第7話

◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「陛下!!」

「レイン!!」


王族専用の執務室に入り、キルレインドナは室内に王族が集結しているのを確認し、すぐに陛下の元へと近づき、膝をついた。


「この度は私の軽率な行動で騒動を起こしてしまい、大変申し訳ございません」

「良い、お前が無事ならそれで私は自分を律せよう。何があった?」

「……信頼していた情報屋に、絡め捕られました」

「その者は?」

「こちらのアンクレットの解除がその者にしか行えないため、捉えております」

「……魔法具か」

「左様でございます」

「キルレインドナ」


今度は横から声が上がる。そこにいたのは、本来であれば就寝についていなければならぬエリザベート王妃だ。何度かお会いしたことがあるが、このような状況下に曝け出してしまい申し訳ない気持ちが膨れ上がる。


「はい」

「…………怪我はありませぬか?」

「幸いにして。眠らされた後遺症等も見当たりませぬ。ご心労をおかけし、申し訳ございません」

「良い、良い。私も王も、そなたを本当の子のように思っている。それだけは忘れないでおくれ」

「有難き言葉、痛み入ります」


正直な話、王妃と王女とは陛下とは違いこの四年間でも数える程度しか邂逅していない。王妃は体調面も考えてのことだ。それでも、その中で確かに信頼関係が生じていた。陛下とはまた違い、王妃は会うたびにキルレインドナの頬を撫で、本人の言うように我が子のように慕ってくれた。それがむずがゆくもあり、歯がゆくもあり、しかし暖かかった。


「あのっ」


それに釣られるように今度はソフィア王女から声が発せられた。彼女もまたキルレインドナを本当の弟のように接してくれており、クロスクル王家の懐の深さが伺える。


「レイン様、その……本当に大丈夫ですか?体調もそうですが、精神的に、です」

「…………」


鋭いところを突かれた。思わず口を閉ざす。

精神的に。

正直、受けた傷は大きい。最も自分を身近で見守ってきてくれたであろう人物の行動だ。だが。


「……はい。確かに、精神的にはダメージが大きいです」

「レイン様……」

「ですが、彼の行動に私は疑問が残ります」

「……というと?」


そこですかさず陛下が問いかけた。それに対して、キルレインドナは一つ深呼吸した後、強い瞳で全員を見上げた。


「恐れながら。今回の件、わた……いいえ、僕に一任させていただけませんか?」

「「!」」


キルレインドナの発言に、動揺が走る。それがどういう意味を指すのか、分からない女性たちでもなかった。もちろん、陛下もだ。キルレインドナはこう言いたいのだ。処刑等を含め、事の全ての責を寄こせと。

国宝と呼ばれているロットワンド家最後の生き残り。それに対してこの国、この大陸全体がどれだけの価値がキルレインドナにあるか知れ渡っている。唯一王家と対等の立場である人間が下すそれは、重責だ。王家が下す判断とみなされるのだから。


「……それがどういう意味か、お前は分かっているのだな?」

「はい」

「そのうえでの発言なのだな?」

「はい」

「どうするつもりだ」

「……これを機に、税に横着しているだろう人物を洗い出します。検討はついております」

「横着?」

「恐れながら」

「…………ふむ、確かに経理がうまくいっていないという話は耳にしている」

「同時に、疫病らしきものが流行し始めると耳にしました」

「なんだと?」


キルレインドナの発言に、陛下は眉間に皺を寄せた。矢張り陛下も初耳だったようだ。


「その真偽もお任せいただければ」

「……法術部隊か」

「真実であれば」

「…………あい分かった。しかし、これだけは覚えておけ」


言いつつ陛下はキルレインドナに近づき、キルレインドナと同様に足をかがめた。その動作に慌ててキルレインドナは顔を上げ、中腰になる。


「陛下、かがむなど……!」

「レイン」


一言。

そう、その一言だった。名前を呼ばれた一言で、キルレインドナは動けなくなる。

愛情のこもった、それだったから。


「よくぞ無事でいた。……そして、お前の発言は私の発言だ。共に背負おう」

「…………良いのですか?」


それは、国王として、そして一人の人間としてキルレインドナと共に在るという意味でもあった。いくら互いに信頼、信用していても、この国の責を負うと言うのは重大だ。一言だ。一言声に出すだけで国は活き、そして滅びる。

