第6話

◇  ◇  ◇  ◇  ◇



その頃、王宮では先日言われた調べ物をしていた二人が同時に顔を上げた。


「……おい、オリヴァー」

「はい、私の物もです」


効率が悪くなると知りつつも同じ部屋、同じ机にて作業していたのが幸いだった。二人の胸元にはキルレインドナから与えられた魔法具がある。服の中に隠し持っており、キルレインドナが、万が一陛下を含む四人に何かがあれば熱魔法が発動する仕組みとなっていた。その魔法具が熱くなったのだ。


「陛下に報告を」

「坊ちゃんは確かオルタンスの処だよな」

「はい、変装して短時間だけ向かうと」

「急ごう」


二人は掛け合い走り出す。オリヴァーは陛下の元へと、そしてエワンダはオルタンスの場にいるだろうキルレインドナの元へと。


「どうしました?」

「火急に陛下に報告を。陛下はご無事でしょうか」


街と王宮では大きさがあるとはいえ王宮の方が早い。オリヴァーの慌てように近衛兵の一人が驚き声をかけてくる。


「陛下は今執務室におられます」

「近衛兵は何人ですか?」

「四人ほど」

「執務室から何か不穏な事は?」


そこまで聞いて、ただ事ではないと実感したのだろう。近衛兵はこちらへ、とオリヴァーに声をかけると速足で陛下の執務室へと向かう。


「イルダ……と、オリヴァー様?」

「どうかしましたか?」


執務室の前に二人、近衛兵が扉を護っていた。それを見て何事もない事を祈りつつ、オリヴァーは先ほどの言葉を繰り返す。焦りの見えるオリヴァーに、ただ事ではないと察した扉の前の近衛兵も動き、執務室の扉をたたいた。


「失礼します、陛下、火急のご報告があるとオリヴァー様がいらっしゃいました」

「入れ」

「失礼します」


許可が下り、近衛兵は扉を開ける。そこには通常の執務室、そして近衛兵たちと陛下が席へ座っている。魔法がかかっている様子もない。という事は。


「レイン様……!!」


あちら(・・・)が当たりだったのだとオリヴァーは表情を蒼白させる。

その様子にキルレインドナに何かが起こったのだと陛下は立ち上がる。そして、オリヴァーはすかさず屈みひれ伏した。


「状況を」

「……恐れながら、陛下には内密にしていたものがございます。こちらのペンダントなのですが、陛下、キルレインドナ様、私、そしてエワンダに何かが起こったら熱魔法が発動する仕組みでございます。キルレインドナ様が万が一の時用にとお作りになられました」

「発動したのか」

「左様です。エワンダは私と共に任務にあたっていたため、害を受けてはおりませぬ」

「早急に兵を集めよ!!」


言いたい事が伝わるのはありがたい。陛下は立ち上がり直ぐに指示を下した。近衛兵三人が動き、残り二人が残る。陛下一人にはさせられないためだ。それを見届けてから、オリヴァーは再び陛下へと頭を下げる。


「申し訳ございません。レイン様は只今城下町へと情報を得に外出しておりました」

「……良い。追って沙汰を渡す。今はレインの事だ」


何故ついて行かなかったのかは言わない。陛下がエワンダとオリヴァーはキルレインドナに従い調べ物をしていたであろうことは目に見えたからだ。だがしかし、責任は重いだろう。それだけを口にすると、陛下も執務室より玉座の間へと向かう。


