photograph.03 ≪6月22日≫

「たまには泣いていいんだぜ、周防すおう

「面白い冗談だな、矢野やのちん」


 周防くんと矢野くんを含む六人の男子が、お互いに火花を散らしながらにらみ合っている。

 今にも取っ組み合いのケンカが始まりそうな剣幕に、クラスのみんなが固唾を飲んで見守っていた。

 目の前の光景に、私は穴があったら今すぐ隠れてしまいたい気分だった。

 何故こんなことになっているのか。

 それは帰りのホームルームが始まったときのこと。


 来週行われる校内球技大会の参加分けを岩崎いわさき先生が発表すると、クラス中の男子たちが一斉に叫び出した。


「「よっしゃぁぁぁーーーー!!」」


 大きな歓声が廊下にまで響き渡る。

 机を叩く人、椅子に上る人、席を離れようとする人。

 先生の制止も聞かず、興奮して盛り上がる様子に正直うんざりした。

 はぁ……仕方ない。

 

 ――パン!

 思わず立ち上がって、両手を叩いた。


「はい男子! 騒ぐのはあと! 先生困ってるでしょ」 


 男子たちの視線が私に集まる。


「委員長が怒った」

「んだよ、椎堂しどうに叱られたじゃんかー」

「お前がでけー声だすからだろ!」

「うっせ! お前もじゃん!」


 口々に文句を言いながらもしぶしぶ着席していく。

 静かになったわけじゃないけど、さっきよりはましになった。

 まったく、たかが球技大会でなにをそんなにはしゃいでるんだ。

 子供かっての……。

 私も着席すると、机にひじを立ててため息をついた。


「椎堂さんかっこいいね」


 そう話し掛けてきたのは後ろの席の松川まつかわさん。

 中学になってからよく話すようになった子だ。


「どうも。まったく、うちの男子ってほんとバカばっか」

「騒ぎすぎだよねぇ。でも今みたいにはっきり言えるのすごいと思う! 尊敬しちゃうなぁ」

「そんなことないって。ただのクラス委員だし」

「私だったら絶対むり。頼まれても言えないよぉ」


 そう言って松川さんはキラキラした目で私を見る。

 妙な期待されても何も出ないんだけど……。


「それにしても、球技大会ってそんな大事なイベントかしら」

「んー、男子にとってはそうなのかも? やっぱりクラス対抗戦だし。椎堂さんは違うの?」

「私は別に。体育の延長って感じ」


 運動するのは好きだけど、あそこまで大騒ぎする気にはなれない。


「椎堂さんなら何でもできちゃいそうだもんね。けどやっぱりバスケ?」

「まだ決めてない。こういうのって同じ競技の部員は参加しちゃダメとかあるんじゃない?」

「あそっかー、どうなんだろ?」


 ちらりと前を見ると岩崎先生が五つの種目を板書し終わっていた。

 フットサル、バスケットボール、バレーボール、ドッジボール、卓球。

 白南はくなん中の球技大会は男女混合だから、このどれかから選ばなくちゃいけない。

 せっかくだし、やるなら部活以外の種目がいい。

 それにきっと、彼はバスケを選ぶだろうから。

 黒板を眺めながら私はそう考えていた。


「他のでも全然いいんだけどね。バレーなんて面白そうだし」

「そうなの? 私はてっきり、椎堂さんは周防くんと一緒にバスケにするんだろうなぁって思ってたから」

「はい!?……なんでそこで周防くんが出てくるのよ」


 頭の中を覗かれたみたいで、うっかりへんな声を上げてしまった。


「え? だって同じバスケ部だし、二人って仲良いでしょ? だから一緒に出たらきっと息ピッタリなんだろうなぁって」

「たまにちょっかい掛けられてるだけで、周防くんとは別に何もないから」

「そうかなぁ? 絶対仲良いと思うんだけど。それに椎堂さんって可愛いから、向こうも気になってるとか?」

「ちょ、松川さん!……声っ……」

「あ、ごめん。つい……」

「だいたい私可愛くないからね? ガサツだし、女の子らしくないし」

「えー、そんなことないって。十分可愛いと思うよ」

 

 あーもう!

 女子はそうやってすぐ誰かとくっつけようとするから困る。

 そういうのに興味ないって言ってるんだけどなぁ。

 私は部活に生きるって決めたんだから!

 でも、他の子たちにはどう映っているんだろう……。

 自分では予防線を張っているつもりでも少し心配になってきてしまう。


「……本当にそんなんじゃないんだから……」


 そんな会話をしていると、隣の周防くんが突然すっと手を挙げて立ち上がった。


「どしたー、周防」

「その種目の部活に入っている人でも同じ競技に参加出来るんですか?」

「あぁ、一年生は部に入っていても大丈夫だぞ。ちなみに二年からは駄目だけどな」

「よしっ」


 先生の答えに周防くんは小さくガッツポーズすると、はにかむような笑顔で私を振り返った。


「椎堂も出るよな? バスケ」

「え?」


 その笑みに心臓が跳ねる。

 もしかして今の会話を聞かれていたのだろうか。

 それとも偶然?

