止には応えず、コメントに対して返答する。



 ねずみ丸 マネちゃんの声初めて聞いた


 もっさん え?やらせ?


 えっちゃん 洞窟は危ないよ


 長頭じじい 勇敢な猫彌たんもかわいい


 ハムハラミ 今見つけたわけじゃないだろ


 毛玉ケア はいはい芝居芝居


 おとーふ 入ってみようぜ


 ラクマート 危ないからやめたほうがいいんじゃ


 バナナジェラート マネちゃん止めて


 空色海 面白そう行こう



 コメント欄が再び騒がしくなる。ユーザーは、洞穴に入ることに対して、賛否両論なようだ。

「本当に、台本通りなのかな?」

「そうだと思うんですけど。だって、あくまでエンターテイメントですよ」

 言いながら、弥子やこは自信が持てなかった。このマネージャーの横槍が演技だとしたら、相当役者である。

 もし、この不安感を出したくて、台本を書いたのなら成功だ。流石としか言いようがない。

「大丈夫大丈夫。みんなもいるんだし、危ないと思ったら引き返すからさ」

 画面外で猫彌とマネージャーが話し合っている。その会話は三分も続いた。その間、コメント欄は、長いだの止めろだのという否定的な意見と、面白い企画だのいい演出だのという肯定的な意見が乱雑に流れていた。ある意味、地獄絵図だ。

「お話合い終了~、突入します!」

 ライトを持った猫彌が、画面内に飛び込んできた。バーチャル体が実物のライトを持っていることで、猫彌の手とライトの間に変な隙間があるが、そこはご愛敬だろう。

 猫彌が持っているライトを洞穴に向ける。高出力の懐中電灯なのか、洞窟内が昼間の様に明るく照らされる。しかし、深いのか、奥の方までは光が届かなかった。

「本当に深い洞窟だね~」

 光は猫彌のライトだけではなく、スタッフのライトも加わっており、数十メートル先まで見渡せた。この明るさなら危険はないだろう。

 カメラは猫彌を斜め後ろから映し、猫彌と進行方向の洞窟内が見える構図になった。

 同じ岩肌が続き、猫彌が感想を言ったり、雑談をしたりと、ライブ配信は順調に続いていった。

「洞窟だから、何か面白いものが撮れると思ったけど、代り映えしないね」

 猫彌の言う通り、新しい発見はないし、映像は単調だしで、ユーザーも飽きてきてた。

「そろそろ戻ろうか……ん?」

 踵を返した猫彌の動きが止まった。何か見つけたのだろうか。

 下に向けていたライトを、ゆっくりと上げてゆく。

「ひぃっ」

 正面を照らした時、引きつった悲鳴を上げた。

 その悲鳴を受けて、カメラが猫彌の見ている方向を映す。数人のスタッフがカメラに映らないように、咄嗟に顔を隠して避ける。スタッフの反応から、カメラマンが反射的に行動したことが伺えた。

スタッフがはけた所に、緑色の肌をした、小柄の人がいた。いや、人と呼ぶには疑問が残る。

骸骨のような顔、下あごから伸びた鋭い牙、異常に膨れた腹に骨ぼったい手足。その容姿は、人型であれど、人とは遠い存在であることが、一目でわかる。それは、化け物という言葉がピッタリだった。

「…ゴブリン?」

「ぐああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!!」

 スタッフであろう男性の声を切っ掛けとして、緑の化け物は、画面外のスタッフに飛び付いた。

「きゃあああああああ!!!!」

「うわあああああああ!!!!」

 男女の叫び声がいくつも重なり、洞窟内に響く。

「逃げろ! 早く!!」

「うわああ、こっちにもいる!」

 映像があちらこちらに飛び回る。化け物や人が、画面に映っては消えを繰り返していた。

「何だよあれ、何だよ!」

 右往左往していた映像は、上下に揺れる映像になり、男性の声が入る。カメラマンの声だろうか。現場から逃げることができたのだろうか。

「美那が! 美那がまだ取り残されてる!」

 猫彌の声だった。美那とは、スタッフだろう。マネージャーの可能性もある。

「うるせえ、暴れるな! 落としちまうだろうが!」

「でも! でも!」

 映像が乱れる。猫彌が洞窟に戻りたがっているのが伺える。

それを無理やり、誰かに抱きかかえられて運ばれているようだ。

「あんな得体の知れないもの、私たちじゃどうにもならないわよ。警察よ、警察に行くわよ!」

 賢明な判断だ。一時の感情で、勝てるかどうか分からない相手に立ち向かっても、意味がない。



 チューリップリン え?仕込みだよね?


