第10話


「――――!」

「オリヴァー?」


団欒しつつ食事を楽しんでいた最中、突如としてオリヴァーが立ち上がった。

そのままオリヴァーは口元を抑えつつもう片方の手で杖を握るが、それはするりとすり抜け、そしてオリヴァーも大量の血を吐き出しながら崩れ落ちた。


「オリヴァー!?」

「オルタンス、医者を。坊ちゃんは回復法術を」

「はっ」


オリヴァーのその状態に反応し、キルレインドナは立ち上がりエワンダは冷静に指示を出す。オルタンスが早急に退出し、キルレインドナも指示に従い後方に立てかけていた杖を持ち法術を放ちながらオリヴァーへと近づいた。


「オリヴァー!意識はある!?」


膨大な法力を放ちつつ、キルレインドナはオリヴァーへと声をかける。しかし微動だにしない。

何が。

一体、何が起こった?

どくどくと耳の裏で心音が聞こえる。焦るな、落ち着けと自身を窘めつつ、キルレインドナは回復を試みる。どこが悪い?食事に毒か?回復法術は間に合うのか?

そんなキルレインドナの肩を握りしめ、エワンダはそっとオリヴァーの首元へと手を伸ばす。その動作に考えたくもない可能性がある事を、知っていた。


「……え、えわ、んだ……」

「坊ちゃん、集中してください」


震える声に対して、エワンダはただそれだけを伝える。自分は傍にいる、大丈夫だと抱かれている肩から伝わってきた。瞳をぎゅっと閉じ、キルレインドナは深呼吸をして再び意識を集中させた。


「『かの者の生命の力を蘇生させよ。サニタテム』!」


サナよりもずっと強い回復法術だ。詠唱を起こし、力をさらに強くして発動させた。オリヴァーを中心にして円形の魔法陣と球体が生まれ、そのままパァンと弾ける。そのまま光りはきらきらと小さく散らばり、また集中した後オリヴァーの元へと降り立つ。それとほぼ同時か、近衛兵とオルタンスが医者を連れて戻ってきた。


「状態は!?」

「…………」

「オリヴァー!!聞こえる!?反応して!!」


医者の声に無言になるエワンダ。代わりにとキルレインドナがもう一度声をかける。しかし、グイっと引っ張られキルレインドナは立ち上がらせられた。エワンダだ。


「坊ちゃん、邪魔になってしまう。下がりましょう」

「僕以上の法術使いがいるか!?」

「医者以外に検診できる人物がいますか!?」


キルレインドナの叫びに、エワンダも大声で返す。それにびくりと肩をすくませると、無言になった。オルタンスはその間に料理や食器類に探索魔法をかける。


「…………エワンダ……ねぇ、エワンダ……」

「……声を荒げて、済みませんでした」

「エワンダ!ねえ…………エワンダ……」


先ほどからエワンダには影がある。それを察して、キルレインドナはさらに震えあがった。そうすれば、ぐっと強く肩を抱え込まれた。


「…………」

「……ねえ、僕の法術……無駄じゃないよね?」


ざっと顔から血が引く。震えが止まらない。つい数分前まで笑いながら話をしていたのだ。目前にいたのに、何故。


「僕、僕が、居るのに、」


そこまで言って、違う、と脳内で否定が入った。


「僕が……僕が、居たから……?」

「坊ちゃん!」

「レイン様、お気を確かに」


思考が悪い方へと進んでいく。それに連れて自責の念が強まる。エワンダとオルタンスはこのままではいけないと抱きしめたり背中を撫でたりするが、キルレインドナはそれをされるのを否定した。

全身でエワンダの腕から抜け出し、一歩距離を取る。


「待って、ねえ、まって……」


混乱が混乱を生じさせている。ちらりと横を見れば、医者は何かを近衛兵に伝えており、その者はすぐに立ち上がって部屋から出て行った。

そのまま静かに検診を続けるが、しかしやがて口元をぬぐい、オリヴァーの身体を仰向けにさせると、わずかに開いていた瞳をそっと手で閉ざした。


「…………おりばー?」

「……」

「……致死量の毒薬です。苦しまずに、一瞬だったでしょう」


がん、と陶器で頭を強く叩かれるような衝撃が走った。制御できなくなった力がぶわりとあふれ、辺りを圧迫させる。


「……オリヴァー。起きて。命令だよ」


ゆっくりとオリヴァーの元へと歩み寄る。しかし誰も何も言えず、また動けなかった。


「オリヴァー。ねえ、オリヴァー?僕の法術を否定するの?」


『そんなことありませんよ。貴方の魔力も法力も、この国、いいえこの大陸随一なのですから』


そんな返事が頭に浮かぶ。笑顔と共に発せられるはずの発言が、しかし目の前に横たわっているオリヴァーが否定する。否定し続ける。


「おりば…………」

「坊ちゃん、すみません」


耳元で何かが聞こえたと思ったら、首の後ろに衝撃が走った。何もわからないまま、キルレインドナはただただ意識を飛ばすのだった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇


がらりと杖が床に落ちると同時に倒れるキルレインドナの身体を受け止め、エワンダはどうしてこんな事になったとしゃがみこむ。

気絶しているキルレインドナは体質なのか華奢だ。その小さな身体をぐっと抱きしめ、その場にうずくまる。近くにオルタンスの気配がやってきて、キルレインドナの両手を握りしめた。


「……レイン様…………」

「……毒は、どこに?」

「……食事です。レイン様を抜かした全員が狙われていたでしょう」

「オリヴァーを先に叩かれたか」

「恐らくはエワンダ様の仰る通りかと」


料理の運ぶ順序は決まっている。先にキルレインドナ、その後にオルタンス、オリヴァー、エワンダだ。このメンバーで食事を共にするのは初めてであり、即席で配られる順番も決まった。キルレインドナが最初なのには変わりがない。あとはオリヴァー、エワンダ、オルタンスだ。そうなると順番を確認おり、尚且つどの皿が誰に届くかを把握している人間が犯人になるだろう。しかも回復法術が使えるオリヴァーが狙われた。徹底されている。

上げられるのはメイド、調理部、そしてここまでの道筋ですれ違った近衛兵。

王宮の中でも王族が時折使うようなゲストルームを使っての食事だった。魔法であればオルタンスも含め、キルレインドナ、オリヴァーも気が付いただろう。毒殺とは古典的だが確実的だった。そこまで考えると、ふとエワンダは顔を上げた。釣られてオルタンスも同様にオリヴァーの亡骸を見つめる。


「…………馬鹿野郎、お前が死んでどうすんだ……」

「…………」


一つ涙を流せば、オルタンスも目元を伏せ、喪に付した。





「して、レインは?」


騒動を聞きつけ詳細を申し出よと陛下に勅命を受けた。それに嘘偽りなく話せば、陛下はキルレインドナの様子へと伺う。


「刺激が強すぎると判断し、恐れながら休ませております」

「外傷はないのだな?」

「はい」


エワンダが頭を垂れながら伝えれば、陛下は一つ溜息を吐いた。


「……お前たちには伝わっていると思うが、明日キルレインドナの即位を広める予定だった」

「……はい、お伺いしております」


今度はオルタンスが重い口を開いて応える。エワンダもそうだが、オルタンスも声のトーンは低い。


「今のレインの様子からしてそれは難しいと思うか?」

「恐れながら」

「オルタンスと同意見にございます」

「だな……私も同じだ。お前たちにも辛い思いをさせた」


言われ、ぐっと喉の奥を詰まらせる。特にエワンダへの精神的ダメージは大きいだろう。明日には知れ渡るオリヴァーの死は、好敵手だと言っていたノアの元へもたどり着く。彼も嘆き悲しむことだろう。


「今日はゆっくり休め。私の近衛兵をキルレインドナに付ける。各自好きなようにするが良い」

「「はっ」」


陛下からの慈悲に、二人はゆっくりと立ち上がって重い足取りのまま陛下の前から下がった。


「……エワンダさん」

「…………何だ」

「……少し、この老いぼれに付き合ってはくれませぬか?」

「……いいぜ」


ゆっくりと歩む足取りの中、恐らく二人が考えて居るのは同じだと察す。


「とりあえず俺の部屋でいいか?」

「勿論です」


エワンダの部屋はキルレインドナの部屋の右隣だ。左隣にオリヴァーの部屋、そしてその奥がオルタンスの部屋だった。距離的に何かあった時駆けつけられるのはエワンダの部屋だ。オルタンスは異論なくうなずく。


「……先に」

「……あの」


無言の後、声が発せられたのは同時だった。二人は思わず顔を上げ、互いを見つめる。そうして行動も一緒だったかと思い至る。


「……坊ちゃんの処だな」

「はい」


二人して疲れた笑みを浮かべ、先にキルレインドナの元へと向かうのだった。



「!エワンダ様、オルタンス様……」


キルレインドナの部屋の前には、陛下の言っていた通り近衛兵が二人立っている。その二人にエワンダは軽く手を上げる。オルタンスがキルレインドナ様のご様子は、と静かに問いかけた。


「起きた気配はありませぬ」

「王女が見舞われております」

「王女が?」

「……私たちが中に入っても?」

「勿論です」


会話を交わし、静かに扉が開かれる。キルレインドナはベッドの上で横になっており、その傍らにいた王女がぱっと顔を上げる。王女の後ろには護衛だろう女性が一人、そこにいた。


