photograph.05 ≪6月29日-2≫
第4クォーターの短い時間の中で、いくつもシュートを決めた。
いくらバスケ経験があると言っても相手は男子。しかも二年生だ。
普段だったらたぶんこんなに上手くはいかなかった。
「ラスト!
「やあぁぁぁっ」
気合で強引にこじ開けたスペースから、私は最後のシュートを放った。
正直、終了間際の数分間のことは無我夢中であまり覚えていない。
気が付くとホイッスルが鳴ってた感じだった。
「ハァハァ……よかった」
肩が大きく揺れて、自分の声がうまく聞き取れない。
スコアボードでクラスの勝利を確認して、ようやく現実感が戻ってきた。
大きく息を吐くと周りにチームの男子が集まってくる。
「すげぇな! めっちゃ震えたわ!」
「さすが椎堂! やるじゃん!」
「やっぱバスケ部は一味ちげーわ!」
口々にプレーを褒め称えてくれる彼ら。
それに応えようと息を整えるが、上がった呼吸はなかなか落ち着いてくれなかった。
「ハァハァ……あり、がと。みんなも、すごかったわ……よ」
ようやくそれだけ口にすると、体からふっと力が抜けるのを感じた。
あ、やばい。崩れる。
「っと、大丈夫か? 椎堂」
「あ……れ……?」
膝からかくんと落ちる瞬間、私は近くにいた周防くんに支えられる形になった。
彼の腕が腰辺りに触れている。かすかに汗の匂い。
頬が彼の胸に当たっているのを感じ、私の意識は急激に覚醒した。
え!? いま私、抱き寄せられてるっ!?
「ご、ごめん! ありがとうっ! もう平気!」
慌てて両手で彼から離れ、私は大き目に距離を取った。
とっさのできごとに心臓がバクバクと飛び跳ねている。
運動したあとのとは違うどきどき。顔がものすごく熱い。
「そうか? 顔めっちゃ赤いけど」
「大丈夫だからっ! わっ、わたし智紗のとこ行ってくる!」
「お、おう? わかった。いってら」
「ついでに保健室で氷貰ってくるから心配しないで!」
まくしたてるようにそう言うと、彼の顔も見ずに私はコートを飛び出した。
保健室までの間、頭の中でぐるぐると周防くんの顔が回る。
さっきのは事故で、純粋に心配してくれたのはわかってる。
わかってるけど! なんなのよもう! ナチュラルに抱きしめるなぁ!
――バンっ!
勢いよく保健室の扉を開けると、足に包帯を巻いた智紗がベッドの上に座っていた。
「びっくりしたぁ、
「なんでもない!」
私はずかずかと中に入り込み、適当な椅子にどかっと座り込んだ。
顔の熱はしばらく引きそうになかった。
*
「あなたクールダウンしなかったでしょ? 軽い貧血ね。少し休んでいきなさい」
保健の
一旦教室に戻り、智紗と私のお弁当を取って来る。決勝戦はお昼を挟んで午後に行われるため、保健室で食べてもいいと許可を貰ったのだ。
「足、大丈夫?」
「足首の
「そっか、そんなに酷くないみたいでよかった」
「準決勝勝ったんでしょ? あーあ、最後まで一緒にやりたかったなぁ」
残念そうに天井を仰ぐ智紗。
「決勝は智紗の出番なかったかもよ?」
「あ、ひどーい! 私が足手まといみたいな言い方!」
「なんて冗談。智紗のお陰だよ、準決勝勝てたのも」
彼女が途中退場したことを気にしないように茶化してみたけど嘘じゃない。
実際、初心者である智紗の頑張りにチーム全員が影響されていた。
「それにしても周防くん、大活躍だったねぇ。さっき保健委員の子にも名前教えてって言われたんだよぉ」
「名前ねぇ……。そんなの自分で
私は口の中のプチトマトをぷちっと
プレー中も周防くんを応援する声はたくさん聞こえていた。
主に女子からの、だったけど。
「なんか元々どこかのミニバス選手だったみたい。そりゃ上手なはずよね」
「そうなんだぁ、すごいねぇ。人気者になるわけだぁ」
「そうね。だから私も明日からあんまり近づかないようにしないと」
「えぇ、どうしてぇ?」
不思議そうな表情の智紗。
「前にも言ったでしょ。人気者と仲が良いなんて思われてもめんどくさい。ミーハーって言われるのも嫌だし」
私は出来るだけ興味のない態度で返事した。
さっきみたいなことで他の女子に誤解でもされたらたまらない……。
「そうかなぁ。そんなに気にしなくていいと思うけどぉ。んー彩花って周防くんのことになると、なんからしくないね」
「えっ!? べ、別にそんなことないわよっ」
智紗の言葉に平静を装っていた心臓がまた跳ねる。
「普段なら、私が誰と仲良くしようが私の勝手でしょー! って言うでしょ?」
「うっ……」
確かに智紗の言う通りだった。
私は彼のことになると、どこかおかしい。
なぜだかいつも通りに振る舞えない。
だから予防線を張る。距離を取ろうとする。
他の女子にやっかまれたくないなんてのは、言い訳だ。
「気のせい……だから……」
「彩花?」
智紗が目線を逸らした私の顔を覗き込んでくる。
――ガラッ
「ういーっす! 小林元気してっかー?」
「こら、保健室で大声出すな」
「あー、二人ともやっほぉ」
「す、周防くん!……と矢野くん」
大きな声とともに二人の男子が保健室に入ってきた。
周防くんの顔を見た瞬間、体育館での出来事がフラッシュバックする。
恥ずかしさで彼の顔がまともに見られない。
「なんだ小林、思ったより元気そうじゃーん」
「しばらく動いちゃダメって言われたけど、全然へっちゃらだよぉ」
智紗と矢野くんの会話の横で、私は視線を逸らしたまま俯いた。
周防くんが近付いてくるのを感じる。
「保健室行ったきり戻ってこないから心配した。大丈夫か?」
「あ、うん……伊藤先生に言われて休んでただけ。もう大丈夫」
「ふらついてたもんな。昼もう食ったの? って今食ってんのか」
「ううん! もう食べ終わるとこ!」
気恥ずかしさに下を向いたまま、少しだけ残ってるお弁当を慌てて片づけた。
私の様子を
「ねぇ、矢野くん。私がいない間に体育館で何かあった?」
「ん? 何もねぇけど……。強いて言えば倒れそうになった椎堂を、周防が捕まえてやったぐらいか?」
「ふふーん、そっかそっかぁ。倒れそうになった彩花をねぇ」
「智紗ぁ!」
「私なにも言ってないよぉ」
絶対へんな誤解してる! あの目はそういう目だ。
智紗には後でよーく言って聞かせないと!
