第5話



「それに関してはこの間話をしたでしょう。総意でしたよね。徒労です」

「ですが今申し上げた様にこのままでは我が国の利益が脅かされると判断いたしました。どうぞもう一度ご検討のほどお願いします」

「…………分かりました。総務と今一度確認を取りましょう。しかしその結果が変わりなければ、そちらが了承する様に」

「畏まりました」


それだけ言うと、総経理代表は退室していった。その後ろ姿が見えなくなるのを見届けて、キルレインドナは小さく息を吐く。


「……どうなさるおつもりですか?」

「そうですね、今一度回る(・・)場所を確認してみましょう。どこかに穴があるかもしれません」

「……坊ちゃん、ちょっと最近根をつめすぎでは?」


言われキルレインドナはエワンダを見上げた。出会ったころから少し老けた彼は、しかし威厳をそのままにしている。以前より髪を短くしたから、よりそう見えるのかもしれない。


「恐れながらエワンダと同意見です。レイン様、少々休憩を入れましょう」


オリヴァーもそうだ。威厳はそのままに、しかし肩を過ぎるぐらいだった髪が更に背中まで伸びてより美しさを増している。今更ながら二人は美形の仲間内だったのだと思う。オリヴァーは美しさ、エワンダは恰好の良さで美形の部類だ。


出会って四年。二人も少し歳を重ねた。それはキルレインドナもだ。今年で十四になり、働く範囲も増えた。オリヴァーが紅茶の用意をしてくれているのを傍目に、キルレインドナはたたずまいを直す。


「……どうもきな臭いんですよね」

「どちらがです?」

「……ちょっと待ってくださいね」


キルレインドナはそれだけ言うと、防音と不潜入の結界を二重に張り、肩の力を抜いた。


「結界を張ったよ、肩の力を抜いてくれて大丈夫」

「ありがてぇ」

「エワンダは崩し過ぎだ」

「お前もだろ、オリヴァー」


言い合って三人で微笑み合う。キルレインドナは成長するにつれて、年相応の表情を出せるようになってきていた。それに伴い、陛下と二人の前でだけは結界を張り崩した態度を取り合うようになっていた。

キルレインドナに至ってはかなり成長したと言えるだろう。丁寧な口調はあまり崩れないが、エワンダとオリヴァーの前だけでは使いやすいと感じた口調を使っている。


「それで、何がですか?」


先ほどエワンダが問うたことを、今度は紅茶を用意したオリヴァーが口にする。紅茶に関して感謝を伝えると、キルレインドナは眉間にしわを寄せる。


「あの結果報告だよ。僕の考え通りであれば、あそこまで予算が切り詰められる筈がないんだ」

「という事は……」

「どこかで横着している可能性がある」


それを耳にして、エワンダとオリヴァーは身に気を引き締めた。

どこかの部隊が不正を働いている。それは自分たちの部隊でもあるかもしれないという事だ。


「……二人には酷だとは思うけれど、魔術部隊と近衛部隊に少し探りを入れて貰ってもいいかな?僕は法術部隊を調べてみる。それで結果が出ないようなら総経理だ」

「「御意」」


そこまで話すと、三人は改めて紅茶を飲む。


「……そういえば、最近陛下とお話しする時間が少ないですね」


思い出してオリヴァーが話せば、キルレインドナは苦笑をうかべてまあね、と答える。


「陛下も御年であまり負担をかけさせたくないんだ」

「しかし陛下が寂しがりますよ?」

「うーん、まあ確かに孫のようにしてもらっているけれど……」


エワンダにも言われてキルレインドナは唸る。可愛がってもらっているのは理解している。それはこの二人だけでなく、王妃、王女、そして側近の者達だけでなく、街中に広がっている。一度開いた戸は閉まらない。仕方がないとそのままにしている。だが、最近になってキルレインドナは危惧していた。


「……最近、本当に少しだけれど……不穏な動きがあちらこちらであるようだね?」

「「!」」


言われて二人は口を閉ざした。キルレインドナが『人形』になれなかったのならばと今度はキルレインドナ、もしくは陛下をどうにかして対立させようとしている輩が増えてきている。それを察するキルレインドナも流石だが、オリヴァーに関しては負い目がある。

