第8話



「坊ちゃん、本当に良かったんですか?」

「何が?」


王宮へ戻る最中に、エワンダから問いかけがありどのことについての質問かと首を傾げた。


「アルバートとリリーの処罰ですよ」

「ああ、あれね。今後昇格の未来が見えなくなったんだ、それでいいでしょ」


あの後、キルレインドナの勅命によりアルバートはその場で近衛魔法部隊から法術部隊へと降格したのだ。リリーも五番席より外した。今はこの動きで精いっぱいという事もある。事をこれ以上大きくしたくないのがキルレインドナの考えだったのだ。それならば陛下と同じような行動をとれば確実であっただろう。だがしかし、キルレインドナにそれは行えない。自分を慕ってくれた人間の結末が命を絶たせるなど、キルレインドナにはいらぬものだった。


「危険だと思います」

「首を貰って嬉しいわけでも安堵するわけでもないよ。敵は他に居るんだから。利用価値はあるでしょ?それからでも遅くはない」


ニヤリと嗤うキルレインドナに、成程そういう事でもあったかとエワンダとオリヴァーは納得した。


「問題は部隊長の方と、オルタンスと、他の貴族だ」

「あの三家と親しい家柄から当たります」

「表向きは、って事もあるから気を付けてね」

「はい」


エワンダが応えるが、その点においてキルレインドナはあまり心配していない。エワンダは大雑把に見えて資料管理などは事細かにしてくれている。今回は魔法部隊の部類だった為『穴』に見抜けなかったが。

しかしそれはオリヴァーが不能というわけではない。オリヴァーはいわば魔法部隊……つまりは、魔法、魔術、法術部隊のトップという事でもある。資料がエワンダより多くなるのは当然だった。一つずつ確認するには、時間を要する。


