ピンときたから、欲しくなる

街田あんぐる

前日譚・猫とチェシャ猫じゃ大違い

 ほれ行くぞー、と先輩に言われて、原宿で適当なパーキングに停めて、さて。研修なしでいきなりスカウトをやらされるらしい。芸能業界って、やっぱりスパルタなんだな……。新人でいきなり営業とか名刺交換とかやらされるのと同じだけど。

 永山ながやまさんとペアで、まだ助かったかも。ヒゲを生やして髪を短く後ろで束ねている、典型的なチャラい大人だけど。割と優しいし、何事にも雑な感じがするから、ぼくがへっぽこでも許してくれそう。

 なんて思いながら永山さんを見てるのに気づかれて、んー? って顔でこっちを見てくる。ぼくが焦って何か言う前に、すぐ興味を失って原宿の雑踏に目を細める。猫っぽい。先輩に猫っぽいとか思うの、失礼すぎるか。でもなんか、いろいろ大目に見てくれそう……!

「顔とかファッションとか見ないのよ。そんなの書類でもインスタでもいくらでも見れるでしょ。静止画でえたってスタート地点ですから。はい。街にスカウトに出る意味は?」

 やる気も覇気もどこかに置いてきたような声で、しょうがないから一応新人教育やりますか、ってクイズを出す永山さん。がっしり骨っぽくて長い人差し指を立てて、雑に左右に振って見せる。……クイズタイムのサインなのかな?

「スカウトに出るのは……。魅力的な動きまでわかってる人を探すためですか?」

「んー……」

 永山さんは右手でヒゲを撫でて、適当な壁に寄りかかって目線を上に泳がせる。不正解らしい。デキる新卒って思われたいんだけどな〜……。

「雰囲気よねー。雰囲気は同じ空間にいないとわかんないじゃん。動きも含めてね。まあ動きは合ってんだけど? 大外れではないけどさー」

 少しざらついたで「大外れではない」って言ってもらえただけで安心する。永山さんは褒めて伸ばしてくれる系の先輩な気がする。肩の力が抜けていく。

「もっとさ〜、直感的にさ、オーラ? オーラね。オーラは同じ空間にいないとわかんないじゃん」

 永山さんは結構身長が高い。少し見下ろされる形で「オーラ」と繰り返されると……。チャラくてどことなく胡散臭い、長身細身ヒゲ長髪三十路やる気ゼロ覇気ゼロ男性に、怪しい勧誘を受けているような気分になる。

 目をスッと細めて、最初から薄く上がってる口角を、お茶目な角度に持ち上げて。どう?みたいな表情を向けられて、あ、これもクイズタイムなのかな?

「オーラ……。芸能人としてカリスマ性を発揮できそう、的なことですか?」

「ん〜……。まあそういうこと? いやなんか考えないのよ。考えるのは宣材写真を見てるときで十分。なんかすげえなこの子、理由はないけど。って子を探すのよ」

「あ〜。直感的に」

「そそ」

 ぱっと可笑しそうな顔をしてから、またどうでもよさそうに腕を組んで街頭ウォッチに戻る永山さん。クイズじゃなかったのかな〜。この先輩、全然わかんないよ……。

 永山さんはたぶん、直感とひらめきの天才タイプ。ぼくとは真逆なんだよね。デキる新卒アピールが全部空回ってるのはなんとなくわかる。でも意外と不安じゃない。永山さんは、ぼくのデキる新卒アピールが刺さろうが空回ろうが、どうでもいいと受け止める人っぽい。


 よく聞いてみると、永山さんがスカウトするのに着いて回って見学すればいいという話だった。いきなり実戦に放り込まれたわけではなく、安堵する。

「あの人は?」

 ストリートとギャルをMIXしたコーディネートの若い子が目に留まって、永山さんに聞いてみる。

「ん〜おしゃれだね。でもセルフプロデュースが下手かな〜。あとピンとこない」

 何人か、原宿の街でも目立つ人を示しては、永山さんに「ん〜……。なんか違う」と言われる。何が違うのか教えてほしいんだけど、永山さんって言語で説明するタイプじゃないんだよな……。本気で「ピンとくるかこないか」で決めているみたい。

