夢のあなた

 引き出しを整理していたら、昔撮った写真がポロッと落ちてきた。


 写真には私と男性が写っている。

 これは、海辺で当時お付き合いしていた男性と撮影したものだ。私は高校生で、彼は大学生だった。もう20年も前の話だ。二人とも若々しい。


 海がよく見える田舎町で育った私にとって、彼は輝きそのものみたいな人だった。


 都会で一人暮らしをしながら大学に通っていて、顔立ちは普通だったけどいつもちやほやされてた。

 私とは帰省で帰ってきていた時にたまたま知り合ったんだっけ。


 お付き合いをすることは難しかった。


 当時は携帯もなくて、遠距離恋愛なんてできるはずもなかったから。

 でも、その分お互いの時間をたくさん共有できたから、一緒にいられるだけで幸せだったなあ、なんてね。


 写真を眺めているうちに懐かしさが込み上げてきて、自然と頬が緩む。そして同時に静かな寂しさも。


 まさかこの歳になるまで独身でいるなんて思ってもみなかったけど、後悔はない。友達もいるし、趣味もあるし、いい人見つけるだけが人生じゃないし。


 たった一つの写真の裏には、手紙のように記された掠れた文字が残っていた。


――みゆきちゃん、来年の春には東京で一緒に暮らそう。約束だ!


 私はため息をついた。


 これ、彼と付き合っていた頃、彼が私に送った手紙の一部だ。まだ携帯電話がなかった時代だから、連絡手段はこの文通だけ。この時は写真の後ろに書いたんだな。


 夢のような時間だったけど、それもいい。人生の中ではいつか忘れていくものもあると思っていたけど、この約束も結局果たせなかったんだよな。

 返事は書いたんだっけ。書かなかったんだっけ。もう、忘れた。


 写真を手にしたまま、私は窓を開けて海に浮かぶ夕陽を見つめた。


 波間に揺れながら沈んでいくオレンジの光。まるで彼への私の気持ちみたい……って、あの頃ならそう思っただろうか。


 私の頬を染めていくその光に、私は微笑みかける。


 記憶の彼に、そうするように。

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