「陛下、許可を頂けるようでしたら私は転移魔法でエワンダと共にレイン様の元へと向かいたく存じます」

「許可する。急げ」

「有難き」


それだけ言うと、オリヴァーはすぐに詠唱に入り、エワンダの元へと飛んだ。


「ぅお!?」

「エワンダ、レイン様の方だ!!」

「承知した!!が、お前その転移魔法ずるいぞ!!」


見渡せば漸く王宮を出たところだ。王宮からオルタンスの店までは距離がある。珍しく舌打ちすると、オリヴァーはエワンダの腕をがっしりと掴んだ。


「直ぐに動けるように!」

「応よ!」

「『空の神よ、我らを望む地へと導け!メタスタシス!』」


そうして、オルタンスの店の前へと現れた二人に通行人は驚き距離を取る。それにお構いなしにエワンダがトンと地面を蹴り吠え上がると、体当たりで店へと入り込んだ。


「レイン様!!」

「坊ちゃん!!」


大声を上げてキルレインドナを呼ぶが、返事はない。そして店内のものもすべて片づけられており、二人は慌てて奥へと向かう。


「こっちか!?」

「駄目です、いません!!」

「もしかして魔法か!?」

「可能性はあります!魔力と法力を探ります、少し待ってください!」

「俺は家を見てくる!」


交互にあたりを見回し、オリヴァーは魔法感知を、エワンダは裏にあった家へと向かった。オリヴァーは心を落ち着かせ、上がった息を整える。


「『かの者を察しよ。センティエンティア』」


瞬間、魔法陣がオリヴァーの足元へと広がった。大人が七人は優に入れるような大きさだ。魔法はそのものの持つ力の大きさで決まるという。白く広がるそれにを確認し、エワンダは家の中へとなだれ込む。中には人はおらず、生活感もあまり伺えない。どういう事だと眉間にしわを寄せたタイミングで、オリヴァーに呼ばれた。


「どうだった!?」

「複数の魔法を使われています。レイン様の魔力を覆っている者が居る。時間がかかります、情報収集をお願いします!」

「了解した!」


家の中と外で叫びながら会話を交わす。エワンダは言われた通りに部屋の中に何か手がかりがないかとあたりを見回す。しかし、見れば見るほど生活感を感じ取れない。何かが可笑しい。


(……そうだ、書類を……!)


情報屋だったオルタンスだ。書類の束の一つや二つはあるだろう。そう思い至り、店へと戻りカウンター内から探そうと決め移動した。そうして漸く気付く。否、気付いていた。入った瞬間に確認した。そう、魔法具が全てないのだ。


(…………まさか)


そうでないと思いたい。彼とはこの四年間、共に酒も交わした仲だ。もう一度家へと戻ろうと踵を返す。そして今度は地面に視線が動かなくなった。オリヴァーの魔法陣の中。傍から見ても血痕だろうと理解できるものが残っている。魔法の邪魔は出来ないが、色合い的にまだ新しいものだと考えられた。

それが誰のものなのか分からない。だが量的に死に至るようなものではなさそうだ。……急所でなければ。かつ、武器を抜かれて居なければ。

ぞわり、と背筋に冷や汗が流れる。


「…………」

「…………エワンダ」

「何だ」

「血痕の主が強い魔力の持ち主です。それが強く響いている」

「……生きているのか?」

「それは確実ですね。『軽い』でしょう」

「……オリヴァー」

「何ですか」

「…………オルタンスの店と家を見たが、生活感もない。店も魔法具含めすべて空だ。オルタンスの可能性は?」

「……嫌気がさしますね。大いにあります」


それだけ聞くと、エワンダは壁を強く叩く。甲冑に護られているその身体での攻撃は、壁に皹を生じさせた。


「……あの野郎……!」


二人もキルレインドナ同様、後悔を噛みしめる事になった。





ふ、と何かに頭を撫でられるような感覚に意識が浮上した。いつの間に眠っていたのだろう、と薄く目を開く。しかしそこにあったのは見慣れた天井ではなかった。石畳の天井。薄暗い部屋。そして何かの上……感覚的にはベッドだ……そこに横たわっているようだった。

瞬間、ざっと記憶が蘇る。オルタンスはどうしたのだろう。あの吐血は何だったのだろう、無事なのだろうか。それもだが、本当に先ほど?の事はオルタンスがやった事なのだろうか。だが気絶する前に魔力は感じなかったし、最後に覚えているのは本当にオルタンスの声だったのだろうか?しかし自分に魔術を教えた師でもある。可能性は大いにある。


(……動かない方が賢明かな)


混乱により逸る心を抑えながら、キルレインドナは瞳を伏せ、小さく呼吸を続けた。そうして隠蔽魔術に探査魔術を重ね、辺りの魔法使いの存在を伺う。これならば察せられる者はいないだろう。自分より実力が上でない限り、だが。


(…………!?)


しかし感知出来たのは、魔力が数名のみ。ほとんどが法力だった。オルタンスとの会話を思い出す。法術部隊が横着の原因候補だったはずだ。

まさか、法術部隊の本部だろうか?自分は今、どのような状態なのだろうか?

