第4話
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、キルレインドナは魔法訓練場に居た。
「第三部隊以下に告げますが、全体的に集中力が足りていません。私やオリヴァーが居る事は忘れてください。そうでないといざという時後方支援の意味が機能しなくなります」
「「「はい!」」」
「第二部隊はさすがですね。合格です。ですが力の無駄な放出が見受けられます。もう少しコントロールできるように、例えば水魔術を使って五分以内に真ん中まで器を満たすなどというような訓練を行って下さい。基礎は大事です」
「「承知しました!」」
「第一部隊は文句なしですね。矢張り鍛えられているだけあります。ただ、そこの貴方……失礼ですが、もしや昇格したばかりですか?」
「自分、でしょうか?その通りです」
「では、貴方も第二部隊と同じ様な訓練を。若干乱れが生じています。完璧をこなしたいという気持ちも分かりますが、私たちは冷静に、落ち着いて行きましょう」
「精進いたします」
「とんでもございません。では休憩に入りましょう。オリヴァー、あとはお願いしますね」
「畏まりました」
それぞれの部隊にアドバイスを出したキルレインドナはそのまま後方に控えているエワンダの処へと身を下げる。耳を訓練兵の声に傾けながらそれを確認した後、オリヴァーは前へと進んだ。
「結構きついな……」
「だが基礎だからな。これをマスター出来れば全体の安定も図れる」
「しかしロットワンド様直々にとなると、やっぱり緊張するなぁ」
「でも魔法に関してはあの方に勝るものはいない。これは名誉なことだぞ」
「あんな子供だったとは思いもしなかったがな」
「だな。冷静に見分けていたし有難いが……これ、新しく入ってくる奴らが居たらきちんと指示に添えるかどうか不安だな」
「だな。その際には俺たちの時みたいにロットワンド様に実演を見せて頂くぐらいしか方法はないか?」
「そうだな。後は俺たちがきちんと指導できるかどうかだ」
「うへぁ」
そんな声が聞こえてくる。オリヴァーは漆黒の髪を揺らすと、すっと息を吸い込んだ。今いるメンバーでキルレインドナに反旗を催しそうな人間はいないことに安堵しつつ、声を上げた。
「では各自昼食を採りましょう!午後はキルレインドナ様がおっしゃった訓練を、第一部隊は隊長に訓練内容を任せます!」
「「「はい!」」」
その声を聴いた部隊は颯爽と昼食を求めて合同食堂へと向かう。その中で、オリヴァーは探し人を求めその集団の中へと入る。
「ルイ隊長」
「ん?ああ、オリヴァー。精進しているようだな。どうだその後は?」
己の本来の上司に声をかけ、オリヴァーは魔法部隊団長隊長の処へと小走りに近づいた。
「変わりありません。ただ、そうですね……ルイ隊長も危惧している事に頭を抱えております」
「ほう……」
その言葉に、ルイと呼ばれた初老の人物は伸びた髭を撫でる。これはオリヴァーの独断ではあったが、この人物ならば理解してくれるだろうという気持ちで胸は埋め尽くされている。その大きな理由は、この初老の体調の観察眼だ。以前オルタンスからもらったメモの中に、オリヴァーがそこまで意識していなかった貴族の名があった。その名をこの隊長はもしかしたら、と暗に警告していた。
「今度お食事を共にさせて頂きたく存じます」
「良いだろう、今度の休暇は何時だ?」
「四日後ですね」
「丁度私の休暇日でもある。前日の夜でも?」
「構いません。では、終わりましたらお声をかけさせて頂きます」
「ああ、待っている」
その会話を終わらせて、オリヴァーはキルレインドナの処へと向かった。じっと自分の後姿を見つめてくる団長の視線を受けながら。
その話題の主となったキルレインドナは、迷わぬ足取りで王族のみが入れる中庭へと向かっていた。エワンダはキルレインドナの一歩後ろを歩んでいる。
「レイン様、今日の実践はどうでしたか?」
流石に城内の公の場で『坊ちゃん』呼びはためらわれる。そのためにエワンダもキルレインドナの自室以外では愛称で呼んでいた。その言葉を耳に入れてキルレインドナはうん、と頷く。