「ピンと来たら教えてください」

「きたら即動くよ〜」

「いや、一瞬惹かれたけどやっぱ違うな、ってなった人も教えてください」

「ああ〜……。あの子。なんか……違うよね」

 何が違うのか、掘り下げて説明するタイプの人じゃないんだろうな……。


 昼過ぎから原宿の一角にふたりで立って、日が傾くまで人の流れを見ている。まだ誰にも声をかけていない。

「こんなもんよー。もっとたくさん連れて帰るやつもいるけどさ〜。こっちだってリソース無限じゃないんだから、もっと絞れよっておれは思うのよ。まあ、新人のうちはノルマあるかもねー。ま、それは頑張って。今日目を付けてた子たちだったら、別にノルマとしては十分というか。見るとこは見れてるよ。おれは厳選したいのよ。見込みの薄いタレント増やしてどうすんのよってね」

 適当な口調でだらだらしゃべる永山さん。でも「見るとこは見れてるよ」の評価だけで嬉しい。立ちっぱなしで、正直かなり疲弊しているのだ。

 道ゆく人のファッションをチェックする気力も薄れて、ぼんやりと人波を眺める。集中しなきゃとは思うんだけど……。

 ぱっ、と視界がクリアになって、反対側の歩道の、黒い人影に目が惹きつけられる。オーラだ、とすんなり思った。オーラってこういうことなのか。


 毅然と伸ばされた背筋。視線は原宿のごみごみとした歩道をひたと貫き、正面を見据える。

 端正な顔には、微塵の表情も浮かんでいない。騒がしい若者グループも、ビラ配りの声も、高級外車のエンジンの轟音も、その表情を歪めるには及ばない。

 喧騒など存在しないかのように、一人、ランウェイの存在感で、原宿の街をすり抜けていく。女性にしては早足で大股なのに、泰然として、自信に満ちて……。

 これが、オーラ。


 そこまで一瞬で把握してからオールブラックのファッションに目が移った。モード系ハイブランドで全身固めてるんじゃないか? 白すぎる肌に化粧っけはゼロ。一重で切れ長な、はっきりと印象的な目。細くしっかりと通った鼻筋。無表情でも個性を感じさせる、厚みのある唇。モードを着るために生まれてきたような顔立ちだ。

 ロングウルフの黒髪は、さらさらでもなくウェットにスタイリングしているわけでもなく、乾かして雑に流しているだけ、という感じ。それすらも魅力的なスタイルに思えるから不思議だ。


「永山さん、あの人」

「ああ〜。わかってきたね。オーラあるよねぇ、あの子」

 唇を横に大きく引いてニヤっとする、永山さん独特の笑い方。当たりだ、と心の中でガッツポーズする。

「渡りますか?」

 ぼくが横断歩道に駆け出そうとすると、永山さんはひらひらと片手を振って、いやー、とまた少しニヤつく。

「えっ?」

「あの子、原宿によくいるのよ。近くに住んでるんじゃない? でも芸能界に興味ゼロ。あれで公務員なんだって。あんな尖った髪型の公務員、いるわけないけどさー。まあ、あの子は望み薄。この辺のスカウトマンはみんなわかってるから、覚えといて」

 呆れた笑い方でポケットに手を突っ込む永山さん。ぼくはひどく落胆して、黒ずくめの女の子を恨めしく目で追った。背の高い男性に紛れても存在感が消えないまま、遠ざかっていく。

「公務員? なんでそんなバレる嘘つくんですかね?」

「意外とほんとだったりして。いつも17時過ぎにこの辺歩いてるんだよね〜。ほんとに定時上がりの公務員かもしれなくない?」

「うーん……。今日、祝日ですよ」

 ぼくも永山さんも休日出勤。代休はあるけど、やっぱホワイトではないよな……と慄いていたところ。

「平日休日関係なく、いるときはいるし、いないときはいないね。なんか……土日休みじゃない公務員もいるじゃん? 知らんけど。まあまあ。オーラ、わかったでしょ」

「あー……。完全にわかりました」

「粘った甲斐があったねぇ〜」

 永山さんが引き上げる素振りを見せたからほっとして荷物をまとめ、パーキングへ向かう。

「あの子さ、男なんだって」

「……え? オーラあるって言った……」

「そそ。その子。いいよねぇ〜。声も高くてさ。身長も170センチないよ。逆に売り出したいけどね、そこで」

「そうですよね!?」

 あんな凛とした女の子みたいな印象で、男!? コアなファンが大量に付くのが、容易に想像できる。

「しかもさ、話し方が『私は男だ』みたいな。低めの女の子みたいな声でだよ? キャラいいよねぇ〜」

「一人称『私』でタメ口、みたいな?」

「そそ。すごい侍みたいな話し方なのよ」

 永山さん「侍」って言うとき忍者のポーズしてたけどスルーで。しゃべってる間ずっと、指の長い大柄な手がひらひら動くのはおもしろい。

「キャラいいからさ、そりゃうちとしては欲しいよねぇ〜。おれも何回か聞いたんだけどね〜。もちろん金もちらつかせたよ? でも高給取りなんだって。で、今の仕事が天職なんだって」