「エワンダ、オルタンス」

「……失礼ながら。夜更かしはお身体に触りますよ」


静かにオルタンスが伝えれば、王女は首を横に振る。


「レイン様の事を考えると……とても眠ることなど……」

「…………そうですね……」

「貴方たちの方は怪我はないのね?」

「はい、無事です」

「良かった」


それだけ言うと、王女は再びキルレインドナに視線を投げる。それに倣い、二人もゆっくりとキルレインドナに近づいた。深い眠りに入っているのだろうが、それでもあふれ出る魔力と法力にオルタンスは眉間に皺を寄せる。


「……力の制御ができていませんね」

「……しろって言う方が酷だろう」

「ええ、そうですね」


それだけ言うと、オルタンスはそっと胸元からアンクレットを取り出した。首から下げる物で、人差し指一本分の筒の形をしている。


「それは?」

「力を吸収させる魔法具です。まだ試験中ですが、試してみる価値はあると」


それだけ言うと、そっとキルレインドナを起こさぬように首へとつける。すると微かな光がその筒へと集まって行った。


「これで少しは負担が減れば良いのですが……」

「……レイン様…………」


王女はその間もキルレインドナの手を握りしめ、ずっと様子を伺っている。その様子に、梃でも動かないことを察した。


「……王女、俺たちは隣の部屋にいます。何かあったら」

「はい。任せます」


それだけ伝えると、二人はもう一度部屋を出る。その瞬間に、キルレインドナの顔色を窺えばあどけない、けれども血の気の引いた表情がそこにある。


「……エワンダさん」

「ああ」


オルタンスが声をかけ、それに応えて二人は改めてエワンダの部屋へと入り込む。入った瞬間に魔法により光がともり、ぱっと明るくなった。


「「…………」」


扉が閉まってから、オルタンスは無言のまま結界魔法を張る。エワンダもカーテンを閉め、そうして光魔法の力を弱くして部屋全体を薄暗くした。


「意図的だったな」

「確実に」

「思い当たる家はあるのか?」

「…………私の騒動に乗っかった貴族が居るかもしれないと注意を払っていましたが……逆に静かすぎたのです」

「…………」

「強いて言えばフローレス、カルカト……あたりでしょうか」


言いながらオルタンスは促されてソファへと座り、エワンダは棚からグラスを三つと瓶を取り出した。


「……フローレスとカルカトか」

「ロットワンド反勢力ですね。視野を広げれば他国にまで幅が広がってしまいます」


テーブルの上へ置いたグラスの中に同量の酒を注ぐと、エワンダはオルタンスとその横、空いている部分へとグラスを置く。オルタンスが来てからいつも配置はこうだった。


「…………俺たちも、自分を守らなければならなくなったな」

「……はい」


それだけ言うと、二人はグラスを手に取り、きんきんっと空席のグラスへと軽くたたきつける。そうして一気に煽り、エワンダはだんっと叩きつけながら、オルタンスはグラスを握りしめながらうつむいた。


「……くしょ……畜生……!!」

「…………貴方様が先に逝かれてどうするのですか。私の方が先に逝くはずなのに。どうして…………逝かれたのですか」


エワンダはボロボロと、オルタンスは静かに涙を流す。ここならば、我慢をしなくていい。


「本来なら私の方があの時に逝くはずだったのですよ。それをレイン様も、エワンダさんも、貴方様も許して下さった。こんな愚かな私を、傍に置き、信用してくれた。……そんな優しき貴方様が先に逝かれるなど、言語道断です」


エワンダは涙を止めない。オルタンスは言葉を止めない。


「レイン様はどうなさるのです?レイン様の心の成長は、あなた方お二人がいてこそ。共に在ると誓ったではありませぬか。レイン様と、この国と、共に」


それを違えてどうする、と窘める。だがそこにいるはずの人物は何も返さない。

返さない。

返さない。

返してくれない。


「……オリヴァーさん……」

「……絶対見つけ出してやるからな。んで、俺たちが叩く。お前の穴はノアに頼むことになるだろう。だから……それまで、ここに居ろ。全部見届けてから、天界へ迎え」


とうとう話すことがなくなり、名前を一度だけ口にした。その後をエワンダが引継ぎ、涙をぬぐい、空席を見つめる。


「それでいいな、オルタンス」

「勿論です。…………私もさらに情報収集と魔法具の研究を続けます。少しでもレイン様とエワンダさんの役に立てるように」

「俺もレイン様とオルタンスを護るために、全力を出す。情報に関しては気付いた点があったら遠慮なく言ってくれ」

「分かりました。強化魔法に挑戦してみますので、エワンダさんもよろしければ私にご指摘いただければと思います」

「了解した」


言い合うと、今度はお互いのグラスをくっつける。そして再び酒を入れて一気に煽り、二人は決意を共にした。


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