流石に使い魔などはいない。いれば情報を得られたかもしれないのに、と考えるが、しかし使い魔を持つのはキルレインドナは苦手としていた。使えるには使えるが、どうも動物との相性が悪いらしい。怯えさせたり威嚇されたりが多い。動物の持つ本能がキルレインドナの力に反応してしまうようだった。

話しがそれた。兎に角今の自分は起きたことを察せないようにすることだ。それで情報が得られれば、それでいい。

そうしている間に、眠っていた部屋の外が何やら騒がしくなってきていることに気が付いた。声も物音も遠いが、確かに聞こえる。

そのまま寝たふりをするが、どうにもキルレインドナの側に来る様子はない。


「……?」


何が起こっているのだろうか。起き上がってみても大丈夫だろうか?少し悩み、しかし自分の身近に人の気配はうかがえない。恐る恐る翠の瞳を開けてみる。

そこはどこかの地下室のようだった。矢張り横たわっていたのはベッドの上で、王宮のものとまではいかないが、かなり上質な、全体的に紺色ものだった。視線だけで周りを再度伺うが、矢張り近くに人間はいない。どういう事かとゆっくりと上半身を起き上がらせる。そうして。


「!」


自分自身に魔術がかかっていることに気が付いた。先ほどは周りだけに集中したので気が付かなかったのだ。うっすらと感じるオルタンスの魔力に、キルレインドナは哀愁を漂わせる。矢張り、行ったのはオルタンスだったのだろう。

自分にかけられている魔法を感知する。そうすると、この部屋から出られぬようになっている事、そして声音を出さぬ魔術がほどごされているようだった。


「――、――。」


試しに声をだそうとしたが、無理だった。息だけが吐き出され、完全に魔術師としては負けている。力はキルレインドナの方が強い為、経験からだろう。

喉に手を当てて眉を顰める。そして改めて、部屋の中を見つめた。

周りは石畳で出来ており、少々インク臭い。だが清潔にはされており、空気の入れ替わりが中々出来ないだけだという事は察した。そうして、換気されていないのなら、本来ならばかび臭いはずの部屋だ。しかしそれも見当たらないことから、清潔にされている事だけは察した。明かりは四方の壁にずらりと並んでおり、今は一つ置きに照らされている。本棚があり、引き出しも多かった。ロットワンド家の杖も見当たらない。そちらは取り上げられているのだろう。


「!」


そして見回した先に、テーブルと椅子が一つずつ、置かれているのが見えた。その上に簡単な料理がある。部屋自体はキルレインドナが暮らしていた部屋より全然小さいが、程々の広さがあるのだろう。ぐるりともう一度周りを見、人がいないことを再度確認。そうして人がいないことを察し、自分に防御結界を張ろうとした、が。


「…………」


魔術が発動しない。試しに法術も試してみるが、しかしそちらも駄目だった。その時になり始めて自分の身体を見回す。服装は出かけてきた時の物ではなく、魔法使いが良く使うローブを身にまとっていた。そうして両手の小指、中指の指輪、そして腕輪。アンクレットが付いているそれらが邪魔をしている。試しに外してみようと試みるが、外れなかった。どうやら魔術も法術も封じられているようだった。よくぞ自分のこの膨大な力をここまで封印できたものだ。

恐らく先ほどの探知魔法は微量な力だった為にこれには引っかからなかったのだろう。魔法具も進化していっているのだなと思わず感心してしまった。

ふう、と一つ息を吐いた後、ベッドのわきにあった常に履いている靴に足を通す。そうしてそっと机へと近づけば、矢張りそこには簡単な料理があった。全体的に冷めてしまっているようだが、パンに水。そしてサラダが置かれている。

もしこれがオルタンスの仕業なのであれば、毒などはないだろう。今自分が生きているのがその証だ。そこまでして、今度は部屋の外から聞こえる物音へと意識を向けた。

何を言っているのかは聞き取れないが、かなり不穏な空気がそこにある。この場が何処だか分からない今、安易に動かない方が良いだろう。


(取り敢えず、試みてみようかな……)


この魔法具を外せるかどうか。ゆっくりと魔力と法力を注ぎ始めてみる。しかし限界はすぐに来、何度目かのしかめ面になった。これにさらに力を与え続ければ恐らく壊れはするだろう。だがどういった反動魔法が発動するか分からない。初めて見る魔法具でもある事から、仕組みも理解できない。キルレインドナは基本的に自分の魔法で物事をすべて終わらせることが出来るので、魔法具を取り扱うというのはしないのだ。そのために詳しくない。今度からはそちらの研究にも手を出してみたいものだ。そうすればこういう時にも対応出来る。

そこまで考えて、思い出す。胸元にあるネックレスだ。元はオルタンスの魔法具だったそれをちょっと魔法付与して作り上げたそれ。気にはしていなかったが、きちんと発動しただろうか?


(…………って、僕が対象なのだから、熱はエワンダとオリヴァーのところだけに通じるのかな?)