初めて外出し、そしてその数日後。オリヴァーは個人的に隊長だったルイに情報を交換し合った。お互い信頼していると思っていたからだ。

だが、そのルイは親族ともども処刑された。陛下によってだ。理由はキルレインドナを理由に自分より下の席であるオリヴァーに対する嫉妬だ。キルレインドナに不正を働き、それをオリヴァーが犯人になる様に仕立てていた。

幸いにキルレインドナが記憶力が良く、オリヴァーのアリバイを表記。そしてその場にいた人物も記し、その人物たちにも確認が取れた。そして逆に隙があったルイを問いただしたのだ。


『お前しかいないんだよ』


そう言って氷の表情をしたキルレインドナに、裁判官も、弁護人も、何も言えなかった。そして陛下が下したのは、部隊の最高責任者であるにも関わらず国宝たるキルレインドナ、そしてその側近であるオリヴァーを貶めた責からの重さだった。

それに伴い、部隊は大きく変わった。オリヴァーは完全に魔法部隊から離れ、キルレインドナの正式な側近、護衛として。そしてエワンダも近衛部隊から離席、オリヴァーの後に続いた。


「…………申し訳ございません」

「謝ってほしいわけじゃないよ。二人とも今は僕専属の護衛なんだから。監督不届きとかじゃないんだからさ」

「しかし……」

「しかしもなにもなーい」


紅茶を一口。そうしてからキルレインドナは改めて二人を見つめた。


「『お前たちは僕のもの』。そうでしょ?」

「…………全く」

「坊ちゃんには敵わねぇなぁ」


にやりと笑いながら吐かれた言葉に、オリヴァーは微苦笑、エワンダは笑顔で答えた。その様子に笑顔になり、キルレインドナは分かっているようで宜しい、と応える。


「……まあ、話がそれたけれど。そういう意味もあって陛下にはあまり近づかない方がいいかなって」

「うーん……でも逆に近くに居た方が、お二人の関係性を示せると思うんですが」

「まあ、それはそうだけれど。せめてエワンダとオリヴァーが結界内に入れるようになってくれれば、僕も安心できる…………」


そこでキルレインドナは言葉を切った。執務室の扉を見、そして溜息。


「…………今の提案、陛下に申告してみようかな」

「「え」」

「どうぞ、お入りください」


それだけ言うと、キルレインドナは軽く杖を振って扉を開ける。そこには今話題にした人物がおり、一瞬エワンダとオリヴァーは固まった。が、流石だろう、その一瞬後はすぐに片膝をついた。


「お久しぶりです、陛下」

「久しいな、キルレインドナ」


そう言い合うと、キルレインドナはすぐに扉を閉め、結界を再度張る。今度は先ほどよりも強くし、近くにあるソファーへと向かった。陛下もソファーへと足を向けると、当然(……なのだが……)のように堂々と座る。


「結界は強化させました。防音もほどごされております。どうぞいつものように」

「おお、ありがとうレイン。そちらの二人も、面を上げよ」

「「は」」


陛下がエワンダとオリヴァーに声をかければ、二人もそれに応え、そしてそのまま二人の側に立ち止まった。


「陛下、突然如何されました?」

「なぁに、ちょっと話を詰めたくてな」

「話、ですか」


言いながらキルレインドナは魔法を使って紅茶と茶菓子を用意する。それをエワンダとオリヴァーが口にし、毒味をさせた。いくら親しい間柄でも、これは必要事項だった。


「レイン、エワンダ、オリヴァー。その様な事はしなくて良い」

「しかし……陛下の威厳にかかわります」

「誰も入れない部屋なのにか?」

「それは……」


ごもっともだが。それとこれとは違う気がする。

うーんと唸るキルレインドナに、陛下は笑みを浮かべた。


「お前たちのことは信頼している。それで済ませよ」

「……では、お言葉に甘えます。ただし僕の部屋と中庭の時だけですよ」


流石にそう言われては何も答えられない。キルレインドナは肩をすくめてそれだけ伝えると、それで、と先を促した。


「話とは、どのことでしょうか?」

「お前も理解しているだろう。不穏分子が生じていることを」

「ええ、丁度その話をしていました」


言いながら二人は紅茶を飲む。キルレインドナは二杯目となるので、ゆっくりとしたペースだ。


「そうだ。そこで、私の近衛隊部隊長と、エワンダ、オリヴァー。計五名を今後私たちの会話に加わらせようと思う」

「え。」


思わず声が出てしまった。エワンダとオリヴァーも「は?」と口から出そうだったが、そこは耐えた。それを直ぐに察したキルレインドナは、のちに二人にご褒美を上げようと決意する。