 厚切りバウム やらせだろ、やらせ


 ひよこ大臣 特殊メイク上手くできてるな


 えりんぎりき ゴブリンに襲われるとかベタ


 長頭じじい ガキじゃな


 お魚ささ身 うまい演出


 ぽぽぽぽぽぽ 脚本いいじゃん


 もなかもなこ 迫真の演技


 こぶと虫 みんな演技うまいよね劇団の人?


 ぺんぺん草 面白かった!



 コメント欄は、今の出来事を演出だと思っている。ゴブリンなんて現実に居ないのだから、当然の反応だ。

 ライブ配信は、揺れる画面が続き、しばらくしてオフラインとなり、配信を終了した。

 コメント欄はお疲れ様で埋まり、企画は大成功に見えた。

「特殊メイクでゴブリン出しちゃうなんて、凄い演出でしたね…」

 弥子が呆けた顔をしている。それだけ、展開が早かった。

「餓鬼だ」

「え?」

「ゴブリンじゃない、餓鬼だ」

 ヤヒロが険しい顔で言った。

「緑色の肌をしていたし、ゴブリンじゃないんですか?」

「いや、全然違う。ゴブリンの特徴は長い鼻と耳。対して餓鬼は、両側頭部の髪の毛と下あごの牙が特徴だ。長年妖怪を研究していたから、間違いない」

「確かに、ゲームで出てくるゴブリンには牙がなかったかも…」

 弥子が虚空を見つめて思い出そうとする。しかし、詳細にモンスターの容姿なんて覚えているものではない。

 ヤヒロは壁にかけてある時計を見る。時刻は十九時半。三十分で配信が終了したことになる。

「配信終了が早すぎる。やっぱり、何かあったんじゃないか?」

「確かに、早いですね。ああいう特別な企画の時は、最低でも一時間はやりますからね」

 ヤヒロは首をひねり、考える仕草をする。

「樹海に向かう」

「え? は?」

 ヤヒロの突然の発言に、弥子が呆気にとられる。

「え? 何でそうなるんです?」

「何かあったってことは、実物の妖怪の可能性がある。見に行く価値ありだろ」

 冷静に言っているが、鼻息が荒い。それに言っていることが突拍子もない。

 弥子は、ヤヒロがここまで妖怪に心酔しているとは思わなかった。

「たまたま終了時間が早かっただけですよ。あんなの、企画に決まってるじゃないですか」

「いや、それに関しては、一つ気になることがあるんだ」

「何ですか?」

「スタッフが化け物を映した時に、ゴブリンって言葉を吐いただろ?」

「ええ。小さな声でしたけど、言ってましたね」

「もし、仕込みで用意したものなら、きちんと餓鬼と言うはずなんだ」

「台本を覚え間違えたとか?」

「ゴブリンと餓鬼を間違えるか? 文字数も発音も全く違うぜ?」

「まあ、そうなんですけど…」

「それに、仮に仕込まれているものだとしたら、間違えて餓鬼を用意するかよ?」

「発注時点で画像を間違えたとか?」

「まあ、有り得ない話ではないな。どちらも緑色だからな。見た目、大して違わないということで、撮影を決行した可能性はあるけどな」

 会話はきちんと着地した。

「だ・と・し・て・も・だ・! 本当だったら、是非、この目で確かめてみたい!」

 いや、着地していなかった。ヤヒロの興奮は冷めていなかったのだ。

「じゃあ、仮に実在したとしましょう。スタッフの人、襲われてましたよ? 見に行くのは危険じゃないですか?」

「確かに…」

 顎に手を添え、考え込む。しばらく後、手を打つ。何か閃いたらしい。

「護身のために、木刀を持って行こう」

「やっぱり行くんですね」

 弥子はため息を吐いた。ヤヒロは、思い立ったら行動、一度決めたことは、なかなか曲げない。そういう性格をしていることは、重々承知していたため、言い出した時点で、この結果になることは分かってはいた。

「弥子は付き合わなくてもいいよ。俺一人で行くから」

「そこは、一緒に行こうって言ってくださいよ。寂しいじゃないですか」

「一緒に来てくれるのか?」

「明日は休みですし、先輩だけじゃ心配なんで」

 そう言いながら、スマホをいじる。

「それに、富士の樹海まで、車で高速を使っても、大体二時間。話し相手が必要じゃないですか?」

「今から出発して、到着は二十一時半か。なかなかの時間だな」

「なら、行くなんて言わないでくださいよ」

「嫌だ」

 頑固だ。弥子はやれやれと首を振る。

「私、お酒飲んじゃったから、運転できませんからね」

「おう、ありがとう」

 こうして二人は、富士の樹海へと向かうことになった。

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