しまった、抜け目が此処にも出た。このような場面では探知機としての機能も必要だっただろう。次こそはと心に決めた、その時だった。


「――――!」

「!」


聞き覚えのある声が、聞こえた気がした。慌ててドアのある所へと向かう。すると今度ははっきりと叫び声が聞こえた。


「坊ちゃん!!」

「!!」


エワンダだ。パッと顔を上げると、キルレインドナは力強くドアを叩く。


「おい、何か聞こえたぞ!」

「魔法部隊、何か罠があるかもしれないので構え!」

「近衛隊もだ!」

「「「「はっ!」」」」


今度こそ近くに聞こえてきたそれに、キルレインドナはさらに強くドアをたたき続けた。


「レイン様!!貴方様が魔法部隊に最初にやったことは、攻撃魔術、防御魔法、どちらですか!?攻撃なら一度、防御なら二度叩いてください!」


本人確認のためだ。これならば信頼を置ける近衛魔法部隊の部下しか知らない。キルレインドナは大きく振りかぶり、一番の渾身だっただろう拳を、一度ドアへとたたきつける。


「ご本人様だ!」

「キルレインドナ様、ドアから離れてください!」


言われて素早く身を引けば、法力を感じる。恐らく罠解除のものだ。そのうえで罠の発動を確認するためにドアもかちりかちりと慎重に動くのを耳にとらえた。キルレインドナも内側から何か発動しないかどうかを確認するが、今のところそれは見当たらない。しかし、魔法に関しては別だ。今のキルレインドナには、力が無いに等しい。部屋中を見回す。壁の火、自分が眠っていたベッド、テーブルとイス。今のところは怪しいものは見当たらない。後は。


(この、アンクレット……!)


一か八か、賭けてみようか。命が取られるという事はおそらくないだろう。だがしかし、声を奪われてしまえば。


(本気が出せなくなるかもしれない……)


詠唱とは力をみなぎらせるための増加材と同じだ。魔法をイメージさせ、その状態で全身に力を巡らせ、力を感じ、そしてそれを言葉に乗せることにより意識が高まり、集中力が上がる。故に力が増加するのだ。それが魔法使い、魔術使い、法術使いだ。なので詠唱が使えなくなるかもしれないという危惧は、キルレインドナにもあった。生家の訓練により無詠唱で発動させることは出来るが、それはすべて本気ではない。本気でやった時は五つの時、荒野に連れられて発動させた。荒野を荒れ地にし、十年目になる今も生物も植物も育たない状態となっている。それが最初で最後の本気だった。

だからこそ、護られるしか今は出来ないと判断した。


「坊ちゃん、開けますよ!」


エワンダの声とほぼ同時に、ドアが開かれた。瞬間、武装をした近衛部隊が数名、エワンダとオリヴァーを先頭になだれ込んできた。

キルレインドナは三歩ほど下がり、皆が入れるようにスペースを作る。が、それも直ぐに前進へと変わった。


〖エワンダ、オリヴァー!〗


口を開くが声は出ない。けれども自分たちの名前を呼んでくれたことは理解し、二人はすぐにキルレインドナを抱きしめる。


「坊ちゃん!!」

「レイン様、ご無事でしたか!?」

〖ごめんなさい、僕が軽率でした!ごめんなさい!〗

「レイン様、お声が……」


はくはくと動く口に、すぐさま気が付きオリヴァーが先にキルレインドナから離れた。全身を確認し、そして見慣れぬ指輪と腕輪に怒りの表情をあらわにする。


「魔法具ですか……だから力が弱いのですね」

「怪我はないのか、坊ちゃん」


問われ大きくうなずく。そうして、書くものを、とジェスチャーで二人に伝える。


「誰か、筆記用具を!」


オリヴァーの声に、上からやってきた法術使いの青年が直ぐに希望の物を出してきてくれた。それを受け取り、キルレインドナはすぐにこのアンクレットに何か仕掛けがあるかもしれないこと、それにより自分の力で壊すのはためらわれたことを記す。


「失礼します」


オリヴァーはそれだけ言うと、そっとキルレインドナの左手を取った。そのままじっと指輪と腕輪を見続け、法術部隊の一人に声をかける。


「小指は魔力制御、中指は隠蔽魔法。腕輪は私がやります。指輪の解除を」

「はい」

「レイン様、今度は右手を失礼しますね」


左手を部下へと任せ、今度は右手の指輪と腕輪を見つめた。そうしてそのままオリヴァー本人も法術で解除を始める。その間にエワンダはキルレインドナの背中へと周り、他に何かキルレインドナに異常はないかを確認してくれた。


