photograph.01 ≪6月8日≫
「
昼休み、友達と机を囲んでお弁当を食べていたときのこと。
教室に戻ってきた
「あげないわよ」
「ちょっとだけ。からあげだけでいいから」
「いやそれメインのおかずなんですけど!」
「けち」
「蹴っ飛ばすわよ?」
中学生活が始まって三か月。
入学式の日に彼、
最初の自己紹介の際、クラス全員が注目する不穏な空気の中で、むしろ自分から進んで周囲を見回しながら、親の都合で県外から引っ越してきたこと、バスケが得意だということ、最近おじいさんからすごいカメラを貰って写真を撮り始めたことなどを落ち着いた口調で語った彼は、次の日からクラスの注目の的になったからだ。
周防くんに興味を持っていたのはクラスのほとんど全員だったらしく、きっかけさえあればと、彼の周囲はあっという間に人だかりで一杯になった。
数日間はクラスメイトたちの怒涛の質問攻めに合っていたが、それらにひとつひとつ丁寧に答える彼は、いざしゃべってみれば話がとても上手く、誰とでも分け隔てなく接する性格で、クラスの人気者になるまでにそう時間は掛からなかった。
その代わりではないけど、隣の席の私はと言えば毎回あまりにも人が集まってくるせいで落ち着いて休み時間を過ごせなくなってしまい、次々来るクラスメイトをブームが収まるまで散らし続けなければいけなくなってしまったわけだが。
そのお陰もあってか、今ではこうして割と気軽に接することが出来ている。
「はぁ、一個だけだからね」
「さんきゅ」
私のお弁当からプラスチックの串ごとさらったからあげを頬張ると、彼は片手をあげて他の席にいる友達のところに帰っていった。
にゃろ、ただおかず盗みに来ただけか。
その背中を本当に蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、食事中なので自重した。
席に戻った彼は他の男の子たちに何やらからかわれていたが、なんでもないことのようにあしらって、自分のお弁当を広げ始めていた。
うちの中学では給食ではなくお弁当持参スタイルで、席も好きにしていいので食事中も仲のいい友達とおしゃべりが出来る。
他の中学のことはわからないが、給食で席も決まっていた小学校のときよりも、なんとなく私はこの時間が好きだった。
「ねぇ彩花ってさ、周防くんと仲いいよね」
向かいの席で一緒にお弁当を食べていた
慌てて口許を手で押さえつつ智紗をにらんだが、彼女の視線の先は周防くんに向けられていた。
彼女、
耳が少し隠れるぐらいのショートカットが似合うとても可愛らしい女の子だ。
どちらかと言えば男の子に交じって遊ぶことの多かったやんちゃな私と、常に一歩引いたところで私をフォローしてくれる面倒見のいい性格の智紗は、お互い相性が良かったのかも知れない。
小さな喧嘩をしたことは何度もあったけど、それでもずっと一緒に過ごしてきた。
私にとっては一番の親友だ。
「そういうこと言わないで。ただ部活が一緒ってだけだから」
「そお? 割と仲良さそうに見えるけどなぁ。むしろクラスの女子の中では一番じゃない?」
確かに席が隣同士なこともあって、あれから周防くんとはよく話をするようにはなった。
部活だって男女で別とは言え、同じバスケ部だ。
まだ彼との距離を測りかねている他の女子たちに比べれば、そんな風に思われても仕方ない。
でも正直言うとその手の話題はあまり嬉しくなかった。
というのも、周防くんは現在クラスの女子人気が急上昇中なのだ。
他の男子たちよりもちょっと高い身長、比較的整った顔立ち。
バスケ部で期待されてる新人ということもそれに拍車を掛けている。
さらに言えば、中一男子とは思えないぐらい落ち着いた態度。
これだけモテる要素があれば彼のことが気になる女子が増えるのも
「そうだとしても、私は他の女子にやっかいな目つけられたくないの」
そう、やっかみだ。
私も含めて今はまだ、女子たちの中で彼と特別仲良しになった子はいない。
なりたいと思っている子はたくさんいるみたいだけど。