 「金」のときはちゃんと札を数える汚い大人のジェスチャーなのにな……。

「それ公務員じゃないですよ。だってぼくと同じくらいの歳……? え? それくらいに見えません?」

「それなんだけどね〜、おれも何年もスカウトやってるけど、あの子何年も前から、千葉くんくらいの歳に見えるんだよね」

 右手で顎を触りながら、横目でぼくを見下ろす。どう思う?って顔で。

「……え?」

「いや、怖い話じゃなくて。不老かも。だとしたら100歳以上? 知らんけど。禁止されたのがそれくらいでしょ?」

 左右に手を振ってオカルトは否定して、ちょっとだけ歯を見せてくつくつ笑う。なんか力が抜けちゃった。

「あー。明治に入って禁止令出たんですよね、確か」

 不老の術は、明治政府が完全禁止令を出した。江戸時代は、要人のみが許可された。それ以前は知らない。

 こんな大きな街だから、一人や二人、いや三人や四人は不老の人が歩いてたって、なんの不思議もないよな……。すごい巨大都市だな、と思いながら流れの悪い車道に車を出す。

「100年生きたらそりゃ、オーラも出ますわ……って話よ〜」

「ああ……。年の功、的な。え? 処理班じゃないですか?」

「……処理班? 鍵荊カギバラの?」

 鍵荊カギバラとは、約1000年前に人類の歴史に紛れ込んだ災厄。ごく小さな種から、突然2メートル級の怪物に成長する。昆虫、特に蟷螂カマキリに似た姿だが、学者に言わせれば生物にも植物にも分類できないという。現代科学をもってしても謎の存在であり、自然災害である、鍵荊カギバラ

「そうですよ。あれは……国家公務員ですし」

 正式名称は鍵荊カギバラ災害処理班だけど、「処理班」で通用する。隊員の身分は国家公務員。鍵荊の処理、というか駆除を専門とする武装組織だけど、事務官枠で採用されれば戦闘に駆り出される可能性はほぼゼロ。事務職なのに国家公務員って魅力的だし、就職先として普通に候補に挙がるところ。

「へー。明治神宮の方に支部があるもんね」

 黒ずくめの彼は明治神宮方面から歩いてきていたから、支部を定時退社して、徒歩で帰宅という可能性も普通にありそう。

「へぇ〜。じゃあ処理班のお偉いさんなんだ〜。かっこいいねぇ。もしかしてめちゃくちゃ強いんじゃない? 戦闘力が漏れちゃってオーラに見えてんのよ〜」

「溢れる自信が由来のオーラな気はしましたけど。たぶん、強さからくる自信ですよ……」

「あらら〜。怖い人だったか。くわばらくわばら」

 「怖い人」なんて言いながら、永山さん、なんか楽しそう? 運転してるから表情は窺えないけど……。

「それか、明治神宮にも公務員の人が勤めてたりするんですかね?」

「ええ〜!? 巫女さんなの?」

 好奇心モリモリ、みたいな大声で反応するの、運転中はやめていただきたい!

「いや、神を祀るのは公務員の仕事ではないと思いますけど……?」

 やっぱりちょっと発想がぶっ飛んでるところのある人だな〜……。そういうところが評価される業界なのかも!? 自分がこの仕事に向いてるのか、急に不安になってきた。

「ジェンダー平等の時代だから男でも巫女さんになれるのかと思った。あんなモードな巫女さんいたらウケるのに」

 自分の発言にウケて、腹の底から小刻みに全身を揺すって笑う感じ。ニヒルな見た目とのギャップで、モテてんのかな〜。実際永山さんがモテてるのかは知りませんが。

「あんなモードな軍人も……ウケるっていうか、いないと思いますけどね……」

「軍なの? 処理班って」

「中身は軍隊ですよ。階級制で、もちろん武装してるし。対人兵器ではないですけど。『班』とか言ってるけどめちゃくちゃ大きい組織ですからね」

 ふぅーん、と適当な相槌を打ち返される。永山さんは薄めの身体を少し猫背気味にして、肘をついて助手席から窓の外をぼんやり眺めている。


 なんだかんだ、いい先輩だな、永山さん。マジでオーラのある人を一回見せとこうって教育方針だったんだ。

 理詰めでは説明できない、心を奪われるような魅力を知った。芸能界って、それを売る業界なんだな。ぼくはちょっと頭でっかちだから、永山さんの下で学んだらちょうどよくなるかも。