「以前より確実に力をつけていますね。僕の言った事に疑問は抱いていないようで、安心しています」
「そりゃあ最初の実践であれだけの術を繰り出せば誰でもそうなるでしょう」
「やりすぎでしたかね?」
「あれぐらいがちょうどいいでしょう」
キルレインドナが最初にやったことは、部隊全員の全力総攻撃を無詠唱で防御結界を張り近づいていくという事。そして逆にキルレインドナが小さな魔術を放ち、瞬間移動して部隊を己が放った魔術から法術による結界で全員無傷にするというもの。小さな魔術と言っても、地形を変えるほどの威力だ。もちろん、それらも無詠唱だった。
そんなものを見せられては部隊も黙るしかなかった。感じた者は確かに小さな魔術と法術の正確な術式、そして膨大な魔力と法力だったのだから。
そんな会話を繰り返しているうちに、中庭の入口へとたどり着いた。そこから先は王族にしか入れないように結界が張られており、エワンダはそこでのちに来るオリヴァーと待機する予定になっている。
「では、行ってきます」
「はい、王宮とはいえ何が起こるか分かりません。レイン様なら大丈夫だとは思いますが、お気をつけて」
「分かっていますよ。常に結界は張っています」
それだけ交わすと、キルレインドナは中庭へと足を入れた。
中庭は定期的に開放し、庭師に手入れをさせたり、王宮に使える者を受け入れてストレス解消を目的にしている。その為整っており、数々の花々が満開となっていた。
その中を迷わず進み、中心部へと向かう。そこには休憩場があるのだ。そしてそこにいる人物を視界にとらえ、思わず歩みを速めた。
「陛下、お待たせしました」
「おお、よく来たな、レイン」
そこで優雅に紅茶を飲んでいた国のトップは笑顔を向けて紅茶をテーブルへと戻す。そのタイミングでキルレインドナも席へとたどり着いた。
「二週間ぶりです」
「もうそんなに経つのか。早いな」
「そういうものですよ、時の流れというものは」
「はは、お前に言われてはな」
「でも事実でしょう?」
「確かにな」
肩の力を抜き、お互いじゃれ合うように語り合う。キルレインドナが国王の前へと席に着くと、自動魔法で暖かい紅茶と茶菓子が生じた。これを生み出したのはキルレインドナではないのだが、この応用術を見て生み出した術者と是非とも語り合いたいと思っている。
「お変わりありませんか?」
「それはこちらの台詞なのだがな」
「僕はそうですね……ちょっと、成長できた気がします」
その言葉を聞いて国王はふっと笑むと、そうかと呟きもう一度紅茶に口付ける。それに倣い、キルレインドナも紅茶へと手を伸ばした。
このような時間を設けるようになったのは、キルレインドナが王宮にやってきた三日後だった。最初は夜にキルレインドナが就寝している部屋にやってきて何事かと思ったが、二人だけの時間を成るべく短期間で作りたいと言われたときは驚いた。
エワンダとオリヴァーには国の事で会話をすると話しているが、実際はそうではない。本当に二人だけで、日常茶飯事……まあ、結果として国の在るべき姿の話になるのだが……の会話をしている。
「そのようだな。以前より表情が豊かになった」
「そんなに変わりましたか?僕は特に気付かないですし、表情筋が動いている様には思えません」
「いいや、お前は変わってきているよ。私の望む方向にな」
「どういう意図でしょう?」
「以前から伝えているだろう。お前には自由な選択をしてほしいと」
キルレインドナがこの国に使えようと自身から思えるようになったのは、エワンダとオリヴァーの事もあるが、この国王との二人きりの時間が理由ともいえる。このようにキルレインドナに対して一個人としてみてくれているのは、ロットワンド家から解放されて常にある。そして陛下に使えるのは、その『枠』に再び入ることを意味する事も理解しているつもりだ。
それでも、このように時間さえ設けて貰えるようであれば。そこにエワンダとオリヴァーがいれば。これ以上を望むものはなくなってきた。