「ノア」

「はっ」


そこまで来て、キルレインドナは共に馬車に上席しているノアに声をかけた。


「オリヴァーが信頼しているお前に僕の同伴を求めるよ」

「「えっ!?」」

「坊ちゃん!?」


三者三様、驚き方は違うが声が上がる。まさかそれはオリヴァーよりも……という考えが浮かぶ。それに思わず微笑をうかべると、悪い方向へ捕らえないで、と付け加えた。


「オルタンスの事だよ。これで情報は揃った。三人とも、事に当たる前にオルタンスの処に同伴してもらおうと思ってね」

「あ、そういう……」

「吃驚したぜ、坊ちゃん……」


ノアは肩から力を抜き、エワンダは参ったと項垂れる。オリヴァーは微かに震えており、深呼吸を繰り返していた。その様子に今度こそ笑い、


「僕がオリヴァーを外すはずないでしょ」

「…………心臓に悪いです」

「ごめんって」


くすくすと笑いながらオリヴァーをなだめる。その様子を見て、ノアは一つ瞬きをした。


「…………あの、キルレインドナ様……」

「何だい?」

「無礼を承知で申すことをお許しください。……普段、こんな感じなのですか?そしてそれが事実ならば、それを私に見せて宜しいのでしょうか?」


そういえばノアと出会ったのは今朝だ。オリヴァーが信頼しているライバルだというから、普通に素が出ていた。正直、忘れていた。


「うん、そうだよ」

「……随分、柔らかくなられたようにうかがえます」

「あ~、もしかして『ロットワンド』の僕を見てる?」

「先ほどもですね」

「確かに」


軽く応えて、軽く応えられて。それの居心地の良さに、キルレインドナの中でノアの評価が上がった。


「そうだね、今の僕は『ロットワンド』の『キルレインドナ』じゃないよ。ただの『キルレインドナ』だ。そこだけは分かってほしい」

「…………嬉しく存じます。昔は良くオリヴァーと邂逅していましたが、キルレインドナ様のお話をお伺いしていましたので」

「ノア!」

「どんな?」


窘める声が上がるが、キルレインドナはノアの話しに興味津々だ。オリヴァーを抑え、先を促すように問いかける。

そこまで来ると、ノアの表情も硬さが緩んできた。


「『レイン様が懐いてくれない』『レイン様がどういう風にすればご自分を認めてくれるか』『レイン様の表情を漸く察する事が出来るようになった』」

「ノア、止めてくれ!」


指を折りつつ一つずつ話すノアに、珍しくオリヴァーが悲鳴を上げた。その反応にキルレインドナとエワンダは今度こそ笑い声をあげる。


「お前、それほとんど俺と呑んでいた時の内容と同じじゃねぇか!」

「煩いですよこの脳筋。貴方だって私以外の人間と呑む時は同じことを繰り返していたくせに!」

「なんでお前が知っているんだよ!?」

「やっぱりですか!貴方の言動なんて安直なんですよ!」


一瞬にして賑やかになった馬車内で、キルレインドナはひたすら笑い声を上げ続けた。その笑い声が心地よいと、三人は胸元を暖かくさせるのだった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇


辺りは窓もない、暗く狭い部屋だった。

そこは石畳で出来ており、置かれているのは机といすが二脚のみ。

各々席に座り、オルタンスとキルレインドナは対面する。キルレインドナの後ろにはエワンダ、オリヴァー、そして机の横にノアが後ろに手を組み佇んでいる。


「……それで、僕に言いたい事は?」


静かに、ゆっくりと、キルレインドナの方から声をかける。オルタンスは始終うつむいたままで、表情を伺う事は出来なかった。


「……何も……何も、ございません」

「話せ」

「本当に、何もないのです。貴方様さえ生きて居て下されば……」

「暗殺の事も聞いた。法術部隊にも確認した。既に事は進んでいる。お前は何がしたかった?そして、このアンクレットはどのような意味がある」


言いながらキルレインドナはいまだ右腕についているアンクレットをそのまま机の上へと出す。しかしオルタンスは顔を上げず、何も言わない。


「……オルタンス」


窘めるようにもう一度声をかける。すると、オルタンスはそっと両手を机の上へと伸ばし、キルレインドナの右腕へ添える。その動きにエワンダが身構え、オリヴァーが杖を握りしめた。


「…………『かの者に架した生死の禁呪よ、主の名のもとに解呪せよ』」


パキン、とアンクレットが壊れた。しかしその呪文に、キルレインドナは目を見開いたままだ。今の呪文は。


「…………何としても僕を生かそうとしたのか」

「……」

「何を……馬鹿な……オルタンス。今の禁呪は罪に問われるよ」


オルタンスが解呪したのは、生死の奴隷誓約だ。主が死のうと、誰が死のうと、後を追う事を禁じるもの。そして逆に襲われて生死をさ迷いかけようという時も自動回復を働かせ、キルレインドナの意志にかかわらず危機が訪れた場合、無理やり体術や魔法を発動させるものだ。人の威厳、そして自然の理にかかわるという事で禁呪とされた奴隷誓約だった。


「承知の上です」

「……貴族の亀裂。僕の暗殺。法術部隊の動き。アルバートとリリー。税への横着。疫病に対する対応。他に何がある?」


一つ一つ調べ上げたそれを述べると、ふぅ……とオルタンスが一つ深呼吸をした。


「…………それらがあったからこそです。私が行ったのは、アルバートとリリーへの錯覚魔法。そして、レイン様と共に国外逃亡を図った事です」

「ノア、魔法の解除を。リリーは不明だがアルバートはまだかかっている」

「畏まりました」


キルレインドナが声をかければ、ノアは一礼すると退室していった。足早に響く音を耳にしながら、キルレインドナは改めてオルタンスを見つめた。矢張り『重かった』のだろうか、顔は徐々に上がってきている。


