第2話
「あくまで魔法師としての意見ですが、クレイムド国の輸出入に関しては宝石の事を考慮するとこのままでは両国ともに不満が残ってしまいます。こちらは軍事力があるが作物、宝石細工に関しては向こうの方が上手。こちらから防衛のための軍をもう五百程だけでも動かせば相手も動きがあるかもしれません。それをレパンニ国に流せば利益は得られる可能性があります」
「成程、互いの掲げている『輸入物』をさらにというわけですね……ですがクレイムド国とレパンニ国はすでに貿易を行っていますが」
「レパンニ国へ渡るにはこのクロスクル国を通さないと渡れない事、さらに魔術に特化しているところからこの国で魔術具を作ってしまえばいいかと。私以外にも優秀な魔術師、法術師がこの国は軍人としても在籍しています。また、レパンニ国はこのアラン大陸の中でも小さな国です。出回る情報は多くとも、発達させる能力に長けているかはいささか考えものかと」
「畏まりました。貴重な情報を有難うございます」
「いえ。では私は次の職務場になる予定の魔法師部隊の訓練場へ向かいます。御前を失礼します」
目前で繰り出される情報量に、護衛に任命されたエワンダは目を白黒させる。コイツ本当に十歳なのだろうか?と思わせる発想だ。オリヴァーに関しては黙々とその情報を頭に入れている。
「お待たせしました。訓練場へ向かいましょう」
「お、おお……あ、いや、えっと……キルレインドナ様」
「何でしょうか?」
とことこと小さな足取りで近づいてきたキルレインドナに、エワンダは戸惑いながら名前を呼んだ。
「宜しければ、少し休まれてはいかがでしょうか」
「何故?」
「な、ぜって……」
「恐れながらキルレインドナ様。そろそろ昼食の時間でございます。エワンダはその旨をお伝えしたく休息を、と」
本気で分かっていないのだろう。動かない表情筋をそのままに小さく首をかしげるキルレインドナに、オリヴァーがフォローを入れる。それに成程と頷き、分かりました、とキルレインドナは応える。
「では言葉通りに。そういえばお二人もまだでしたよね。私は勝手に食しますから、お二人も休憩に入ってください」
「いやいやいやいや、キルレインドナ様をおひとりには」
「お気遣いなく。今までも一人で食事の用意から行っていましたから」
「失礼します。キルレインドナ様、ここは王宮です。しかるべき立場の人間は、しかるべき待遇を受けて頂く必要がございます」
「そうなのですか?」
「はい。それを行わずにいれば、甘く見られるでしょう。隙を見せない為にも、ご了承いただきたく」
エワンダとオリヴァーの言葉は、あまりキルレインドナに響かないらしい。二人が戸惑い焦りながら説明すれば、何度目かの頷きを彼は見せた。
「分かりました。それでは、お願いします」
「「御意」」
何とか納得してもらえて、二人は胸を撫でおろした。
「……なーオリヴァー」
「何だ脳筋」
事が全て決められて、あれよこれよと言う間に職務に就いた十歳の子供の姿を見守った二人は食事も共にしていた。急に与えられた勅命に驚きはしたが、何故自分たちが国王と等しい一族の生き残りの子供の面倒を見るハメになったのか、疑問だった。
因みに今は夕食時だ。キルレインドナの食事と就寝を見守ってから、二人も信頼のおける部下に頼み食事へとこじつけたのだ。
「キルレインドナ様ってよ、なんつーか……こー……」
「子供っぽくない、だろ?」
「それもあるんだが……」
食堂の雑音に紛れているため、二人の発言は遠くに響かない。寧ろ気にする人間がそこにはいない。だが何があるか分からないのも食堂だ。二人は周りを意識しつつ、小さく言葉を交わしていた。
「……そうだ、生きているって感じ、しなくねぇか?」
「…………は?」
「ああ違う、生存しているっていう意味じゃなくてだな」
それだけ言うとオリヴァーは ああ と一言呟いた。
「ロットワンド家がどういうものか、お前知らないのか」