「……失礼しました」

「良い良い、私が急に話したのが原因だ」

「有難うございます。……しかし、失礼ながら今度は『危険分子』が増えるのでは?」


こほり、と一つ咳をしてから、キルレインドナから申し出た。不敬に値する言葉だとは知っている。何せ陛下が信頼を置いている人物を疑っているという事なのだから。しかし陛下は逆に「だからだ」と続ける。


「今まで通り、もしくはもっと短期間で国の話をしたいと私は考えて居る。そして、近衛兵を入れる事で提言していくのだ」

「僕は逆に考えて居ました」

「それは悪い方向へと進みそうでな。何せ頭が悪い者ばかりだ。親しみがこれだけあるのだと示したい」

「しかしそうなると逆に僕たちに妬みがくる可能性が生じます」

「叩けば良い」


言われ、キルレインドナは目を見開いた。エワンダとオリヴァーもだ。

つまり、陛下は。


「…………絶対権力を使う、という事ですか?」

「軍事国家は名ばかりではやっていけない」

「ですが……いたずらに民に不安を与えてしまう事になってしまいます」


そう、不正を働けば叩く、つまり処刑するという事だ。それは関わった人間にも影響を及ぼし、その影響は国全体に広がるだろう。下手したらボイコット、最悪内乱が起こってしまう。


「私はね、キルレインドナ」

「はい」


改めて名を呼ばれ、佇まいを直す。そうして真剣な顔で陛下を見つめれば、陛下はふと微笑を浮かべた。


「……今のお前になら、王権を与えたいと考えて居る」

「………………陛下?」


どういう意味が含まれているのか、分からなかった。

色々な可能性が出てくる。自分が王権を握ったらどうなるか。反対する者もいるだろう。ひれ伏す者も、肯定する者もいるだろう。しかし何より、血を断ってしまうのでは。

そこまで考えて、キルレインドナは息を吸った。


「……まさか、王女と?」

「その通り」

「お待ちください!!」


流石にこればかりはキルレインドナも冷静でいられなかった。つまり、王女と契りを交わせと陛下は言っているのだ。


「僕は確かに陛下に、この国に仕えると誓いました!ですが、僕はそんなつもりで言ったつもりではありません!」

「落ち着け、レイン」

「落ち着けますか!陛下は祖父のように慕っております。ですが……」

「レイン様。とりあえず座られて下さい」


見かねたオリヴァーがそっとキルレインドナに声をかけた。それを耳にして、いつの間にか自分が立ち上がって反論を上げていることに気が付く。深呼吸を数回し、そしてゆっくりとソファーへと腰掛ける。


「驚かせたな」

「まったくです。第一、王女のお気持ちはどうなるのですか?陛下と王妃の、一個人としてのご意見は?」

「それがな、我がクロスクル家の総意なんだ」

「…………何ですって?」


思わず問い返した。総意?全員が?いや、全員なのだから総意という事なのだが、如何せん混乱している。


「後はお前の気持ち次第だ」

「…………ごめんなさい、話が早くてついて行けてません」

「それもそうだろう」


呵々と笑う陛下に、キルレインドナは若干の苛立ちを感じた。そんな軽くあっさりと言ってくれているが、事は壮大すぎる。


「そういう事だ。故に、その話を伏せていたとしても、側近は必要と判断した」

「…………」

「もとよりこうなる可能性は見えていた。婚礼云々以前の話しでもあるのだ」

「…………それは僕も、考えましたが……」

「それでは、近衛兵の話は合意だな」

「…………」


何も言えなくなった。それはそうだ。『キルレインドナ側』だけに有利にするのはもとより不可能。それは理解していた。だから冗談交じりで先ほどは申し立ててみようかと口にしたのだが。


「急ぎはせん。お前の方でも、ゆっくり考えよ」

「…………は、ぃ」

「では、邪魔をしたな」


それだけ言うと陛下は立ち上がり、颯爽と部屋を去っていく。慌てて扉を開いたエワンダの前には、控えさせていただろう、男性近衛兵が一人。そのものに一言声をかけると、今度こそ陛下はその姿を消した。