「僕が君の魔法に気付かないなんてね」

「魔法具を使いましたので」

「成程ね、本当、僕はまだまだ勉強不足だ。オルタンスに色々教えて貰わなきゃ」


今度はキルレインドナが自嘲する。しかしその言葉に、キルレインドナ以外の三人が反応した。


「坊ちゃん?」

「レイン様、何を……」


エワンダとオリヴァーは動揺し口に出す。オルタンスは顔を上げて何を言っているのだと表情に出していた。各々の反応に言った通りさとキルレインドナは続ける。


「僕は首が欲しいわけじゃない。少しでも多くの味方が必要なだけだ」

「キルレインドナ様!!」


今度はさすがに聞き捨てならなかったのだろう。オルタンスが立ち上がった勢いで椅子が倒れ声が上がった。


「何をお考えなのですか!!」

「そうです、ご自身に無法を働いた人間を傍に置くだなんて!」

「坊ちゃん、流石に俺たちも見過ごせないぞ」

「だからだよ」


キルレインドナは静かに、三人を見回した。オルタンス、エワンダ、オリヴァー。一人一人、ひたりと視線を合わせて落ち着くのを待つ。


「……オルタンス。話すのが遅くなったね。僕はルーカス陛下、エリザベート王妃の養子となる予定だよ。ソフィア王女と契りを交わすつもりだ」

「!!」


その言葉に、オルタンスは脱力した。


「…………」

「……恐らくソフィアが女王となり、僕が次の権力者となるだろうね。けれど、僕はクロスクル王家と、そしてエワンダとオリヴァー、この国の民と共に在ると決めた」

「…………そんな……それでは、私は……」

「うん、こう言っちゃなんだけれど、ただの空回りだった訳だ」


今度こそ、オルタンスはガクリと膝をついた。ぶるぶると全身が震えあがり、いつぞやのように涙を流し続ける。


「私は……私は、ただ……!」

「うん。でもね、これを僕の中で肯定させてくれたのは、君のお陰なんだよ。オルタンス」


キルレインドナの方も立ち上がり、ゆっくりとオルタンスの元へと歩み寄り、そっと肩に触れる。


「今回の件で、僕は本当の僕になれたと思う。家族という暖かさを学べた。そして、エワンダ、オリヴァーの僕に対する愛情も。オルタンス、君が僕に向けていた愛情も」


その方向性は何とも言えないけれどね、と続ける。


「恐らく婚約発表すれば王家側の貴族が動くだろう。そのためにも、情報収集は必須だ」

「…………私を、側近にというのは、本気だったのですか」

「僕が嘘を吐けた試しがある?」


小さな問いかけに応えれば、オルタンスは収まってきていた震えを一度強くする。


「…………ありませぬな」

「でしょう?」


笑顔を出し、だから、と次にエワンダとオリヴァーを見る。


「僕は、こういう判断をするよ。誰の命もいらない。それがなくなるのは……悲しい。辛い。苦しいよ」


以前陛下から問われた言葉を思い出す。まだ王宮に来たばかりの頃だ。陛下やエワンダ、オリヴァーが死んだらどう思うか。今ならはっきりと言える。辛いと。


「…………」

「……陛下がどんな顔をなさるか……」

「まずは怒られるだろうねぇ」

「当然です」


エワンダとオリヴァーが折れた。溜息を吐き、頭をかいたり抱えたり、だ。

その様子にごめんね、と一言添えて、キルレインドナは改めてオルタンスを見つめた。オルタンスは瞳を潤ませているが、先ほどのように涙をこぼすことはない。


「オルタンス、改めて問うよ。僕に付いてきてくれるかい?」


その言葉に、オルタンスは目元をぬぐい、そして少し移動し、片膝をついた。胸元に手を添え、再会した時のように頭を垂れる。


「心身ともに」

「これからは何かあったら僕に真っ先に言ってね?」

「勿論でございます。このオルタンス、この命果てるまで、レイン様と共に在りましょう」

「……ありがとう」


今度こそ、キルレインドナは満面の笑顔を出した。

それが早急に崩れることになるとは思わずに。



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