「何かあるってのか?」
「ロットワンド家は魔法師の中でも最強なのは知っているだろう?」
「そりゃ陛下と同等の発言力を持っているっていう事ぐらいはな」
「だからだ」
オリヴァーはくい、と水を飲むと、一息ついてから再び語る。
「陛下と同等の発言力があるということは権力もあるという事だ」
「そうだな」
「しかしあくまで国のトップは国王陛下だ」
「…………」
「つまりは陛下には逆らえないようにしなければならない」
「…………というと?」
「まあ、簡単に言えば傀儡だな」
「は?」
オリヴァーの言葉にエワンダは思わず言葉を発する。
「傀儡って……あんな子供をか?」
「それに関しては同感だな。だからキルレインドナ様は遊びとかそういうのどころか、そういう感情すら持っていないんじゃないか?そういう環境で育ってきている筈だ」
それを耳にして、エワンダはぐっと握っているフォークをさらに強く握りしめた。
「…………んだそれ……代々の『キルレインドナ』は全員そうなのか?」
「そのはずだ。……まあ、中には人間らしい人物もいたらしいがな」
「……それが、キルレインドナ様の従兄の?」
「ああ、ユーリ様だ。ユーリ様のお名前だって、キルレインドナ様がお生まれになって初めて与えられたからな」
「……狂ってんな」
「せめて歪、と」
「同じことだろ」
周りが賑やかとはいえ、いつ何時誰が聞いているかは分からない。二人は声のトーンを落として言葉を交わし続ける。
「まあ…………本当に、歪だな」
「だなぁ……ユーリ様がキルレインドナ様に嫉妬して魔族を召喚して一家全滅、キルレインドナ様だけが魔族に気に入られて生き延びる。……10の子供だぞ……」
「…………同情はいらないだろう。あの方に今必要なのは、安息できる場所だろうからな」
それが仕事や鍛錬に繋がるかどうかは分からない。けれど彼は淡々と作業を続ける。それが見ていて恐ろしくもあり……寂しくもあった。
「……どうにかできねぇかねぇ」
「……休日を利用してみればどうだ?」
「それだ」
オリヴァーのトントンと出てくる提案に、エワンダはにっかりと人が良い笑顔を見せる。
「どうせなら三人で行こうぜ。いいだろ?」
「……本当に貴様は……まあ、行くが」
「よし決定。次の休みはキルレインドナ様を連れて街に降りようぜ」
「外出届が必要だな」
「………オリヴァー、つかぬ事聞くがキルレインドナ様は出られるのか?」
「…………国内視察とでもいえば大丈夫だろ?」
「それ採用」
こうして、二人の護衛は水の入ったグラスを酒の代わりと言わんばかりにカチリと重ねた。
「…………街に、出る?」
早速次の休息日に出かけてみないかと提案してみた。それを聞いてキルレインドナは困惑する。ここ二か月ほどで護衛の二人は無表情がデフォルトのキルレインドナの表情は何とか読み取れるようになっていた。
「そうです」
「街を知ることによって、何か仕事に関して収穫があるやもしれません」
エワンダとオリヴァーは反応あり、と判断し、どうだろうかと畳みかけてくる。その反応にさらに困惑する様子のキルレインドナ。この様子からすると、躊躇う何かがあるようだ。
「……そ、うですね…………ですが、私は街というものを見たことがありません。外には出るなとロットワンド家の決まりが」
「坊ちゃん、失礼だがそのロットワンド家は貴方が最後の人間だ。貴方を咎める人間はもうすでにこの世にはいない」
少し厳しめだったかとも思うが、エワンダははっきりと伝えた。それを聞いて今度こそキルレインドナは目を見開いた。
「…………坊ちゃん?」
そっちの方だったか。
思わずこっそり頭を抱えるオリヴァー。しかしそれを気にせず、至極真面目にエワンダは頷いた。
「俺は今後公式の場以外ではキルレインドナ様ではなく、坊ちゃんと呼ばせていただきますぜ」
「エワンダ、お前…………」
しかしキルレインドナはそのままマジマジとエワンダを見つめ続ける。どうやら興味を示したようだった。その様子にオリヴァーはおや、と反応する。