それを見届けた後、エワンダはそっと扉を閉める。瞬間、キルレインドナは結界を再度張りなおした。今度は本気だ。誰も入ってこない、防音により声も漏れない、そうして。


「あ――――――――!!何考えてんだあの人!!??」


今度こそ、叫んだ。


「レイン様……」

「坊ちゃん……」

「二人ともこっち!!こっちきて!!」


その反応に自分たちも叫びたいのだが叫べずにいれば、キルレインドナが近くに来いという。何事かと近づけば、キルレインドナはそのまま二人にしがみついた。


「あの人本当に何考えてんの!?僕が!?王!?はあ!?」

「ぼ、ぼっちゃん」

「僕が王の器に相応しいとか考えてるのあの人!?そうなの!?」

「あー、確かにレイン様は聡明ですからねぇ」

「同意しないで!!お願い!!」


ぐりぐりと頭をこすりつけて、キルレインドナは二人になだめて貰う。その反応は当然だろうと二人もキルレインドナの背中をぽんぽんと軽くたたき、そして頭を撫でる。


「無理に決まってるでしょお!?」

「うんうん、急にそんな話されたら困るよなぁ」

「そうだよ大体なんで僕!?国宝だから!?」

「陛下はそんな方ではないことは、レイン様がご存知でしょう?」

「そうだけど!!そうだけれども!!」


大体総意って何!?と続けるキルレインドナ。

それをなだめ、落ち着かせるのに優に一日を費やしたエワンダとオリヴァーは甘えて貰えたが内容が内容なだけに複雑な気持ちで過ごすのだった。



翌日。急遽休みにし、キルレインドナはお忍びでオルタンスの店へと赴いていた。


「……何だか、お疲れのようですね?」

「……ああ、うん、ちょっとね、色々あって」


キルレインドナは臥せっていた机から顔を上げて、ふぅと溜息を吐いた。


「それは取り敢えず置いておいて。ちょっとね、買いたいものがあるんだよね」

「どのようなご用件で?」

「街の様子はどんな感じ?」


オルタンスに対しても、キルレインドナは既に素を出すようにしている。それは彼にとって誠意を見せている意味も兼ねていた。それに喜び、そして成長していくキルレインドナを見てその度に泣かれて困惑はしたが、今ではその成りも落ち着いてきていた。


「そうですね……あちらの商品など如何でしょうか?」

「どんなものでもいいよ」

「ありがとう存じます。最近の街は陛下に対する不信感を抱くものが生じてきております」


矢張り、と頭を抱える。恐らくその原因は、自分なのだろう。色々な意味で。

昨日のことを思い出して頭を振り、それで?と先を促す。


「同時に『キルレインドナ様』に酔狂する者も生じていますね。あとは言わずもがなです」

「…………う――――ん」


そうなるかぁ。そうなるとやっぱり昨日の話を受けるしか収集はつかないだろう。矢張り危険分子だと親族含め処刑したこと、そして自分が国に貢献していることが原因なのだろうが。しかしそれも二年前の話だ。とっくに落ち着いていい話でもあるとキルレインドナは考える。