だからさっきぐらいの会話程度であからさまな敵意を向けられるようなことはないと思う。
ただそれもそのうちどうなることかわからない。
三年間も同じ空間で毎日生活していれば、本気で好きになる子の一人や二人出てきてもおかしくはないのだ。
女の嫉妬なんてめんどくさいことこの上ない。
だから私は予防線を張る。
「それに、バスケ部の中にも周防くん狙ってるって子がいるから大変なんだよ?」
「まあ確かに。部内でギクシャクしちゃうのやだもんね」
「そうそう。だから私は周防くんとそういう風に見られたくないのです」
「はいはい、わかったわかった」
智紗は昔から、こんな風にこちらがきちんと話せば素直に聞いてくれる性格だった。
私は自分が元々、人とぶつかりやすい性格をしているという自覚がある。
物事の好き嫌いがはっきりしていて、自分が正しいと思ったことは後先考えずにそのまま口に出してしまうのだ。
そのせいで小学校ではよく喧嘩もした。
もちろん相手が男の子であってもだ。
そんな私と違って、智紗はまず相手の話を聞くことから始める子だった。
何が嫌なのか、どうしたいのか、どうすればいいのか。
相手の言いたいことを時間を掛けて辛抱強く聞き出し、自分の言いたいことを丁寧に説明する。
そうして話している内に、なんだかんだお互いの着地点を上手に見つけてしまう。
私も何度も智紗に話を聞いて貰ったっけ。
そんな彼女だからこそ、六年間もずっと友達でいられるんだろうなと思ってしまうのだ。
その代わり怒らせるとほんとに怖いんだけど。
「でもそう言えば、何でバスケにしたの? 彩花、ピアノとかも上手だったのに」
「言ってなかったっけ。中学にあがったら運動部に入ろうって前から決めてたの」
「あー確かに言ってたかも。元々運動得意だったもんね。足も速かったし」
「それもあるけど、たぶんお姉ちゃんの影響が大きい……かな」
「
「うん……」
幼馴染の智紗は当然知っているが、私には二つ年上の姉がいる。
ここではないエスカレーター式の私立の中学に通っている、妹の私から見ても美人でスタイルもよくておまけに頭もいい、完璧なぐらい完璧な姉。
「美咲さんってバスケ部なの?」
「全然。むしろ部活はやってないんじゃないかな、養成所あるし」
「養成所?」
そんな姉は小さいころから将来役者になるのが夢だった。
小学校の途中あたりから両親の計らいで、俳優養成所に毎週子役のレッスンのために通っている。
舞台志望だからテレビにこそ出たことはないが、養成所の定期公演で舞台に上がった姿を、両親と一緒に何度か見にいったことがある。
私立の中学を選んだのも、公立よりはそういう特殊な環境に理解があるからということをお母さんから聞いたことがあった。
「すっごい!未来の芸能人だ」
「あんまり大きな声で言わないでね。まだなれるかどうかもわからないからってお姉ちゃんにも釘さされてるし」
「そうなんだー、でも本当になれたらやっぱりすごいね」
きらきらと目を輝かせた智紗とは対照的に、私は内心複雑な気持ちだった。
姉が将来芸能人になるかもしれない。
それは妹としてもとても嬉しいことだと思う。
しかし同時に、大好きな姉が遠くに行ってしまったようで、少しだけ寂しさを覚えてしまう自分がいるのも確かなのだ。
地元の公立中学に進学すると決めたのも、部活を文科系ではなく運動系にしようと決めたのも、どちらも相談なしに勝手に私立中学への進学を決めた姉への、ささやかな抵抗なんだと思う。
そう考えると、自分はなんて子供なんだろうと自己嫌悪で落ち込みそうになった。
「でもじゃあなんでバスケ部?」
「あー……それはまあ、なんとなく」
はぐらかしてみたつもりだけど、いまいち納得していない智紗を後目に、私は紙パックの牛乳をすすることにした。
さすがに今の話の流れ的に、周防くんの自己紹介でバスケ部もいいなって思ったから、なんて言えるわけがない。
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