それを共に、と言うのだ。思わず問いかけが出てくるのは当然だった。


「エリザベート王妃が言ったであろう?私たちは、お前を家族と思っている。恐らくエワンダとオリヴァーもな」

「…………」

「家族の責は、家族で背負おうぞ」

「……そんな、価値は、僕には……」

「ありますよ、レイン様」


そういってそっと肩に手を置いてきたのは、ソフィア王女だ。エリザベート王妃も陛下の横へと並び、屈みこみキルレインドナの頬をいつものように撫でる。


「私たちは、家族です」

「共に在りましょう」


その言葉に、思わず涙がこぼれた。

初めてだった。家族というものが、どういうものなのか教えて貰ったのは。

そして、感動により涙が流れると言うのも。


「……ありがとう、ございます……ありがとうございます……!」


そういうと、キルレインドナは満足いくまで涙した。それを微笑み見守る王族は、最後までキルレインドナの側を離れなかった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「エワンダ、オリヴァー」


翌日。

キルレインドナは起きて直ぐに二人を呼び出した。すぐさまやってきた二人に、改めて名を呼び声かける。


「はい」

「なんでしょう」

「……僕は、王権になんて興味なかったんだよね」

「それは私たちも存じております」

「坊ちゃんはそんな柄じゃないもんなぁ」


けらけらと笑うエワンダにオリヴァーは肘鉄を喰らわせ、黙らせる。


「うん、そうなんだけれどね。……王権に興味はないけれど、王族には興味が出てきた」

「うん?」

「はい?」


それを耳にして、二人は思わず声を出す。つまり……先日の婚約の話しだろうか?


「僕、家族ってどういうものか、良く分からなかったんだ。生家が生家だったし、『人形』だったしね」

「レイン様」

「肯定はするが、納得はしないぜ。今の坊ちゃんは『人形』なんかじゃない」


自分の意志で考え、自分の意見を発言する。キルレインドナは人間だ。オリヴァーとエワンダが窘めるように声をかければ、キルレインドナはくすくすと小さく笑う。

その笑みに、いつもと様子が違う事を察して二人は黙り込んだ。ここまで表情が豊かになったのは、初めてかもしれない。もしかしたら、昨晩王族と話をしたそれが原因か。そう思うと、嬉しいような、悔しいような気持ちが湧きあがる。


「うん、そうだね。僕は僕だ。だからね……決めたよ。僕はこの国と共に在る」


それは、今までキルレインドナが発言していた中でも意味合いが違う事を指していた。それを察し、二人は目を見開く。


「だから改めて言うよ。……エワンダ・オルガー。オリヴァー・ケケル」

「「はっ」」

「『僕と共に在れ』」


それを耳にして、二人は硬直する。つまり。


「君たちは王族にはなれないだろう。だけどね、僕は君たちと共に在りたい」


本心をゆっくりと話すキルレインドナは、昨日の騒動とはまた別に瞳を輝かせ、凛としていた。緊張と不安も瞳にはあったが、しかし力強く発言する。


「いいかい、僕が望むんだ。命令でも何でもない。君たちが応えてくれるなら、僕はもうこれ以上幸せな事はないだろう。どんな困難も超えて行けるだろう。だから、僕は『命令で側近をしている二人』ではなく、『一個人の二人』に言いたい。……共に、あってくれないかな?」


