One Room

 海の見える街にある、背の低いアパートで私は暮らしている。


 窓からは大海原が一望できるし、お風呂場の窓を開ければ(開けるのはちょっと恥ずかしいけど)太平洋が見える。


 そして部屋の中には、申し訳程度に置いた観葉植物と、テレビと、テーブルと、ベッドしかない。このシンプルな感じが、私は好き。


 昼下がりの心地よさに心を休めながら、部屋の縁取りを指でなぞる。

 窓の向こうの海を見つめると、デジャヴのようにあの日のことを思い出した。


「……あーっ」


 あの日もこうやって、壁を指でなぞっていたっけ。そこにはあの人もいた。私よりもはるかに背が高い、笑顔が素敵なあの人。


 今は何してるんだろ。他の街に行ったことまでは覚えてるけど、その先のことは知らない。


 年上の彼と最初に出会ったのは子どもの頃で、手先が不器用だった私は靴紐も上手に結べなかった。


 もしまた会えたら、靴紐が結べるようになったことも、ピーマンを食べられるようになったことも、他にいろんなことをできるようになったことも伝えられるかな?


 なんてね。そんなこと思っても仕方ないか。彼はもういないんだから……。


 でもやっぱり会いたいなあ。


「はあ……」


 いけない、ちょっと感傷に浸っちゃった。


 でもいつか再会して、目を見て何かを言えるとしたら。その時は言えるかな。「あなたのことがずっと好きでした」なんて。


 人は寂しくなると過去にすがるようになるっていうよね。私、寂しいのかな?


 まあでも、こういうことを考える時も、たまにはあってもいいよね。


 私はベランダに出て、下手くそな口笛を吹いてみる。茜色に染まった海は、私に優しく微笑みかけてくれた気がする。

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