「……初めて呼ばれました……今まで呼び捨てか、相続者、様付けでしか呼ばれたことがなかったので……」
相変わらず表情は変わらないが、明らかに戸惑っているのは見て取れた。それにエワンダは満面な笑みを、オリヴァーは微笑をうかべた。
成程、知らないだけで年相応の少年だったのだ。キルレインドナという少年は、全ての感情を押さえつけられて育ってきた。大きな事だが、それだけだったのだ。
エワンダとオリヴァーの意見は一致している。出来れば年相応に自分の事を考えて、感情に身を任せる。そういう一面を開花させることだ。それは自発的に自然と様々な可能性を生み出す。つまりは今よりさらに思考が増える(・・・・・・・・・・・・)という事だ。
「あっはっは!気に入ってもらえたなら幸いだ!坊ちゃん、次の休みは城下町な!」
「え、あ……でも『僕』、お金とか……」
「それは私が僭越ながら管理させて頂いております。ご用意いたしましょう」
「え、そうだったんですか?ありがとうございます」
こうして、初めて表情を瞳に灯したキルレインドナの『お出かけ』は決まった。因みにこの日の二人は次の日の事も考えず祝杯をあげ朝方に料理長に止められるまで呑み更けた。
三か月後、休日を全員で取った。許可証も発行するために時間がかかったのだ。キルレインドナたちは途中まで馬車で、その後歩きで街中へと進む。服装は城の中に居たような豪華なものではなく、貴族程度の服装だ。エワンダとオリヴァーも鎧を外し、いつもよりラフな背格好をしている。
「…………」
馬車を下りた瞬間、その人の多さにキルレインドナは目を瞬かせ、初めての城下町にあたりを見回す。
「どうですか、レイン様」
オリヴァーがキルレインドナに微笑みかけながら問いかける。レイン、という名はキルレインドナの愛称、偽名だ。キルレインドナという名も、ロットワンドという名も、このアラン大陸では響き渡るほどの力を持っている。そのために馬車の中で発案したものだった。
「……すごい、です」
敬敏なキルレインドナでも、キラキラと太陽と街並みに反射させて瞳を輝かせている。無意識だろう、足をふらりと動かした。が、途中で思いとどまったのだろう、動きを止めて直ぐにエワンダとオリヴァーの間、一歩後ろへと下がる。
「お?」
「どうしましたか?」
「…………はぐれたら……危ないのですよね?」
しどろもどろになりながらキルレインドナは幼い頃に叩き込まれた知識を活かしてきた。確かにそれは正しい判断だ。だがそうやって欲を抑えられてきたのかとエワンダは腹の虫の居所を悪くし、オリヴァーもまた微苦笑を浮かべる。普通の子供なら、はしゃいで注意も聞かず街中を散策したがるだろうに。
「ええ、その通りです」
「坊ちゃんは本当に賢いな」
言いながらエワンダはキルレインドナの頭をぐりぐりとなでた。それをされたのは初めてではない。城の中でこっそりやってもらった事がある。それがキルレインドナは好きだった。初めてやられたときは何だと驚き目を見開き、何度も頭を自身の手で撫でなおしたぐらいだ。
それをされて嬉しくないはずはなく、キルレインドナは頬を少し染めてエワンダとオリヴァーを見上げる。その瞳には優しさと嬉しさ、暖かさが含まれている。
ここ最近はキルレインドナは表情を動かさないにしても、瞳で語ってきてくれるようになった。それを理解できるのはいまだにエワンダ達だけだが、しかし確実なもの。そのことに二人も喜び、理解した日には二人で祝杯を挙げたほどだ。
その様子を見て微笑み返し、さあと二人はキルレインドナの背中をそっと押した。
「好きなところを見ていいんですからね」
「興味あるところもな!」
「はい!」
その日生まれて初めて、キルレインドナは大きな声を発した。
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