photograph.04 ≪6月29日-1≫

「「周防すおうくーん! がんばってー」」


 熱気溢れる体育館に女子たちの黄色い歓声が響く。

 球技大会は思ってたより本格的で、大きな盛り上がりを見せていた。


「次は決めろよー!」

「そこだぁ! いけいけー!」


 私たち一年二組の初戦は第三試合から。

 相手は二年生のクラスだった。


――キュキュッ! ダーンッ!


 バッシュが上げる鳴き声に乗せて、ボールが床を叩く。

 リングを外したそれをリバウンドでキャッチした私は、勢いに任せて相手チームの奥深くまでドリブルで切り込んだ。


「――っ! そこっ!」


 そうはさせじと足の速い男子が追い付いて目の前に立ちふさがる。

 体格の差でこれ以上の強引な進出は難しい。

 ならばと一瞬の判断でフェイントから無理やりシュートに入ろうと見せかけ、左側へボールを落とす。


「周防くん!!」

「任せろ」


 まるでわかっていたかのようなタイミングで駆け込んできた彼は、それをワンバウンドでキャッチすると教科書のようなレイアップで見事にゴールを決めた。


――ピピーッ!


 ゴールと同時に試合終了を報せるホイッスルが鳴る。

 スコアボードは私たちの勝利を告げていた。


「ナイスパス、椎堂しどう

「周防くんもナイッシュ」


 駆け寄ってきた彼と軽くハイタッチを交わす。

 集まってきた他の男子たちとも同じく勝利を祝った。


「おつかれー彩花あやか。すごかったよぉ」

「ありがとー」


 スポーツタオルを渡してくれた智紗ちさにお礼を言ってそれを受け取る。

 この試合、智紗は前半に交代したあと控えに回って貰っていた。


「退屈じゃなかった?」

「ううん全然! 私も彩花見習って頑張らないと」


 そう言って両手でぎゅっと握りこぶしを作る。

 相変わらず智紗は真面目だ。

 バスケ自体は初心者かもしれないが、彼女は運動神経がいいのでそれほど心配してない。放課後のクラス練習だって結構いいプレーをしていた。


「次の試合何時だっけ?」

「第八試合だから十一時五十分からだね」

「結構時間あるわね……。どうする? フットサルでも応援いく?」

「そうしよっかぁ。矢野やのくん張り切ってたしねぇ」

「じゃあ私ちょっとお手洗い行ってくるから出口で待ってて」

「わかったぁ」


 智紗と別れ体育館の女子トイレに向かう。トイレから出ようとしたとき別のクラスの女子たちの話が聞こえてきた。

 

「ねね、二組の2番の人ちょっと格好よくない?」

「あ、少し背の高い人でしょ? わかるー」

「そうそう! 名前なんだっけ?」

「クラスの人から周防くんって呼ばれてなかった?」

「周防くんかぁ。いいなー二組。うちのクラスの男子ってガキばっかだもんねー」


 手にしたスポーツタオルで顔を拭う。

 ……周防くんの噂。そりゃそうか、あれだけ活躍してれば。

 さっきの試合、二年生相手に周防くんはクラスの得点の半分以上を奪った。小学生からバスケをしているだけあって素人とは比べ物にならないぐらい上手だ。それにルックスもいいから女子が見たらキュンと来てもおかしくない。