微苦笑を浮かべるキルレインドナ。ああ、これは。

この人は、殻を破ったのだ(・・・・・・・)。一個人としての自分を、漸く受け入れたのだ。

ぽろり、と二人の瞳から雫がこぼれた。オリヴァーは一つ、エワンダはぼろぼろと。


「勿論でございます」

「俺たちは、『キルレインドナ様』じゃない、『坊ちゃん』に最初から仕えているんだからな!」


それを聞いて、キルレインドナはホッと安堵のため息を吐いた。そうして、二人の元へと歩みより、ぽんぽんとその背中を叩く。

いつの間にか、身長も二人に近づいた。まだまだ成長するだろうが、あの頃の、背中に隠れて裾を握りしめ、常に敬語で話ていたキルレインドナはもういない。


「エワンダ、オリヴァー、ありがとう」

「「はい」」

「……ふふ、エワンダ、泣き止んでくれないかな?」

「無理です」

「すみません、私も気を抜くとエワンダに続きます」

「ええ~?困るなぁ。これから二人には僕に付いてきて貰うっていう仕事があるんだよ?」


くすくすと再び小さく笑うと、キルレインドナは瞬時に表情を変える。それに気づき、二人も目元をぬぐい、佇まいを直した。瞬時に(まだ目元は潤んでいるが)姿勢を正すのは流石と言う処だろう。その反応を確認し、キルレインドナは声を低くして二人に命じる。


「…………アルバートを先に呼べ。その後にオルタンスだ」

「「はっ!」」


その命に、エワンダとオリヴァーは当然のように誠意を表した。



「……私がオルタンスさんと出会ったのは、偶然でした」


キルレインドナの執務室にて、全てを話せと改めて命じられてアルバートはゆっくりと口を開いた。


「少し、酔っていたのです。休憩しようと道端に屈みこみ、夜空を見上げていた時でした。声をかけられたのです。こんなところで法術部隊が何をしているのだと」


その発言を記録するため、オリヴァーはキルレインドナの横でペンを動かしていく。エワンダは静かにキルレインドナの少し後ろに佇んでいるが、威圧感が強い。それだけでも怯えてしまうだろう。

だがアルバートが怯えているのは、エワンダではない。鋭い眼光をこちらに向け、品定めしているキルレインドナだった。


「少し休んでいると正直に伝えました。が、彼は何かを呟いてから私に近づき、こういいました。『キルレインドナ様は何をしていらっしゃる』、と。何の事だと思いましたが、キルレインドナ様は執務に取り掛かっており、多忙と耳にしていました。それをそのまま伝えれば、『何という事だ』と彼は言いました」


無言の威圧に、声が震えそうになる。しかしその中でも、彼はそれに耐え、ゆっくりとオリヴァーが記し残さないように語る。


「その後、『お前はこのままで本当に良いと思うのか』と問われました。どれを指しているか分かりませんでしたが、自然とこの国の事を思い浮かべました。国王陛下、キルレインドナ様、そしてお二人が君臨するこの国を。そうしてふとこのままではいけないのでは、と思い至りました」

「それはなぜ?」


そこに来て初めて、オリヴァーが声をかける。それに唾を一つ飲み込むと、アルバートは恐る恐る開口する。


「恐れながら、ぼんやりと権力争いが生じると思い至ったのです」


矢張りか。

酔っぱらっている状態でも思い至るのだ。一般人の人間が思い至らないはずもない。そう、エワンダ、オリヴァー、オルタンス、そしてキルレインドナのように。王族もまた同じ考えなのは、先日会話した通りだった。


「個人的に、遠目から皆様を見ているとそんな事は起こらないとは頭では理解しております。しかし、気持ちは違いました。それで正直に、彼に……『何故キルレインドナ様は王家でないのだろうか』と。申し訳ございません」

「謝罪はいらぬ。今は真実のみを語れ」


ぴしゃりと謝罪をはねのけ、キルレインドナは先を促す。それに気後れし、アルバートは再び話し出す。


「……私はキルレインドナ様にあこがれていました。あの魔術、法術、全てにおいて私はキルレインドナ様を尊敬しております。初めて実演習をしたあの日から。気は陛下よりもキルレインドナ様へ傾きました。しかし陛下を裏切る行為は行えない。だが自分が感じたように、他の人間が同じようなことを感じるのであれば権力争いの可能性が高い。ならば、キルレインドナ様が国外に赴けば、と。ふと自然に頭に浮かんだのです。彼はそれを読み取ったのでしょう。『キルレインドナ様を想うのであれば、私と共にキルレインドナ様の為に動かないか』、と」