「ところで矢野くんはなんでビブス着てるのぉ?」
「これか? にひひ、あとのお楽しみだぜ!」
「
「あっ! 周防てめぇ! 試合までバラすなっつったろーが!」
「アホか。ビブス着てんだからすぐバレんだろ。それに言わないでどうやって作戦会議するんだよ」
二人のやり取りを見ていたら、なんだか自分だけが妙に意識してたみたいで、さっきまでのことがどうでもよくなってきた。
「あはは、二人ともウケる。それにしてもよく許可下りたわね」
「あったりめーだろ! 周防にばっかいい恰好させねぇって言ったからな!」
「今回は特別だってさ。怪我人出たからって」
「じゃあ矢野くんには私が怪我したことを感謝して貰わないとね」
「バカ言え。小林の怪我の分、今度は俺がきっちり活躍してやんよ」
茶化す智紗に、矢野くんが真剣な表情で答えた。
彼なりに智紗のことを心配してるんだと思うと、なんだか嬉しい。
「うん、ありがとね♪」
「お、おう……」
矢野くんに向けられた智紗の無邪気な笑顔に、心なしか彼の顔が赤くなった気がした。
「あれあれ、矢野くんもしかして照れてる? 意外と可愛いとこあるじゃん」
「照れてねーし可愛くもねーよ!」
「うちの智紗はそう簡単にはあげないわよぉ?」
「そういうんじゃねぇから! つかいらねぇよ!」
私たち四人は昼休みが終わる時間まで、そうしてふざけあって過ごしたのだった。
*
「そらよ! 周防!」
矢野くんの乱暴なパスが、空いたスペース目掛けて飛んでいく。
そこにマークを外して駆け込んだ周防くんが、ボールをキャッチしてすぐさまシュートを決める。
ゴールと同時に体育館に歓声が沸き起った。
決勝戦。三年生相手に私たち一年二組はほとんどワンサイドゲームに近い試合運びをしていた。
矢野くんがポイントガードになることで周防くんの動きが自由になり、チームの得点力が格段に上がったからだ。
「矢野ちんパス雑すぎ」
「お前ならなんとかいけんだろーと思ったからな」
「よく言うぜ……」
軽口叩きあってるけど、二人の連携はすごい。
基本的に矢野くんが後ろから的確にパスを供給して、周防くんがそれを確実に得点に繋げる。
周防くんが上手なのは知ってたけど、矢野くんがここまで司令塔をこなせるとは思ってもいなかった。
人は見かけに寄らないものだ。
「カットしたらソッコー!」
「了解!」
私だって二人に負けてられない。相手のミスからドライブで深く切り込んでいく。
三年生男子は正直怖い。体つきも大きいし、力だって私より強い。それでもスピードなら負けてない!
――ダンダンッ! キュッ!
「椎堂うしろ!」
背後からの声に私は素早くボールを離す。
「わかってんねぇ!」
そのボールは走り込んできた矢野くんの手に渡り、そのままゴールへ吸い込まれていった。
「矢野くーん! ナイスシュートだよぉ!」
大きな声に矢野くんがガッツポーズを返す。視線の先には決勝戦をベンチで応援したいと言った智紗がジャージ姿で座っていた。
「張り切っちゃって」
「あいつ調子に乗ってるときは冴えてるからな」
「あはは、言えてる」
なんてわかりやすい。周防くんの言葉に思わず笑顔かこぼれた。
楽しい。
最初は球技大会なんて体育の延長ぐらいにしか考えてなかった。
バスケだって元から選ぶつもりなんてなかったのに。
だけど今は、心からバスケにして良かったと思った。
ゴール下までボールを運んだ周防くんがシュート態勢からノールックで後ろにパスを出す。
「椎堂いけ!」
「決めろ!」
「彩花!」
正面でそれを受け取った私は、ゴールに向かって全身で高く跳んだ。
右手を離れたボールがゆっくりと宙に弧を描く。
それは着地するまでの短い時間だけ、キラキラと輝く宝石のように私には見えたのだった。
球技大会バスケットボールの部は、一年二組の優勝で幕を閉じた。
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