「おまたせ智紗」

「じゃあいこっかぁ」


 周防くん、明日からきっと学年中の人気者になるんだろうなぁ……。

 私は少しだけモヤっとした気分になった。


   *


「フットサル惜しかったねぇ」

「まあ相手三年生だし、頑張った方だと思うけどね」

「矢野くん悔しそうだったね」


 サッカー部員の少ない一年二組のフットサルは二回戦で負けてしまった。

 息巻いていた矢野くんも得点を入れてはいたが、結果は2対5。上級生相手ならしかたないのかもしれない。

 そんな話をしながら体育館に戻る途中、話題に上がった矢野くんとすれ違った。


「おーい矢野くぅん!」

「試合見てたわよー!」

「――っと! 小林と椎堂か。あー、カッコわるいとこ見せちまったな……」


 二人で声を掛けると矢野くんは立ち止まってばつが悪そうに目を逸らす。


「ううん、そんなことなかったよぉ。点入れたところとかすごかったし」

「お、おう。……次はそっちの試合だろ? 今から応援いくわ」

「ありがとぉ。えへへ、活躍するよぉ!」

「――っぷ。活躍って、小林バスケ初心者じゃん」

「ひどーい! これでも一生懸命練習したんだから平気だよぉ」

「ほお、ならちったぁ期待してやろうか」

「なにそれぇ。矢野くんはエラそうだなぁ」


 たぶん落ち込んでたであろう矢野くんをさりげなく元気づける智紗。

 本人は無意識なのかもしれないが、ほんとこの子は周りを明るくしてくれる。

 そういうところが大好きだった。


 バスケ第八試合準決勝。私たちにとっては二回戦目も周防くんの活躍でゲームは有利に進んでいた。


「小林! 落ち着いてこっちパス!」

「――はいっ!」


 味方メンバーに的確な指示を出しながら得点を重ねていく。

 智紗もまだぎこちなくはあるけど持ち前のポジティブさでチームに貢献していた。


「いいじゃん。ちゃんと動けてる」

「ホントぉ? ありがとぉ」

「すげー良くなってきた。センスいいな小林は。バスケ部でもやっていけるんじゃないか?」

「そうかなぁ? 周防くんお世辞も上手だね」

「別にお世辞じゃないぜ。バスケのことで嘘は言わないし」

「そう言われると自信でちゃうなぁ、あはは」


 第二クォーターを終え、戻ってきた智紗と周防くんがベンチで笑い合っている。

 いい雰囲気だな……。結構お似合いな気がする。

 二人の雰囲気を横目で見ながらそんなことを思った。

 智紗は昔から私と一緒にいることが多かったせいか、そういう浮ついた話をほとんど聞かない。けど同性の私から見ても外見性格どちらも十分可愛い。

 小学校の男子たちは彼女の魅力に気付かなかったみたいだけど、周防くんならわかってしまうんじゃないか。

 もし智紗が彼と付き合ったりしたら……。

 唐突に名前のない感情がチクリと胸を刺した。

 って何を考えてんのよ! これじゃあ松川さんと一緒じゃない。

 すぐに誰かとくっつけたがる私も、なんだかんだで女子なんだろう。

 少しだけ自己嫌悪に陥った。


 試合は佳境。第四クォーター。

 このままの流れでいけばそう簡単に逆転される心配はない。


「任せてっ!」


 ボールを受け取った智紗が段々様になってきたドリブルでゴール近くまで一気に走り込む。


「無理するな小林! フォロー!」

「大丈夫っ! えいっ!」


――ダンッ! キュッ! バシィッ!


「……あっ」


 放たれたシュートを弾き飛ばそうと、相手チームの男子が半ば強引に智紗に合わせてジャンプ。次の瞬間、空中で二人の体が激しく接触した。


――ドタンッ!!


いたっ!」

「智紗ぁ!!」


 上級生に弾かれた勢いでコート上に倒れこむ智紗。

 私はベンチで立ち上がり、思わず大きな声を上げてしまった。

 チームメイトたちが慌てて智紗に駆け寄る。


「大丈夫かっ!?」

「あはは、ちょっと頑張りすぎちゃったかなぁ――ぃつっ!」


 笑いながら立ち上がろうとした智紗の顔が苦痛に歪む。

 両手で左足首を押さえていた。


「おま、足捻ひねったんじゃないか?」

「イタそぉ」

「こ、これぐらいへっちゃらだよぉ」

「無理して笑うな。いいから、座ってろ」


 周防くんが審判にタイムアウトを要求して、私に駆け寄ってきた。

 後ろで接触した男子が智紗に謝っているのが視界に入る。


「椎堂、いけるか?」

「私は平気だけど智紗は!?」

「誰か呼んで保健室運んで貰う」

「そんな……」


 たぶん私は相当真っ青な顔をしていたんだろう。

 それを見た周防くんが申し訳なさそうな表情をした。


「悪い……、小林に怪我させた」

「あっ……ううん。周防くんのせいじゃないし」


 今のはどう見ても相手選手が悪い。なんで彼が謝るのだろう?

 そんな疑問がよぎったが、智紗のことが気になってそれ以上は深く考えなかった。

 結局彼女は保健委員の女子たちに肩を貸して貰いながら退場することになった。


「ごめんね、彩花。最後まで一緒にできなくて」

「ううん、気にしないで。智紗の分まで頑張るから」

「ありがと。……期待してるね」


 体育館を後にする智紗を見送ってから私はコートに入る。


「椎堂……」

「周防くん、この試合だけは負けられないから」


 真剣なまなざしで彼を見据える。

 自分が怪我したせいでチームが負けたなんてことになったら、あの子はきっとすごく気にするだろう。

 そんな思いを智紗にはさせたくなかった。


「……そうだな。絶対勝とうぜ」


 そう言って軽く上げた彼の右手を、私は力いっぱい叩いた。

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