第11話
『レイン様。私は何時でも、貴方様と共に』
誰かに何かを言われた気がした。ぬくもりを感じる。こうして目覚めるのは何時ぶりだろうか。静かに瞳を開ければ、天蓋は閉まったまま、しかし隙間から光りが漏れているところから、恐らく日は高くなっているのだろう。
ついつい寝付いてしまった。そう思うが、何か違和感を感じる。
なんだったっけ?
そう思いながら起き上がると、左手にぬくもりを感じた。先ほどから感じていたのはこれだったか。そう思いぼんやりとした頭で視線をぬくもりの先へと勧める。
そこには座りながら眠っている王女がいた。
「……ソフィア、姉さま?」
「…!!」
小さく声をかければ、王女は身体を起こしてキルレインドナを見つめる。
「レイン様……!」
「……どうしてここに?」
「……無事なら良いのです。それだけで、私は……!」
そう言いながら王女はキルレインドナへと抱き着いた。何が起こったのかと目を白黒させている間に、バッと昨日の事が思い出される。
『レイン様』
「……ぁ、あ……」
「……レイン様?」
無意識に震えだす身体。それを抑えようと試みるが、それは出来なかった。
オリヴァー。
オリヴァー。
オリヴァー。
「……っオリヴァー……!!」
「レイン様っ」
「ソフィア様、如何なされましたか!?」
天蓋の外で待機していた女性護衛が直ぐに反応する。そちらを見てソフィアはすぐにエワンダとオルタンス、場合によっては医師を呼ぶようにと指示を下した。
「姉さま、姉さま、エワンダとオルタンスは!?二人は無事ですよね!?姉さまも無事ですよね!?陛下は!?僕、僕の、僕のせいで……!!」
「違います!!落ち着きなさい、レイン!」
ぴしゃりと言い切り、王女はグイっとキルレインドナの両頬を両手で包み込み、瞳を合わせた。既にキルレインドナの瞳は潤んでおり、そんな表情に王女は胸を痛める。が、ここで伝えなければならないことがあった。
「レイン様、貴方の責ではありません。ですが、覚えておいてください。時に犠牲はつきものなのだと。その実態がこれです」
「そんな犠牲、僕はいらない!!」
「彼の死を無駄にすると言うのですか!!」
涙を流し叫ぶキルレインドナに、大声で王女も応える。その言葉にひゅっと息が吸い込まれる音がした。
「レイン、勿論あなたも辛いでしょう。しかし辛いのは貴方だけではありません。エワンダ、オルタンスを含め、父上も母上も、そして彼の家族も辛いのです。ですがこれを戦場と考えてください。それが父上がレインに伝えている事です!」
「…………」
「……厳しい事を言ってごめんなさい。…………悲しむな、嘆くな、と言っているわけではありません。それでも……ごめんなさい。貴方の為を想って伝えます。これが、王家になるという事なのです」
「……ぅ、ひっ」
ぐっと抱きしめてくる王女。その暖かさに涙腺が再び緩む。だが、今度は静かなものだった。
「坊ちゃん!」
「レイン様!」
そうしている間にエワンダとオルタンスの声が外から聞こえる。王女はもう一度キルレインドナと瞳を合わせると、そっと身体を放した。
「レイン様、今はやりたいようにやっていい時間です。存分に」
「いいん、ですか……っ僕、ぼくは……っ」
「先ほどもお伝えしたでしょう。我慢する必要は、今はないのです」
それに背中を押され、キルレインドナは軽装のまま天蓋の外へと飛び出した。目前に来ていたエワンダとオルタンスは驚くが、しかしそのまま三人で抱きしめ合い、屈みこむ。
「ぅあ、うあああああ……!!」
「……坊ちゃん」
「レイン様……」
明るいキルレインドナの部屋には、見守る者が数名。その中で、キルレインドナは王女に言われた通り、素のまま、あるがままに感情にゆだねる。
これが、キルレインドナが初めて大声を出して悲しみに泣いた日だった。
オリヴァーの訃報は、瞬く間に広がった。嘆き悲しむ者、キルレインドナを心配する者、批判する者、反応は様々だ。後任に指名されたのは矢張りノアであり、彼もまた、就任するときには少々目元を赤くしていた。
「キルレインドナ様……」
「…………うん」
ノアがキルレインドナに挨拶に来た時、その時もお互いぎこちない空気があった。
「……僕の監督不届きだ、君には僕を責める資格を持っているよ」
キルレインドナが落ち着いたのは、つい先ほどだった。午前中は涙にくれ、午後になって落ち着いた頃にノアは現れた。ノアはそれを耳にして、強い後悔の表情になる。
「……昨晩は、急遽食事の場を設けられた。そしてオリヴァーがそれにより策略に嵌ったと聞き存じています」
「うん」
「……何故、という気持ちが強いです。何故食事の場を設けられたのか、それも中には含まれます。ですが……それよりも、何故オリヴァーが狙われたのかと。しかし単純に考えれば行きつく答えです。キルレインドナ様を狙わず敢えてオリヴァーを狙ったのは、回復役を叩くため」
「うん」
「しかしこうして私がオリヴァーの席に就くことになりました。つまりは意味のない攻撃です」
「うん」
「そこに充てる疑問がとても強いです。……私なりに考えた答えは、敢えて周りの人間を殺すことでキルレインドナ様を追い詰めるように仕組んでいるようにしか思えなかった」
「…………」
「一番の被害者はオリヴァーです。……誰もが辛い。そして、それはキルレインドナ様も同様です」
そこまで聞いて、キルレインドナは瞳を閉じた。ノアは、キルレインドナを責め立てるような人物ではなかった。せめて罵倒してくれれば、キルレインドナもまた少しは救われたかもしれない。しかしそれはノアが赦さなかった。
「オリヴァーの意志は私たちが継ぎます。……キルレインドナ様、お気を確かに。オリヴァーもそれを望むでしょう」
「…………うん」
責めるようなことはしない。しかしそれが自分に科せられた罪だ、とキルレインドナは考えて居る。ノアの言う通りだ。何故昨日食事会をしたのだろう。それさえなければオリヴァーは助かっていたかもしれない。
小さな、初めての、自分の為の誕生会。確かに自分を追い詰めるには、もってこいの場だった。
頭の回転が少し良くなったように思える。
「……ノア」
「はい」
「……僕はね……オリヴァーの事が、本当に大切で、家族であり、信用と信頼を兼ね備えた兄のように思ってるんだ。……それは今でも変わらない」
「……はい」
「……陛下が今までどうして罪人を処刑してきたか理由が分かったよ……だからこそ言うよ。僕は即位する」
「レイン様!?」
その言葉に驚いたのは、キルレインドナの後ろに控えていたエワンダだった。陛下と同じ考えを持つようになってしまったのかという不安の声に、キルレインドナは手をひらりと回すことで抑え、異なると伝える。
「陛下のように罪人を処刑する事はよっぽどでない限りしないよ。生きて罪を償わせる。それが一番の刑だと思っている。もがき、苦しめばいいさ。だから即位し、権力をさらに得る。それが僕に出来るオリヴァーへの弔いだと思うんだ。…………ノア、オリヴァーの暗殺に関して協力してくれるね?」
「勿論でございます」
「今はそれだけで充分だよ…………僕は、僕の立ち位置を甘く見ていた。それが学べたのは、オリヴァーのお陰だから。彼の意志と死は無駄にしない。絶対に」
それだけ言うと、キルレインドナは瞳を強く輝かせぐっと拳を作った。
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