 頭いい人だな。一般的に言われる、学校の成績がいいとか、記憶力があるとか、知識が豊富とかではなくて。直感で、ぼくにはオーラというものの実際を最初に見せるのが手っ取り早いと「ピンときた」から連れてきたんだろう。

 「頭いい」じゃないのかな。そういう言葉には収まりきらない。でもなんか、すごい先輩だな……。


「デートに誘っちゃおうかなー」

「……え?」

「あの子。気になってきちゃった。100歳以上で軍人か巫女さんなんでしょ? デートしたいな〜。かわいくない?」

「え……。たぶん巫女さんではないですよ」

「ほんとに男なのかな〜。おれバイだからどっちでも嬉しいけど。バイでよかった〜。かわいいなー。明日午後休取って張り込まないと」

 聞いてよ! 巫女さんではないですよ!? 軍人でも大丈夫そうですか!?

「……ピンときたんですか」

「きたねぇ〜。ピンときましたよこりゃ」

 それ大丈夫な「ピンときた」なんですか?……と聞けるほど親しくないので黙っておく。

「100歳ってどういうデートスポットがいいと思う? 高級懐石とか?」

「あー……。どうなんでしょうね」

 高級懐石を奢るつもりがあるの!? 急にそんなに入れ込んじゃってるの!? その「ピンときた」やばいですよ……。

「服装は若いから感性も若いのかな〜。最近インスタで流行ってるデートスポット教えてよ」

「あ、もちろん。車停めたら見てみますけど……」

 感性が20代前半だったら、キラキラ映えデートスポットに一緒に行く気があるの!? このチャラ長髪ヒゲ三十路男性の永山さんが!?

「かわいいだけの子とデートするのつまんねぇと思ってたんだよねー。ミステリアスで歳上でなんか術とか使えそうな男、エロいね〜。うん。エロい」

 目をきゅっと細めて、唇は閉じたまま、口角をチェシャ猫みたいにニーッと持ち上げて。あー、猫は猫でも、チェシャ猫だったか〜。

 チャラすぎる。永山さん、見た目に違わぬチャラさで、むしろ好感が持てるレベルだよ……。

「しかも男じゃなかったらどうする? かわいー。そっちもエロいね〜」

 永山さんのデートプランはマジで知りませんよ、と言える関係でもない。新卒ってこういう辛さもあるんだ……。

 さりげなく文句を言おうかな、と永山さんの横顔を窺う。……あれ??

 わずかに持ち上がった口角も、今までのお茶目とは雰囲気が違う。微笑みなのに、どこかひんやりとして。軽く伏せた目も、手強てごわい遊び相手を冷静に品定めする鋭さで。この男、欲しいものは全部手に入れてきた男だ……。

 ぼくの目線に気づいて、横目で見遣って、わざとゆっくりまばたきをしてから、またチェシャ猫の笑い方をする。

 やば……。この人、ミステリアスな年上の男を落とす計略を、本気で練ってますよね!?


 オーラがあるって、そんなやばいんだ。ぼくは道路越しに見たから無事だけど。永山さんは何度も声をかけるうちに気持ちが育って、ついに……。

 いや。この先輩、だめかもしれない!!


 事務所の駐車場で、ぼくから若者に人気のデートスポットを聞き出した永山さん。デスクに荷物だけ置いて、すぐさま休日出勤の課長に明日の午後休を申請していた。

 気になって耳をそばだてていると、ぼくの目の付け所がいい、みたいな話もしてくれていて。正直、かなり盛って褒めてくれているっぽい。


 いい先輩だな!? でも、ミステリアスな男に弱いところがどうしようもないよ!!


 なんとか16時以降の時間休をもぎ取って、永山さんは鼻歌混じりでデスクに戻ってきた。いつも軽く口角が上がっている人だけど、今は明らかに浮かれている。


 新卒で入社して、いきなり先輩の恋路を心配することもあるんだ。社会人って大変だな。頑張ろう。うん。


(前日譚・終わり)

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