「……そこまで深く呑んでいたのですか」

「いえ、途中水を飲み忘れたくらいで、確かにいつもより呑んではいましたが少々火照ったぐらいです」

「…………アルバート。君は魔術より法術の方が得意なのかい?」


そこまで聞いて、今度はキルレインドナが問いかけた。当然だとは思うが、念のためだ。


「はい」

「では問おう。この町に疫病が流行しているのは知っているかい?」

「疫病!?」


続いたキルレインドナの問いかけに、アルバートはバッと立ち上がろうとするが、しかし瞬時に落ち着きソファに直ぐに戻る。その様子と力の乱れに、彼も疫病に関しては知らなかったと判断した。


「申し訳ございません、存じていれば私も法術部隊へと足を向けるでしょう」

「…………成程。因みに身の回りで体調を崩した者は?」

「……私は良く家族と連絡を行うのですが、そのような話は。ただ、近所に住んでいた老夫婦が他界したと報せを受けております。老衰であろうと思いましたが、もしかしたら」

「…………なるほどね。この件ついてはもういいよ」


道理で法術部隊に最近出入りしているか問うた時挙手しなかったわけだ。

もしかしたらオルタンスの虚言かもしれない可能性が高まった。そうなると法術部隊は白になるかもしれない。早急に法術部隊に向かわねばならぬだろう。


「分かった。アルバート」

「はいっ」


ガタリと立ち上がり、キルレインドナはアルバートを見下ろす。


「法術部隊に案内せよ。エワンダ、オリヴァー。先に法術部隊を洗うぞ。支度を」

「「御意」」


キルレインドナの判断に即座に反応し、オリヴァーは筆記用具を魔法で片づけ、エワンダは執務室の扉の前へと移動した。


「……あの、キルレインドナ様」


そこでアルバートから再びためらうように、恐る恐る声がかかる。


「何だ」

「……恐れながら、腕のアンクレットの件です。現段階で不具合はございますでしょうか」

「お前が知って何になる?」


厳しい言葉にアルバートは一瞬怯むが、一度瞳を閉じてからキルレインドナに確りと見つめなおした。


「私の知る限り、奴隷魔法は主を傍に置かねば発動はしなかったと記憶します。ですが場合によっては遠隔操作を行う事も可能です。もし今から法術部隊に行かれるのでしたら、オリヴァー様が信頼なさっている方も連れて行く方が賢明かと思われます」

「…………成程ね。君は確かに私に酔狂しているみたいだ」

「申し訳ございません」

「謝罪はいらぬと何度言わせるつもりだ」


再び厳しめの言葉をかけ、オリヴァーをちらりと見つめる。そのままどうするかを考えるが、オリヴァーは少人数の方が良いという考えを持っている。何となくだがお互いに考えて居る事を理解し、キルレインドナは瞬きをした。


「…………二人……否、一人」

「居ります」

「良し、同行させよ」

「御意」


それだけ言うとオリヴァーは瞬間移動魔法を使い、退室した。


「私たちは先に街へと向かおう。目的地は病院だ」

「「はっ」」


キルレインドナの発言に、残ったエワンダとアルバートは頭を下げた。





「レイン様」


身支度と万が一のことに供え魔法具をいくつか選んでいる最中に、オリヴァーが帰還した。オリヴァーの後ろに居るのは、確か元近衛魔法部隊二席の人物だ。名前は確か……


「……ノア、だったっけ」

「名前を憶えて下さったのですね。有難き幸せ」


キルレインドナの呟きにノアは片膝を立て、誠意を向ける。明るい茶の短髪を持ち、年齢は大体20ほどだろうか。


「私の好敵手です。いまだに彼の法術には圧倒されます」

「成程、良い人選だね」

「有難うございます」


オリヴァーの説明に納得がいく。法術には、ということは、今から法術部隊に行くにはもってこいの人材だ。そしておそらく自分のことも考えて人選選びをしてくれたのだろう。アルバートのように弱弱しく感じる瞳の光ではない。