「オルタンス、貴方から見てその原因は何だと思いますか?」

「まずキルレインドナ様に関しては言わずもがな、国への貢献が大きいでしょう。そして陛下に関しては失礼を承知で申し上げますが、経済がゆがみつつあります」

「!」


それを耳にして、キルレインドナはぱっと顔を上げた。すぐさま先日と同じ結界を張り、店を見回す。


「ここに居る者は」

「貴方様と私のみでございます」

「店の上質な品を貰うよ。話して」


キルレインドナの雰囲気にただ事ではないと判断したのだろう。想像はしていたが、それ以上のようだ。


「私のような魔法具術を取り扱う店を含め、上客が多くなってまいりました。それと食材ですね。そちらの方も今調べてはいますが圧制がかかり国民が悲鳴を上げつつあります」

「食材については物価が高くなった?」

「ええ、収入源は変わりないかと存じます。移動する住民も増えているようで、人口も減りつつあります」

「……どういう事?報告書にはそんな事一言も……」

「……恐れながら……レイン様」


会話を交差させ、キルレインドナも大体の予想はついている。だが。


「戦が起きようとしているように思えます」


オルタンスから発せられると、その重みが増した。


「…………横着している原因か」

「何か情報が?」

「経理から金がないって言われていてね。僕の方も調べている最中だ」

「それでしたら、防具店に行かれるのが宜しいでしょう」

「…………そうだね」


それが内乱なのか、それとも外交国となのか。主防犯が何を目的としているかが問題だ。原因は陛下、自分。それが一番の候補だ。これは早急に調べる必要があるだろう。


「分かったよ。…………オルタンス」

「はい」

「この店のものはすべて僕が買い取る。意味は分かるね?」

「…………しかし……」

「確かに味方は多い方が良い。けれど貴方はまだ完全に僕に就いているわけじゃない。チャンスは今しかないだろう。……お願いします、オルタンス」


切実な願いだった。

今ならばまだ国外逃亡を諮れる。何事もなければ戻ってくればいい話だ。否な予感しかしない今のこの国で、危ない道を行かせたくない。それがキルレインドナの希望だ。


「…………いいえ、レイン様」


しかし、オルタンスはゆっくりと首を横に振った。


「今だからこそ、申し上げます。私は、貴方直属の部下となりたく存じます」

「オルタンス!!」

「レイン様。私は生まれた頃から貴方様を見届けてまいりました。途中不幸があったとはいえ、貴方様のおそばに居られるのがどれだけ幸せな事か」

「オルタンス、貴方の情報は正確だ。どれだけ危険な道を進むのか理解している?」

「承知のうえでございます。幸いにも、私には身内がもうおりませぬ」

「…………え?」


それを聞いてキルレインドナは目を見開いた。


「父はご存知でしょう。……母と、娘夫婦は先日召されました。……疫病も、この国にはあるようです」


がん、と頭を殴られた気がした。それならば。


「…………疫病に、内乱…………横着……お前、何故今までそれを黙っていた!?」

「申し訳ございません。私の家内が死亡した後、同じ症状で亡くなる方が続出していると医師から耳にしました。恐らくすでにレイン様には届いているものと……」

「お前は!?症状は!?法術部隊は何を………」


そこまで口にして、今度こそ口を閉ざした。


法術部隊。

そうだ、彼らが病院と連携を取りあっている。疫病の件に関しても、いくら数日前に疫病が発覚したとはいえ、火急の案件だ。キルレインドナや陛下の耳に届かないのが可笑しい。


「………あいつら……っ!」

「落ち着いてください。今からでもそちらの面は補えます。私には感染しておりません」

「待って。……『かの者を苛むものを取り除け。サナ』」


小さく低く呟くと、キルレインドナは杖を振るい、法術を発動させる。光があふれ、その光は大きく膨れ上がった後細く長く、そして細かくなってからオルタンスへと降り注がれる。癒し系の法術だ。初級の技でもあるが、キルレインドナが発動させれば最上級となる。正確、そして確実性を求めて詠唱を行った。

オルタンスは紫の瞳を閉じてそれを受け取ると、深く頭を下げた。


「有難うございます」

「いらないよ、そんな言葉。…………本当に良いんだね?」

「はい」

「支度はすぐに。共に法術部隊に向かう」

「承知しました」


それだけ交わすと、オルタンスはすぐに席を立ち奥へと進む。その間にキルレインドナは魔法を操り店にある魔法具をすべて空間魔法の中へと収納させた。念の為オルタンスのみが入るレジカウンターのものもすべて回収する。更に店の看板をクローズへと変え、カーテンを閉めた。結界があり、窓ガラスにも店内閲覧防止の加工がされていたとしても外から中をみようと思えば見れる。これでこの店が閉まった事は理解してもらえるだろう。


「…………情報量が多いだろうな」


オルタンスの裏の仕事、情報屋としての生業は頭の良さ、記憶力だけでは補いきれない。そう考え、オルタンスが通った店内裏のドアを開けた瞬間だった。


「……………オルタンス?」


目前で、オルタンスが吐血し倒れていた。魔法を使っていたため聞こえなかったのだろう。冷静に考え、急ぐ心臓と気持ちを整える。


「オルタンス!どうしたの、何が……」

「……レイン、様」


振り向かせオルタンスを抱きかかえたその瞬間だった。

急激に、視界が暗くなる。


「……っ、」

「申し訳ございません。ですが、私たちは、貴方様を失うわけにはいきませぬ」

「……る、たん…………」


名前を呼ぼうと、治癒法術をかけようとするが、間に合わない。



(…………ああ)


僕はなんて愚かなのだろう。

こんな足元に、『危険分子』がいただなんて。そして、こんな日に限り王宮から逃げるようにしてエワンダとオリヴァーを連れてこないだなんて。

後悔しても遅い。後から来る悔しみだから後悔なのだ。

キルレインドナはそのまま、意識を途切れさせた。



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