誰も立てぬ場所

照日葵

第1話

ずるり、ずるりと身体を引き摺る。

血にまみれた服は重く、握りしめる杖も震えていた。

家族と呼べるだろうそれらの残虐な死骸を目前にしても、彼は何とも思えなかった。それはそのように育てられたからだろうか。それとも、彼特有の感性なのだろうか。どちらにしろ、生かされたのには変わらない。そうなると、生きる術というものを酷使しなければ。

ちらりと杖を見つめる。ロットワンド家代々に伝わる宝玉の付いた杖。自分の身丈には長いが、しかしこれを与えられた時から自分にはこの杖が最も適したものだった。力の制御、発動、全てにおいてこの杖が媒体となって思うように動かせる。

最もこの媒体が無くても己の力では造作もないが。


さて、これからどうしよう。

こういう時、父親だったあの人はどうすると言っていたか。


(……そうそう、国王に報告だ。)


ロットワンド家は国宝と呼ばれる家系。場合によっては国王陛下よりも発言力があるとか。

そうと決まれば、とキルレインドナは転移魔法を操った。


キルレインドナ・ロットワンド。それが彼の名前だ。歳は今年で10となる。ロットワンド家は代々クロスクル大国に在する家系だ。魔法に特化しており、それにより隣国の侵略や国への貢献など様々な実績を持つ。歴史は古く、教わった家訓によれば800年は続いているという。


この国で言う魔法というものは、魔術と法術というものをかけ合わせたものを指す。魔術は攻撃的、法術は護身的と考えてくれればいい。

とある国ではそのような分け方、そして総合的な言い方をしないらしいが、中身は同じだ。様々な方向性に進化しているのだろう。

兎も角、何が言いたいかというと『キルレインドナ』という名は彼の本当の名前ではない。名前すらない。キルレインドナというのはロットワンド家に最も優秀な子供に与えられる『称号』なのだ。

彼の前は、彼の従兄に当たる人物がその『称号』を得ていた。が、彼が生まれついて有能な魔力と法力の持ち主だった為、即座にその名は彼に与えられたが。


ここまでくれば勘の良い人は分かるだろう。つまりはボイコット宜しく逆恨みだ。直系に当たるキルレインドナなのだから、名を授かるのは当然ではあったのだが、生まれた赤ん坊に名を取られた挙句に自分よりはるかに有能、そしてどんどんとその実力を開花させるキルレインドナに従兄は耐えられなかったのだろう。悪魔……というより、魔族だ……と契約し、自身の魂と身体を対価としての行動のようだった。

結果として、一族はキルレインドナを残して全員死んだ。




「以上になります」

「…………済まぬな、少々時間をくれまいか」

「どうぞ」


豪華な服装を血に染めた子供がロットワンド家の証である杖と腕章を見せれば大騒ぎになる。そこまで考慮できなかった。城中が騒がしくなり、直ぐに陛下へと謁見が可能となった。

キルレインドナは無表情のまま、淡々と、事の顛末を語る。

一族による魔族との契約。それによる惨殺。人を呪わば穴二つで従兄が輪廻の理よりはずれ転生する事も出来なくなり、自身は魔族の琴線に触れたのか生かされた。

旧知の仲の父との友情を育んでいた国王だ。事の顛末もそうだが、友人を亡くして傷心している部分もあるだろう。

だが彼は国王だ。他人にそのような姿を見せてはならぬ。


勿論、自分も。



「あい分かった。貴殿は先に身体の穢れを落とし、疲れを癒せ。追って今後の在り方を決めようぞ」

「分かりました。あと陛下」

「何だ?」

「こんな子供でも、今となってはロットワンド当主となりました。酷かもしれませんがきちんとお伝えさせて頂きます」


キルレインドナは翠の瞳を揺らがせることもなく、国王をしっかりと見つめて開口する。


「ロットワンド家は滅びました」

「――――」


国王は微かに目元を動かしたが、表情は微動だにしない。そこはさすがと言う処なのだろうか。それを黙認した後、キルレインドナは今度こそ丁寧にお辞儀をして謁見の間を離れた。




さて、これからどうしようか。

キルレインドナは用意された湯船に身を浸しつつ、考える。

遺産はある。生活するにはどうにでもなるだろう。けれどこの国の権利者としての威厳は継続できないだろう。何せ己はまだ10だ。幼い頃より貴族、権利者、魔法、作法、あらゆるものを学んできたがどう考えても軽んじてくる者は出てくる。そうなるとこの国自体が危うい。この国のバランスが可笑しくなりかねない。直接当主であった父に教わったが、ロットワンド家を良く思っていない貴族もある。やれ国王の威厳にかかわるやれ己の立場はもっと上のはずだ奴らがいなければ云々。

そう考えると、もしかしたら早く手を打たねば遺産も危ういかもしれない。報告ばかりに頭を囚われていたが、先に遺産や遺品をどうにかするのが良かったかもしれない。正直自分の実力なら冒険者ギルドなどに登録すれば困る事はないと思うが、生きていくためには金銭が必要だ。


(……生きる?)