そう思えるようになったのも、陛下と二人のお陰だろう。
「陛下、僕はもう既にお伝えしているつもりです。今の僕はこの国に人生をささげたいと」
「そう言って私が返す言葉も分かっているだろう?」
「…………すみません、そこまではお気持ちを理解する事がまだ出来ません」
陛下がいつも返す言葉は『息子はそれで死んでいった』という言葉だ。この国には継続者が三人いた。だが今は王女一人だけとなったのだ。第一王子、第二王子の二人は戦死している。相手は海賊だった。
このアラン大陸はここクロスクルと、クレイムド、フォルトゥナ、レパンニという四ヵ国で出来上がっている。その中でも唯一海に面しているのはクレイムドだ。クレイムドはクロスクルに作物と宝石を、そしてクロスクルは武器防具を利用して貿易している。
唯一の軍事国家でもあるこのクロスクルだ。手を握りあっている国が危険にさらされれば臨時で軍を送る事もある。その結果が二人の王子の死だった。
今も昔もそれが故意なものなのか否かは不明だ。ただ、死だけが存在していた。妃はそれを受けて病み、静養している。もう五年は経つ話だ。
「良い、それを求めるつもりもない。だが理解はしてもらいたいのだ。お前には過酷な事かもしれないがな」
「……はい」
「そうだな……エワンダとオリヴァーはどうだ?」
「はい?」
「もしくは、これは私の希望だが私でもいい。例えば今あげた三人が伏せたら、お前はどうする?」
「…………伏せる…………あの、最悪の意味ででしょうか?」
「最悪な意味でだ。そして、それが故意的なものだったら」
想像力を働かせろ、と陛下は続ける。それを見聞きして、キルレインドナは深呼吸をしてから考える。
死亡。
エワンダと、オリヴァーと、陛下が。
父のように。母のように。あの従兄のように。
だが死は死でしかないのではないのだろうか?生あるものはいずれ死に至る。それが自然の原理だ。それ以上でも、以下でもないのではないのだろうか?
理解はしている。だが、なんだか心が落ち着かない気がする。
死亡。
死。
死ぬこと。
もう、二度と会えなくなること。
もう二度と会話できなくなること。
もう二度と。
何も残らなくなること。
「…………心がざわついているような気がしますが、矢張り今の僕には分かりません」
「……そうか。まあ、急かした私も悪かったな。何事もタイミングだ」
「……すみません」
「謝るでない。それに、良い傾向でもあるからな」
そう言いつつ陛下は笑みを浮かべる。それに関してキルレインドナは首をかしげるばかりだ。その様子に、再び陛下はキルレインドナへと視線を向けた。
「心がざわつくように感じるのだろう?」
「はい」
「なら、それは良い傾向だ」
「これが、ですか?」
「ああそうだ」
それだけ言い合うと、無言が落ちる。
これが良い傾向なのだというのだろうか。この、落ち着かない感じが。
しかし、矢張り考えてみてもキルレインドナには分からなかった。
「……落ち着かない感じは、良い傾向なのでしょうか」
「ああ、その通りだ。今はそれでいい」
「そう、ですか」
「ああ。考えてくれているという事だからな」
「考えている?」
「そうだ。『生死』という事について、そして私たちのことについてな」
そういわれてしまえばそうなのだろう。だが。
「生死については兎も角、陛下やエワンダ、オリヴァーの事を考えるのは当然では?」
今度は陛下の方が度肝を抜かれた。一瞬目を見張ると、今度こそ声を出して笑いあげる。
「いやいや、そうか、そうか…………」
その反応に何か変な事を伝えたのかとキルレインドナは疑問を抱く。だが、それに関しても答えは出てこなかった。
「お前に、幸あれ」
最後に笑顔でそれだけ言った陛下の瞳は、深くて読み取れなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エワンダ、オリヴァー」
「はい?」
「何でしょう?」
自室に帰り、二人が部屋を出て廊下で待機しようとした時を狙ってキルレインドナは声をかけた。
