いざ洞穴へ
「それで先輩、
おにぎりを食べながら、
結局、配信に夢中になってしまった二人は、ろくに食事をとることができなかった。食べてないおかずを、わざわざ弁当箱やタッパーに詰めて持っていくとなると、時間がかかるので、それらはラップにかけて冷蔵庫に入れてきた。代わりに、コンビニで食事を買って、持ってきたのだ。
「餓鬼っていうのは、元々、餓鬼道に落ちた亡者のことを言ったんだ。それが伝承で変わっていって、飢えや行き倒れで死亡した人間の亡霊となり。後に、妖怪という話にもなっていったんだ」
ヤヒロは運転をしながら語る。
「妖怪が始まりじゃないんですね」
「まあ、そうだな」
弥子はおにぎりを頬張ると、お茶で流した。
「男みたいな食べ方だな」
「うるさいですよ。結局、食事できなかったから、お腹減ってるんです。食べ方なんて気にしていられません」
二個目のおにぎりを手に取り、袋を破る。
「それで、餓鬼って、どんな能力を持ってるんですか?」
「能力?」
「妖怪って、不思議な現象を起こす存在じゃないんですか?」
「ああ、まあ、うん。そういうのもいるな」
「歯切れが悪いですね」
「大概の悪い妖怪ってのは、人を食べるっていう伝承しかないんだよな。出会うと食べられるっている。それ以外だと、人を化かすってのが多いよな」
「人知を超えた能力を持っているわけじゃないんですね」
「まあでも、ファンタジーで出てくるモンスターだって、ほとんどが物理攻撃しかしてこないだろ」
「まあ、確かに」
二つ目も食べ終えると、三つ目のおにぎりの袋を開ける。
「先輩、あーん」
「お、サンキュー。俺も腹減ってたんだよ」
弥子は、運転中のヤヒロの口に、上手におにぎりを運び、食べさせる。
「まあ、餓鬼に関しては、能力とかはないけど、飢餓状態だから、人間を襲って食べるらしい」
「え?」
弥子の顔が青ざめる。
「じゃあ、襲われたスタッフは、食べられちゃったってことですか?」
「かもしれない」
妖怪には会いたいけど、被害は出て欲しくはない。それがヤヒロの理想だったが、もし本当に襲われたのだとしたら、難しいだろう。
「そんな危ない奴に会いに行くんですか?」
「直接接触するのは危険だからな。できれば遠くから観察したいよな」
それを聞いて、弥子は胸を撫で下ろした。危ない行動をする気はないらしい。
「本当に、遠くからですからね」
「当たり前だ。熊が好きで、出会った熊に抱き着きに行く馬鹿はいないだろ?」
先輩ならやりそうだと思ったが、胸の内にしまった。弥子としては、よく我慢した。
「どちらにしろ、慎重にいきましょう」
「もちろんだ」
腹を満たしたのか、弥子はスマホをいじりはじめた。靴を脱ぎ、足を縮めて座席の上に乗せている姿が、まるで、家のソファーに座っているようで可愛らしい。
「先輩、スマホ借りていいですか?」
「いいけど、何に使うんだ?」
「調べものに使います」
「自分のを使えばいいじゃないか」
「二台必要なんですよ」
弥子はダッシュボードに置かれていた、ヤヒロのスマホを手に取った。
「ロック解除番号教えてください」
「設定してないよ」
「不用心ですね。設定した方がいいですよ」
言いながら、画面をフリックしてロックを解除する。
両方のスマホを器用に、同時に操作して検索する。膝に二つ乗せて操作する様は、何とも滑稽だ。
「そういえば、目的地はどこにしてるんですか?」
「取り敢えず、ナビは青木ヶ原の駐車場に設定してる」
「う~ん…それでいいと思います」
「どういうことだ?」
「さっきの配信のアーカイブ映像と、ネット上の画像を見比べていましたけど、猫彌さんが歩いていたのは、散策コースっぽいですね」
「よく見つけたな」
「まあ、これくらいは」
弥子はスマホから目を離さず、操作を続けている。
「あ、ここかな」
そう呟くと、ナビを操作し始める。
「目的地に設定しました。その駐車場に停めてください」
「わかった」
「やっぱり、この道ですね」
弥子が自分のスマホと道を見比べる。
駐車場からしばらく歩いたところに、その道はあった。
「直ぐに見つかったのは、ラッキーだったな」
「まあ、機材沢山持ってきて撮影してるでしょうから、駐車場から大して離れていないとは、踏んでました」
弥子は結構頭が回る。その推察力に、ヤヒロは感心した。
「取り敢えず、進んでみましょう。あくまで慎重にですよ。出会ったら、全力で逃げますよ」
「ああ、分かった」
「洞窟から出てきてる可能性は、十分ありますからね。むしろ、元々、洞窟にいる生物なのかも怪しいですよ」
もっともな意見だった。たまたま出会った所が洞窟内であっただけで、元々、樹海内が生息地の可能性は、十分に有り得た。
ライトで前方を照らす。そこには不気味な闇が広がっている。
「妖怪も出るかもしれませんが、そもそも、ここ、熊も出るんで、気を付けてくださいよ」
改めて、勢いだけでとんでもない所に来てしまったと、ヤヒロは若干後悔した。しかし、言い出しっぺの自分が、今さら、後には引けない。
「そこまで歩いていなかったんで、直ぐ近くにあると思うんですが……あ!」
目の前に光を放つものがあった。
「あれは、懐中電灯か?」
弥子が駆け寄り、手に取る。
「ですね」
企画だったら、懐中電灯を点灯した状態で落としていくはずがない。
ヤヒロと弥子は顔を見合わせた。
「慌てて逃げた感じだよな」
「これは、妖怪が実在する可能性が高くなってきちゃいましたね」
そして、懐中電灯がここに落ちているということは、洞穴が近いことを意味している。
弥子はライトの光を巡らせた。
「先輩!」
「とうとう見つけたな」
光の先に、洞穴があった。
実際に見るそれは、配信で観た時よりも、不気味さが増し、おどろおどろしさを醸し出していた。
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