ふと、そこまで考えて思いとどまる。


生きる。

生きるとは、一体どういうことなのだろうか。

食事をする事。学ぶこと。睡眠をとる事。排泄する事。他は?


(…………)


従兄に言われたことがある。

お前は人形だと。


(人形って?)


どういう事だろう。

両親はロットワンド家として必要な知識を与えてくれた。欲というのは生きるために必要な事。それでは『人形』なのだろうか?むしろ、『キルレインドナ』は人形なのだろうか?

メイドの一人でも生きていてくれれば何か答えてくれただろうか。

そこまで考えて、キルレインドナは首を横に振った。現状分からないのであれば徒労だ。本でも読み知識を得ればいい。それで充分だ。


それが、今のキルレインドナなのだから。



◇  ◇  ◇  ◇



結果として、翌日再び謁見の間に立ったキルレインドナは、国王勅命により王宮魔法師としての任命を受ける事となった。理由はそれぞれだ。キルレインドナがまだいるのだからロットワンド家をみすみす潰してなるものか。ロットワンド家に対立できるほどの人物がいない。また、キルレインドナは過去最高の魔法の力を持つ天才と言われているほどの実力の持ち主だ。国王陛下……というよりも、国が手放したくない、という処だ。

勿論国王もロットワンド家をよく思っていない貴族がいるのも分かり切っている。それでもキルレインドナがとどまった方がメリットが高いと判断したのだろう。キルレインドナの事なども考えもせずに。


「御意」


だがキルレインドナもまた、それ以外の生き方など知らない。ならばそれに従うのが自然だった。


「キルレインドナの側近としてエワンダ、そしてオリヴァー。お前たちを任命する」

「「はっ」」


国王は国民ですらその名を知る近衛隊随一の二人をキルレインドナに与えてくれた。それは吉と出るか、凶と出るかは今は分からない。

キルレインドナは近づいてくる二人を無表情のままに見つめる。目前にやってきた二人はキルレインドナの前へとしゃがむと、


「エワンダ、近衛騎士第三席です」

「同じくオリヴァー。魔法近衛兵第四席です」


そう言って頭を下げてきた。

金髪で体格が優れているほうがエワンダ。黒髪の長髪を一つにくくっているのがオリヴァー。とりあえずそれで覚えた。……こういう時は、どうすればいいんだっけ。今までは見上の者か下の者ばかりだった為、反応に困る。それに彼らは側近にという事だったが、こんな子供に対して不満不平はないのだろうか。そもそも信頼のおける人物なのだろうか。


「……宜しくお願いします」


今のキルレインドナがとれた態度は、この言葉ただ一つだった。




「キルレインドナ様、本日はいかようにお過ごしになりますか?」

「………いつもなら、座学の時間。それが終わったら魔法の実践。午後はずっとマナーの時間ですね」


エワンダに問われ、キルレインドナは普段何をやっていたのかを思い出しつつ伝えた。それを聞くと、エワンダもオリヴァーも微かに瞬きを多くする。


「…………ええと……」

「……他には、何かございますか?」

「他に……?何かがあるんですか?」


問いに問いで応えるのは失礼かもしれない。そう学んだ事がある。だがそうせざるを得なかった。それ以外にやることなど、自分は知らないのだから。


「………エワンダ」

「……」

「?」


二人が神妙な顔つきになり、それに首をかしげる。何か変な事を伝えたのだろうか。


「失礼。キルレインドナ様、王宮魔法師としての仕事が今後増える事となります」

「はい」

「ですので、普段送られていた生活はいささか難しいものになるかと存じます」

「納得しました。それでは、私は王宮魔法師としてどのような仕事を行えば宜しいのでしょうか?」


エワンダの説明を聞いて承知した。それもそうだ。今までは一人前になるための教育を受けてきた。しかし今は仕事に就く立場だ。恐らく彼らはキルレインドナの普段の生活を確認し、それが王宮で通じるかどうか(・・・・・・・・・・)を確認したのだろう。それがどうだったかはキルレインドナには判断しかねるが、仕事の話に持っていかれたという事は及第点だったのだろうか。


「私の方から王宮魔法師としての職務をお持ちしましょう。最初は初歩的な処から、それが可能ならどんどんと責務ある内容へと勧めさせて頂きます。途中教育が必要と判断しましたらその際相談し、教育を兼ねながら職務を全うして頂く。如何でしょうか?」

「疑問ありません。オリヴァーさんの仰る通りでお願いします」


流れるまま、なすが儘。

その言葉通り、キルレインドナの王宮での生活が始まった。

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