そのことに安堵しつつノアを一旦下げさせる。二人きりになった事を確認してから、キルレインドナはオリヴァーへと声をかけた。


「オリヴァー」

「はい」

「先ほどのアルバートの『国外逃亡』っていうの、本当だと思う?順番が逆になっちゃったからオルタンスに確認が取れないんだよね」

「……むしろ国外逃亡の方が私的にはまだ有難いですね」

「だよね。僕もそう思う。まあ小さな親切余計なお世話って奴だけれど」


言いながら魔法具を品定めしていく。魔法具に付与出来るのは三つまでが最高だ。回復系、防御系を中心に選んでいくが、二つまでは良し、三つめがいらぬというようなものばかりだ。例えば毒消し、麻痺消し、隠蔽。何故三つめが隠蔽なのか。もしかしたら冒険者用のものなのかもしれない。


「…………魔法具ってどうしてこう、余計なものが多いわけ?」

「便利性を考えたようです」

「……一個の奴は力が弱い、二個三個の奴はむしろ何のためにあるのか分からないね」

「それがこの大陸の常識となっておりますからね」

「…………え、誰も疑問に感じていないの?」

「居るとは思いますが、現状で助かっているのには変わりませんから」

「本気で?それだったら僕一人で全部やるよ」


自分の望むようなものはないと理解してキルレインドナはぽいっと回収していた魔法具を手放す。それが出来るのはレイン様だけですよ、と言いたいのをオリヴァーは心に留めた。


「あと一つ。アルバートは正気だったと思う?」

「判断要素が少ないです。断言できません」

「だよね」


ローブを着、杖を持ち直し、キルレインドナはオリヴァーへと向き直る。


「法術部隊に真実はあると思う?」

「情報は得られるでしょうね。良くも悪くも」

「同感!じゃあ、行こうか。エワンダが首を長くしているだろうしね」

「それぐらい耐えられなくてどうしますか。でもそうですね、癖のあるアルバートの見張りをし続けたのですから少し飴をあげてもいいかもしれませんね」

「あれ、珍しい」

「たまには、ですよ」


ふざけ合いながら、二人は改めて執務室へと足を向けた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


その日、キルレインドナは表情を作り一歩法術部隊へと入れた瞬間に騒がしくなった。突然の来訪に、戸惑いが隠せないようだった。


「キルレインドナ様!?」

「おい、部隊長に報告を!」


慌てて行動する者もいれば、どこか諦めたかのように、または安堵したかのように肩の力を抜いているものもいる。これは完全に黒だなと判断しながら、キルレインドナは部隊のロビーにて声を上げた。


「私がここに赴いた理由を知る者もいるようだ」


声を大きめに言えば、屈みこむものが数名。その様子を見て、ノアがこっそりとキルレインドナに耳打ちする。


「キルレインドナ様、中に五席の者が」

「部隊長の勤務室へ向かう時に連れてくるように」

「はっ」


ノアがキルレインドナに確認を取るとともにその人物の元へと歩み寄る。初老の女性で、身だしなみは整っているがどこか切り詰めた生活をしているようにうかがえる。その様子を見てから、キルレインドナはエワンダとオリヴァー、そしてアルバートへと視線を向けた。


「アルバート」

「はっ」

「お前が最も親しくしている者は?」

「……第五席、只今ノアが向かった女性です。名はリリー」

「承知した。お前とリリー、共に部隊長のところへと向かうぞ」

「御意」


アルバートはうやうやしくお辞儀をする。それを見て小さくため息を吐いた。矢張り自分に意識は向いているとはいえ、オルタンスの意見に簡単に賛同するとは思えなかった。これはもしかしたらもしかするかもしれない。