「…………僕が、陛下やお二人の事を考えるのは可笑しなことなのでしょうか?」
「「!?」」
何がどうしてそうなった。
二人が動揺している間にも、キルレインドナは不安そうな瞳をたたえている。
それにいち早く気が付いてオリヴァーは息を小さく吸い込んだ。
「……レイン様」
「はい」
「今日は陛下と何かお話をされたのですか?」
「…………」
無言は肯定だった。エワンダも頭をかき、キルレインドナの様子を見つめる。
二人は既に陛下とキルレインドナの味方に付くと心に誓っている。だからこそ、その二人がどのような話をしてどのような関係になるのかは口出しできない状態だ。
「宜しければ、内容をお伺いしても?」
オリヴァーが躊躇いながら伺えば、キルレインドナもどこか言いにくそうにしつつも口を開いて行った。
「……その……」
「はい」
「…………陛下から、『生死』について尋ねられました。それで……」
そこで行き詰まり、キルレインドナは三拍ほど置いてからもう一度口を開いた。
「僕には、まだ『生死』について良く分かりません。ただの自然の原理だと考えて居ます。けれど、それを陛下に伝えたら、陛下と、お二人がお隠れになってもかと問われました」
何て率直な。思わず顔を見合うエワンダとオリヴァーだ。ただ国の在り方についての話しだけではなく、こんな話もしていたとは思わなかった。どうりでいつも時間がかかると感じていたわけだ。
「そうしたら、その……何とも言えない気持ちになりました。自然の原理でもある。それも理解している。けれど、気持ちがざわつくような気がしました」
再び、二人は驚愕した。
「その時に陛下は『考えてくれている』とおっしゃいました。けれど、陛下と、エワンダと、オリヴァーの事を考えるのは、可笑しなことなのかと……」
途端、二人はぐわっと湧きあがる感情を何とか抑えるので精いっぱいだった。
つまり、キルレインドナはそれに対する感情を完全に得ていないとはいえ、自分たちに対しては得つつあるという事だ。
何という事だろう。キルレインドナに仕えて半年。まさかここまで変化があるとは思わなかったし、何より自分たちに対してそう思ってくれているとも考えつかなかった。
「「…………」」
「……エワンダ?オリヴァー?」
そういえば何時からだろうか。自分たちを呼び捨てで呼ぶようになったのは。
気付けば、知らぬ間にキルレインドナは成長していた。自分たちが近くにいすぎたのかもしれない。近すぎるということは、場合によっては気付きにくい事があるのだから。
「……矢張り、可笑しいのですか?」
「いいえ、いいえ違います。レイン様」
「有難うございます、坊ちゃん」
「?」
二人はすっと膝を折り頭を垂れる。右手は胸元へとやり、キルレインドナに向けて全身で感謝の意を示していた。
「?」
それを行われても良く分からないのが今のキルレインドナだ。どうしていきなり二人が誠意を見せてきてくれたのか、理解が出来ない。
「我らキルレインドナ様の側仕え」
「今後も貴方様の為、陛下の為にこの命を懸けましょうぞ」
「え?」
その言葉にキルレインドナは矢張り理解できていないのだろう、目を瞬かせる。それでいい、と二人は思った。徐々に成長を遂げている。
それでいい。ゆっくりで良いのだ。それにより、キルレインドナが幸せを感じてくれれば。そのためには、自分たちは生涯キルレインドナに仕えるべきだろう。護衛として、見守る者として、そして見届ける者として。
「エワンダ?オリヴァー?」
「……坊ちゃん、それは成長しているんですよ」
「?これが、成長ですか?」
「左様です。……いつの間にか、大きくなりつつあるのですね」
「……そう、なのですか……」
「「はい」」
二人が顔を上げ、笑顔を見せる。それを見て、キルレインドナはもう一度瞬いた。そうして。
「……そうだったら、良いですね」
初めて、微笑というものを浮かべた。
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