暖かい。素直に、そう思った。


「……っ、解除、おわりまし、た……」

「大変だったでしょう。お疲れ様です。……レイン様、こちらも同様の魔法が掛けられています。小指は法力制御、中指が声帯機能制御、腕輪は……両腕とも、掛けた人間が解除しなければ外れません」

「ありがとう。君もお疲れ様。助かったよ。……それで、オルタンスは?」


指輪を先に解除してもらい、部下の一人に声をかけてからオリヴァーを見つめる。オリヴァーは無言のまま、怒りの表情を強くした。


「……今は牢獄です。此処はオルタンスの隠し部屋かつ地下室です」

「僕が行方不明とされていた時間は」

「半日です」

「日付はまたいでいる?」

「いいえ、もう直ぐ変わるというところです」

「腕輪にはどんな魔法が掛けられているの、オリヴァー」


何も言わないオリヴァーに代わり、エワンダが受け答えをしてくれた。それを確認した後、改めてオリヴァーに腕輪の件を聞く。制御していた力がまだうまく回らない(・・・・)。完治するのはもう少し時間がかかるだろう。


「…………恐れ入りながら申し上げます。……奴隷契約です」

「……は?」

「エワンダ」


中々口を開かないオリヴァーの代わりに、左手の解除を行った法術師が告げた。今度は背後から殺意が芽生える。名前を呼ぶことで窘め、成程、オリヴァーが口を閉じてしまうわけだとも理解した。


「主が生きているのであれば問題ないです。それよりも問題が」

「何でしょうか」

「とにかく外へ出ましょう。私の杖も探さなければ」

「こちらにございます。これのお陰でキルレインドナ様が此処にいると確信いたしました」


そう言って出されたのは、ロットワンド家に伝わってきた杖。オリヴァーの後ろから出てきた魔法師からそれを受けとる。確か彼は最初の実演の時に最先端にいた。オリヴァーも信頼している部下なのだろう。


「ありがとう。出ます」


杖を受け取りそれだけ告げると、キルレインドナはぱんっと手を叩いて全員を部屋から出るよう促したのだった。


ドアを抜け、階段を上り、そして隠し扉だったという本棚を横にして改めて中庭へと全員が出る。それを確認した後、キルレインドナは光魔術を放ちあたりを昼間のように照らし、声を張り上げた。


「まず確認したい。この中にいるのは近衛魔法部隊、近衛騎士部隊だと思うけれど、法術部隊の出身者はいるか」


その声を聴いてざわり、とあたりが震えた。

それに反応し、徐々に回復しつつある力を使ってキルレインドナは続ける。


「出身者のみ立ち上がり、他はかがめ」


その言葉に従って、部隊のほとんどが片膝をつく。残ったのは十名ほどで、戸惑いを隠せないでいた。


「よし、お前たちに問う。何故私を探すとき法術を使った?」

「自分から宜しいでしょうか」

「赦す」


こちらから見て右側にいる一人の青年が声を上げた。それに視線を向け、ここまでの言動をすれば何故キルレインドナがこんな行動をするのか分かるだろうと思い、白だと確信する。


「キルレインドナ様はどちらかと言えば魔力が強いため、法力を察した方が自分たちには見つけやすいと判断したためです」

「承知した。では次の問いだ。最近法術部隊に接した者は手を上げよ」


そうすると、三人ほど挙手した。これだけで情報が集まるとは思わない。だが少しでも得たいと言うのがキルレインドナの考えだ。


「さらに問う。オルタンスと接点があった者は?」


これに関しては、誰も反応がなかった。しかし。


「……君、名前は?」


中央奥、若手の青年だ。先ほど彼から挙手はないが、彼から微弱だが力の揺れを感じた。魔法は精神力が要だ。だからこそ動揺したりすると力はブレる。


「……アルバートと申します」

「アルバート。今力が揺らいだな。動揺した証拠だ」

「っ!」

「……エワンダ、オリヴァー。彼を後に私の部屋に。陛下の元へと帰還する、総員撤退!!」

「「「はっ!!」」」


その指示に従い、各自が動き出す。エワンダとオリヴァーはアルバートへと近づくと両面を固め、そのままキルレインドナの側へと赴く。


「……アルバート。何が言いたいか、もう分かるだろう?」

「……はっ」

「すべてを話せ。これは『私』からの『命令』だ」

「……すべてはキルレインドナ様の為に」


アルバートは片膝をついて頭を垂れ、そして立ち上がってエワンダとオリヴァーの間へと戻る。キルレインドナがそれを確認した後、王宮へと送還したのだった。



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