幻惑魔法。もしくは、意識操作か。

何はともあれ、此処で確認を取った後オルタンスの元へ急ごう。

そうこうしている間に、若干足早に現部隊長がやってきた。


「キルレインドナ様、ご無事の御帰還、何よりです」

「これもあなた方が育てて下さった法術部隊のお陰です。…………来訪の意は分かるな?」

「…………すべて、お話いたします」


後半だけ威圧感を出し伝えれば、観念したように中年男性の部隊長は片膝をつき誠意を見せてくるのだった。



そのまま部隊長の勤務室へと向かうと、キルレインドナはソファーに腰を掛けてから杖を横に置き、早速足と腕を組んだ。


「事の発端は?」


部隊長が前の席へと座る前に声をかければ、部隊長は座った瞬間に背筋を伸ばす。


「……アルバート、そしてリリーが発端だと言えるでしょう。彼らは少しの間落ち着かない様子で気にかけてはいました。が、数日内に私に『このままではキルレインドナ様が危うい』と申し出てきました」

「リリー、お前の意見はアルバートと完全に一致しているとみて間違いないね?」

「左様にございます」

「オルタンスという人物に会った記憶は?」

「ございます。先日、貴方様に悟られぬよう魔法具を使ったのはこの私でございます」


その発言に、エワンダとオリヴァーが思わず身構えた。その気配を背後から察し、キルレインドナは手を上げる事で制する。


「成程、魔法具か。だから力の気配が感知できなかったわけか」

「はい。恐れながら、キルレインドナ様は魔法具についてはまだまだ学びが必要と感じていました。何を隠そう、オルタンスに魔法具を寄付していたのは私ですから」

「…………痛いところを突かれたわけだ」


肩をすくめてみせれば、申し訳ございませんと謝罪がくる。今欲しい言葉ではないが、段々吹っ切れてきた。受け流し、改めて部隊長へと視線を戻す。


「で、詳細は?それと横着について」

「はい。……貴族の間で、不穏な空気が漂っています。これは私個人の部下からの情報ですが、信頼のおける人物です」

「話せ」

「恐れながら……貴族の間で、王族側とキルレインドナ様側と亀裂が生じております。純粋に、お二人の共存を求める一族もいますが、危険があるのには変わりない。近日中にキルレインドナ様の暗殺を目論む輩もいました」

「どこだ?」

「ロペス家、クラーク家、ラミレス家。知る限りではこの三家です。取り押さえました」

「そのために横着したと?」

「あちら側も準備を進めていました。早急に必要だと判断した私の独断です。大変申し訳ございません」


部隊長が話しきると、頭を下げてくる。本当に謝罪ばかりでうんざりだ。でも、これで先が見えた。


「つまりお前たちは貴族を抑える為、そして私をどうにかして護るために税に手を出し、隠蔽し、尚且つ僕を安全な処へと考えたわけだ」

「……」

「軽率だったな」

「耳が痛い限りです」


恐らく早急な、しかし確実な対応が必要だったのだろう。そうしていまだにキルレインドナを狙っている貴族がいるかもしれない。そのいざという時の為に一気に税に手を付けた。そういう事だろう。という事は、どこかしらの地方にも税を強いている領地があるかもしれない。


「エワンダ」

「はい」

「戻ったら早急に各領地の資料を」

「畏まりました」

「オリヴァー」

「はい」

「資産の準備を。民をこれ以上苦しめるわけにはいかない」

「承知しました」

「ノア」

「はっ」

「リリーを軟禁室へ」

「承知しました」


三人に指示を出し、キルレインドナは立ち上がる。


「今回の件について。追って沙汰する」

「すべては、陛下とキルレインドナ様の御心のままに」

「良いか、これを知らぬ者もいる。緘口令を出す」

「はっ」

「これを破る者が居れば私自ら『躾』よう」

「……畏まりました」


一瞬想像したのであろう、少々時間を置いてから部隊長は頭を再度下げる。


「それともう一つ」


一言。そこから怒りを態と含ませ、キルレインドナは部隊長を睨み上げる。


「最近疫病が流行り始めていると耳にした。誠か?」

「……はい。今週中に王家に提出し、来週頭にはすぐ動けるように調節しておりました」

「遅い。私にとってはそちらの方が最も怒りを買っているという事を念頭に入れ、全力で当たれ。私の資産から出す」

「畏まりました」


今度こそ、部隊長はソファーより立ち上がり、キルレインドナに片膝をついたのだった。



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