かすかなあかり
夜のアーケードの片隅にギターケースを広げ、アコースティックギターを抱えて歌うことは、あの頃の僕の習慣だった。
通り過ぎる人もいれば、立ち止まって聴いてくれる人もいる。
そんな時、僕はいつもより少しだけ気持ちを込めて歌った。
そうすると不思議なことに、その歌は僕以外の誰かの心に届くような気がした。その時だけは自分が特別な存在になれたように思えた。
そしてその中には、君もいた。
若々しい空気を振りまく君がそこにいると気づいた瞬間から、僕の心はざわめきだしていたんだと思う。
君は僕の歌を真剣に、胸に刻むように聴いてくれていた。だから僕も、君のために歌を届けようと思った。
事情というのは重なるもので、君がアーケードにやってくる頻度は次第に少なくなっていった。「忙しくて」と彼女は言ったけれど、本当の理由はわかっていた。
当時高校生だった君は、数年経ったその頃にはすっかり雰囲気も変わって、大人びた服装で現れるようになった。
君の纏う空気感にはどこか陰りがあったし、笑顔を見せることも少なくなった。
それでも、僕の歌を聴いている時だけは。少しだけ楽しそうな表情を見せてくれた。
だから、僕も負けじと頑張った。
君がここに来るたびに全力で歌い続けた。君を照らすあかりになれるように。
彼女はよく言っていた。――人生は霧のようで先が見えないものだ、って。
そういう話をする時、いつも項垂れていたんだ。仕事の疲れもあったんだと思うけど。
僕はいつもこう励ました。――霧で見えないのは、今見えないだけだよ。
最近よく眠れないと彼女が話した時も、彼女が安心して眠れるように優しい歌を歌うようにした。
そうやって二人で言葉やメロディを交わしているうちに、彼女の顔色は少しずつ良くなっていくように見えた。それが嬉しかった。
彼女が元気になった頃、僕の前にはもう彼女は現れなくなった。でも、それは仕方のないことだと思っていた。
だって彼女には、きっと素敵な未来があるはずだから。
僕は、君の人生を照らすかすかなあかりになれただろうか。
きっと、そうならいいな。
仲間とスタジオで曲を作っていると、たまに君の顔が浮かぶ。彼女は元気にしているんだろうか。
あの日のように、また笑っていてほしいな。
そして、君の人生にも光が差しているなら。
どこかで頑張る君へ、あの日歌えなかった歌を歌おう。君への想いを綴った、この歌を――――。
かすかなあかり - Novel Style - 柏葉和海(カシワバワウ) @WawKashiwaba
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