しおかぜ
防波堤に座ると、潮のいい香りが鼻をくすぐった。
どこかで笑っている君の姿を思いながら、僕はしおかぜに問いかける。あの子はどこで、何をしているのか。
伝えたいことが残ったまま胸の中に張り付いているけれど、それを言葉にする術はもう僕には残されていない。
この街に君がいないことくらいわかっていたから。
それでも、この空に向かって叫んでしまえば何かが変わる気がしたんだ。
「……またね」
波の音と風の音だけが響く海原に向けて呟いた僕の声は、そのまま吸い込まれるように消えていった。
あの頃は同じ夢を追いかけていて、二人とも熱中していた。
風を追いかけているように感じた時もあったし、光に包まれているような心地になったこともあった。
でもいつの間にか僕らの間には距離ができていたみたいだ。その距離はどんどん開いていき、今では君の背中すら見えなくなってしまった。
あの頃の喜びを誰かと分かち合いたくて、僕は街を歩いて回った。でも結局、君以上の人は現れなかった。
君の才能は本物だったね。僕はずっと、その才能に憧れを抱いていたんだよ。
君は今、何をして生きているのだろうか。
どんな人と出会っているのかな。
あの日の爽やかな笑顔を、まだ胸に秘めているといいな。
そう思いながら砂浜を歩いていると、君によく似た姿をした人が目に入った。
ああ、なんだ。こんな近くにいたんじゃないか。
駆け寄った瞬間気づく。この人じゃない。この人は別の人だ。そうだよな。この街に君はいない。わかってたよ。
女性は一瞬不思議そうにしてから、会釈してそのまま去っていく。
その背中を見送って、僕は足元の砂をかき集める。
砂の中には貝殻が混ざっていて、まるで小さな宝石箱のようだった。
その中のひとつを手に取って眺めてみると、それは星のようにきらめいていた。
防波堤に再び戻り、腰掛ける。
ふと視線を海に向けると、美しい夕陽が僕を見つめていた。しおかぜも吹き始める。これはきっと、新しい風だ。
いつまでもあの頃を見つめているようじゃ、前には進めないよね。
さっきの女性の背中をあの子の背中に重ねながら、僕は手の中の小さな輝きを強く握りしめた。
いつかまた、どこかで会えるかもしれない。もし会えないとしても、僕はまた僕の人生を歩いていけるはずだ。
夕景が少しずつ夜に変わっていく。
今日もまた夜が来る。
夜の先に朝があることを信じて、僕はまた歩き出す。
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