第13話


次にキルレインドナが目を覚ました時、城内は静まり返っていた。

否、違う。自分のいる場所が静まり返っていた。

両手には枷が付いており、魔法術がかかっているのが分かる。身体中が痛い。恐らく気絶する前にはじかれたせいだろう。

辺りを見回せば太陽光が当たりより眩しさを増す白い部屋だ。出入り口は一つ。初めて見る場所だが、想像はできる場所だ。寝かされていたベッドから降り、窓から外を見てみる。

想像通り、塔の一番上に居た。この場所は高位の魔法使いを閉じ込める塔だ。


「…………」


何が起こったのか、まだ分からなかった。分かる事は、エワンダも、ノアも、そしてオルタンスも既にこの世にはいないだろうことだった。

虚無感がキルレインドナに襲い掛かる。何故こうなったのだろうか。あの魔法使いは誰だったのだろうか。そして陛下は、クロスクル一族は無事なのだろうか。

ぼんやりと外を眺める。外は慌ただしく人が駆け回っているのが見えた。

ふと、そこまで来て何となくだが直感が働いた。


ああ、自分の、自作自演と思われているのだろう、と。


そんな事、出来るはずもないのに。

そんな時ドアがふいに開いた。


「レイン……っ」

「……ソフィア姉様……」


入ってきたのは、ソフィア王女だった。泣きながら入り込み、キルレインドナの身体を抱きしめる。


「レイン、ああ、レイン、良かった、無事だったのですね」

「…………姉さま。何が、起こっているのですか?」


声が落ちている。自分でも理解しながら、キルレインドナはソフィア王女に問いかける。先ずは状況確認をしなければ、何もできないし頭も働かない。



「…………陛下と王妃が、崩御なさりました」

「!?」


それを聞いて目を見開く。ということは、あの部屋に居た人物は全員隠れたという事だ。

自分以外。つまり、さきほどの直感が正しいのだと。

瞬間、決意が生じた。


「……姉さま、今は王国全土が混乱しているでしょう。僕が犯人ではないかという意見。僕を保護する意見。そして姉さまはその責を任されている。そして僕はそれに応える」

「…………流石ですね、レイン。その通りです。あの部屋での生き残りはレイン、貴方だけでした。しかし部屋の外に居た私や近衛兵は貴方の声を聴いています。その為、貴方にはこのような処置をさせて頂きました」

「……分かっています…………姉さま」


言いながらキルレインドナはそっとソフィア王女……否、今では女王だ。彼女から離れた。


「……僕が此処にいては、国民が混乱します」

「!?」

「姉さま。ありがとう」


それだけ言うと、キルレインドナは魔法力を全力で出した。それに耐えられなかった両手の枷は外れ、キルレインドナの手元にロットワンド家の杖が現れる。更に窓が割れ、ガラスはすべて強風に飛ばされた。


「レイン……っ!」

「さよなら、姉さま。すべて僕の責にしてください……ずっとみんなと一緒に居たかった」


それだけ言うと、キルレインドナは転移魔法を使い国外へと移動した。



転移し、自分の足で移動し、そしてまた転移魔法を使う。そうして何処かもわからない山奥に付いたときには、周りは既に暗くなっていた。

恐らく、みんなが死んだのも、襲われたのも、囚われていたのも同日だったのだろう。キルレインドナが少し歩むと、開けた場所に出る。恐らく野営によく使われている拠点の一つだろう。今は誰一人もいない。そこにふらふらと身体をよろめかせ、中心部に付いたところでガクリと膝を追った。



襲ってくるのは、絶望感。



オリヴァーが死んだ。

エワンダが死んだ。

ノアが死んだ。

オルタンスが死んだ。

ルーカス陛下が死んだ。

エリザベート王妃が死んだ。


自分の力が及ばないばかりに、ソフィアに負担をかけさせた。


否、自分がいたから、負担をかけさせた。


逃亡以外に、何をすればいいのか分からなかった。とにかく現実をみたくなかった。


「……………」



だが、現実だ。

全て現実だ。

自分の親しい人が死んだのも。ソフィアが今後女王として多忙の日々を送るだろうことも。せめて何か、遺品などがあれば実感がわいたかもしれない。


そこまで考えて、自分の空間魔法でオルタンスの魔法具を回収していた事を思い出す。それを発動させ、一つを取り出す。それは水晶で出来ているもので、魔法付与が三つ。麻痺消し、毒消し、回復。どれも効果が弱いものだ。



『僕の方が役に立つじゃん』

『貴方様に勝る者はこの国ではいませんよ』


ふと、会話が頭によぎった。


『坊ちゃん、今度の休みにちょっとオルタンスの処に行きませんか?』

『いいの?』

『もちろんです!』


『レイン様。あれほど報告連絡相談はその度にと申し上げているでしょう』

『だって解決出来ちゃったんだもん』

『それはそれでございます!!』


『レイン、貴方はもう私たちの家族です。自信を持って良いのですよ』



『レイン。もしお前の身近な人間が死んだら、どう思う?』



もう二度と、表情も見れない。会話もできない。そして記憶は薄れて行くのだろう。自分の、生家の時のように。



「……ぁ、あ…………っ!!」


瞬間、キルレインドナはダンっと地面を力強く叩きつける。

この絶望感。この虚無感。この、胸の辛さと痛み。


「エワンダ、オリヴァー、オルタンス、エリザベート様、ルーカス様…………!!」


どうして自分だけ生き残った。

どうして皆を護れなかった。


「僕は……最強の魔法使いなんかじゃない……!!」


何を驕っていたのだろう。何が国内最強だ。何がロットワンドだ。

何がキルレインドナだ。


「僕は、無力だ……!!」


大切な人を護れなくて、何が最強か。何が『キルレインドナ』か。何が『ロットワンド』か。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」


こんな事なら、こんな感情はいらなかった。

こんな事なら、あの時家内の後を追えばよかった。

何もかもが遅すぎる。


「…………かの者に祝福を。ヴェネフィチュム」


せめて、せめて、せめて。

ソフィアだけは。


杖を構え、残っている魔法力を使ってソフィアに向けて放つ。光が縦に伸び、そのまま光りはソフィアの元へ向かったのだろう、自分から見て右斜め向かいへと空を駆けた。





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誰も立てぬ場所 照日葵 @piyotill

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