 割と小さい声で話していたつもりだったけど、もし聞こえてたとしたら……。

 私は別の意味でどきどきしてしまった。


「え!? なになに? 椎堂さんバスケにすんの? じゃあ俺も!」

「は? お前ずりーぞ! 抜け駆けすんなし!」


 すかさず他の男子からも手が上がる。

 たちまち教室が再びざわつき始めた。


「ちょ、待ちなさいよ! 私まだバスケにするなんて言ってないんだけど!」

「椎堂バスケうまいんだし、いいじゃん!」

「どうせ女子入れなきゃいけないしなぁ」

「そうそう、ならバスケ部の女いれよーぜ」


 男子たちの勝手な言い分に少しだけ頭に来た。


「あんたたちねぇ!」

「……迷惑だった?」

「……っ!」


 周防くんの一言に、男子たちに反論しようとした言葉が詰まる。


「そう……じゃないけど……」

「ならいいじゃん。バスケ優勝しようぜ」

「…………」


 そういう言い方されると断りにくくなる。

 私だって内心は周防くんとプレーするのが嫌いなわけじゃない。

 最近は早朝に一緒に練習するのも悪くないなって思うようになってきた。

 でもそれは誰にも内緒だからであって、クラスの中ではやっぱり彼と適度な距離を保って置きたいのだ。

 何でそう思うのかは、自分でもまだ良くわからないけど……。


「よかったね椎堂さん♪」


 松川さんの追い打ちに、私はそれ以上強く主張することが出来なくなってしまった。


 黒板に、次々と希望者の名前が書き込まれていく。

 ほとんどの種目は何事もなく埋まっていたが、結局バスケだけは希望者が定員オーバーになり、男子だけでじゃんけんをする流れになった。

 ちなみに女子は私と智紗の二人。


「よろしくねぇ。私一度でいいから彩花と一緒にバスケしたかったんだぁ」

「うん。よろしく、智紗」


 教室の前に出ると、こっそり無邪気な顔で笑いかけてくる。

 言われてみれば、これだけ一緒にいるのに智紗とバスケをした記憶はなかったかもしれない。

 大丈夫だよ。

 これから先、体育の授業で嫌というほど一緒に出来るから。

 というツッコミは、心の中に仕舞しまっておくことにした。

 私はこの子が立候補した理由に、なんとなく気づいてたから。

 流れで登録することになったこと、きっと心配してくれたんだろうなって。


 そんなこんなで冒頭の状況に戻るわけだけど……。


「知らなかったな。矢野ちんがそんなに椎堂とバスケしたかったなんて」

「はぁ!? ちっげーし!!」


 バスケ部の二人が相変わらず言い争っている。

 矢野くんは周防くんとは対照的に分りやすいやんちゃ系の男の子だ。


「それにしても彩花は人気者だねぇ」

「智紗までやめてってば……」

「まぁ私は見慣れてるからねぇ、こういう光景」

「見慣れてるって何よ」

「知らないのは本人だけってことだよぉ」


 意味深な微笑ほほえみでごまかされた気がする。

 釈然としないまま檀上に集まった他の男子たちを見ると、それぞれが腕まくりをしたり柔軟をしたり合わせた握りこぶしを覗き込んだりしていた。

 その様子はさながら真剣勝負だ。

 何が彼らをそんなに熱くさせているのか、さっぱり理解出来なかった。


「辞退しろよ、バスケ部だろ」


 周防くんが自分もバスケ部なのを棚に上げて矢野くんを挑発した。

 珍しく学ランの上着のボタンを外してる。

 首元からワイシャツの白が覗いてちょっとかっこいい。

 いやいや、そうじゃなくて!


「ふざけんな、お前にばっかいい恰好させてたまるかよ」


 矢野くんも負けじとこれに応戦。

 他の男子にしても同じような反応で、私は妙にそわそわする。

 おかしいな、これってただの球技大会の種目決めだったと思うんだけど……。


「いいからお前らとっと決めろ」


 小気味良い音が岩崎先生の声とともに二人の頭に響く。

 こうして出欠簿による無慈悲むじひな合図で、六人の男子たちが意地と誇りを掛けてぶつかり合う――っていうのは大げさだけど、じゃんけんの火ぶたが切って落とされた。


「「じゃーんけーん――――」」


 もちろんたかだかじゃんけんなので、決着はすぐ着いた。

 今回矢野くんにじゃんけんの女神は微笑まなかったようだ。

 結果として彼は、もう一人の男子とともに他の競技に回ることとなった。


「くっそぉぉぉ!」


 パーの形の手を反対の手で握りしめた矢野くんの、悲痛な叫びが教室に響き渡る。

 勝った周防くんの方はというと、チョキの手のまま振り返り、勝負の行方を見守っていたクラスメイトたちにニヤっと余裕の表情を浮かべた。


 そのVサインが、どことなく自分に向けられたもののような気がして、私はずっと心が落ち着かなかった。

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