振り回されてあげてるだけ
現在進行系でお持ち帰ってる子に「コンビニに寄りたい」と言われたら、ゴムと歯ブラシを買うんだと思うじゃん? 今日のかわいい子は一味違う。
おにぎりコーナーの前で真剣に腕組みしてるかわいい
真剣におにぎりを吟味してるのを、コンビニの入り口脇でぼんやり待つ。歯ブラシは買っといてあげよう。今日ゴム要るかな~。男としたことないんだもんね。天然な雰囲気だだ漏れてるし、何も考えずに着いてきてるかも。今日は波鶴ちゃんが気持ちいいことだけしてあげよ。ゴムはいざとなったら家にあるやつで。
え、まさかまさか実はやっぱり女の子? 男が詐称?
いやいや元奥さんいるって話だったし。それは同性婚なんて制度ない時代の話のはず。いや、でも相手の性別を逆に言ってたら、ねぇ?
元奥さんが処理班のトップって話だけど……ググる。いや、名前読めないわー……。
「日向山鈍」
どこまでが名字でどこからが名前? 性別は? いやいや、この名前をさらに検索して、と。画像検索で……。
あ、女の人だ。キリッとした、いかにも司令官って感じの人だな~。波鶴ちゃんってこういう人がタイプなの? ダラっとチャラいおれと真逆じゃね? え? いやいや不安には……なってないけどね?
とにかく波鶴ちゃんは男なわけだ。うん。
「待たせたな」
検索に熱中しちゃってた。波鶴ちゃんに声をかけられて顔を上げる。波鶴ちゃん……どう見てもおにぎり二つと缶の飲み物と、さらにもう少し買った感じの膨らみの袋を提げている。
どんだけ食べるの!? あれ? 華奢だと思ってたけど、ブランド服マジックで華奢に見えてたとか? 脱いだらすごいのよ~ってタイプですか?
うわ~、どんどん予想を裏切ってくる男、いいね。
「待ってないよー。歯ブラシ買った?」
「職場用のを持っている」
「お昼も磨いてるんだ。えらいね。あ、それ朝ごはん?」
「いや。小腹が空いたので」
おっ……? 小腹ね。だいぶ容量のある小腹だね。いいねぇ~。お持ち帰られていきなりたくさんおにぎり食べるの、かわいーね。
波鶴ちゃんとデートしようって決意したのが昨日の夕方。帰宅してから部屋をめちゃくちゃ片付けた。散乱したコンビニ飯のゴミをとにかく袋に詰めて、キッチンに押し込んだらとりあえずなんとかなった。
一応1DK。ソファもあるよ。ソファでイチャイチャしないと始まらないからね。ちょっとえっちな恋愛映画とか観ちゃう?
お邪魔します、としっかり通る声で言ってから、ちゃんと靴を揃えて玄関を上がる、それだけでいい男って感じするよね。
ソファでイチャイチャしたいおれと、ソファで小腹を満たしたい波鶴ちゃん。まあおにぎり食べてるところも見たいし、譲ってあげる。あ、缶の梅酒も買ったし、スナック菓子も買ったんだ。スナックはおれも食べていいんだね。優しいね……。
波鶴ちゃん、おれとして気持ちいいかなー。イチャイチャ、したいなぁ……。波鶴ちゃんにも、おれの身体触ってほしい。だめかな。無理かな……。
一つ目のおにぎりを食べ終わった波鶴ちゃん。手を拭きながら、どうした、と目線を寄越す。
波鶴ちゃん今ドキドキしてんの? してないの? ……全然してなさそう。
買ってきたスナック菓子は、うちの事務所の別の部署がプロモーションに噛んでるやつ。
「ね、それ、パッケージのどっかにラッキーマークあるらしいよ」
「へえ。ラッキーマーク」
カップ型のパッケージを掴んで差し出してくれるから、一本いただく。側面をぐるぐる回してラッキーマークを探してる波鶴ちゃん。自力でガチの幸運を呼ぶ術とかできそうなのに。お遊びのラッキーマークをマジで探してんの、ほんとにかわいーね。
「どういうラッキーマークなんだ」
「え? 知らない。ルール説明があるでしょ」
「どこに? 蓋か?」
蓋は、開けてすぐ波鶴ちゃんがソファ脇のゴミ箱に放り込んだ。おれだったら出しっぱなしにするのにな、いい男だなと思ったんだけど、裏目に出たね。
ゴミ箱を覗き込むけど、触りたくなさそう。おれが拾ってあげ……。
あ、浮くんだ、それ。
スン、とゴミ箱から蓋が浮上して、波鶴ちゃんの目の前で止まった。
「ハートの形のラッキーマークだそうだ」
ほら、と言われてハテナの顔をしていたら、おれの目線の先にルール説明部分が正確に静止した。笑っちゃった。
「すげー!! 術って日常使いするんだ!!」
「こういうちょっとした不便が発生したときだけだ。普段から使うと人間として
意識高いのか低いのかわかんないよ! ゆーてゴミ箱から拾うだけだよ? おれがウケている間に、用済みの蓋はひらひらとゴミ箱に戻っていく。
すげー。初めて見た。
「どこなんだ……? 側面ではない。底か? 底にわざわざ……」
真剣にラッキーマークを見つけたい波鶴ちゃん、底という可能性に賭ける。右腕を掲げてカップを持ち上げ……。
「え、タトゥー入れてんの?」
重力に従ってずり落ちた右袖。露わになった波鶴ちゃんの二の腕には、びっしり、なんていうの? トライバル系? そういうタトゥーが入っており……。
「あ……。いや、ファッションではなく、術を維持し強化するためのものなのだが……。嫌だろうか」
「え? いやいや! 全然! めっちゃすげーね! 何これ! 術使いってみんなこれ入れてるの?」
「これを入れているのは、よほどの古参だけだ」
「へぇ~……。痛そう」
「死ぬほど痛い」
「痛いんだ。術の力でサクッと入るとかじゃないんだ」
「普通の刺青だ。消毒も滅菌も何もない時代のな」
「おお……。そりゃ、イカついね~」
波鶴ちゃん、そのときを思い出した顔で苦笑する。「古参」って言うんだから何百年前かもしれないのに。
「これさ、身体にも入ってんの?」
「……かなりな。嫌か?」
嫌なわけない。ドエロいってだけ。
「見せて」
我慢できなくなって、腕を掴んで耳元でねだる。前衛的で脱がせ方のよくわかんない服じゃなかったら、ちゃんとボタンも外してたんだけど。
「いや、食べているから」
いつのまにか口に二つ目のおにぎりを詰めてもごもご言う波鶴ちゃん。いや……。おれ今、恥ずかしいくらい余裕ない声してたよね!?
波鶴ちゃんの腕が伸ばされて、おれの頭をくしゃくしゃ撫でる。……え、嬉しい。そのまま耳をふっとかすめて、頬を包み込んでくれる。あ、嬉しい。甘えていいのかな。
包んでくれる華奢な手に、頬をすり付けてみる。波鶴ちゃんの顔がこっちを向いて、目線が合って、優しい目でくしゃっと笑ってくれる。
あ、優しい……。
甘えていいのかな? おれがリードするつもりだったけど、波鶴ちゃん年上のいい男なんだし。座り直して、波鶴ちゃんにぴったり身体を寄せる。ん?と優しい声で受け入れてくれる。
「タトゥー見せてよ」
袖をまくりながら聞くと別にいいらしく、口をおにぎりでいっぱいにしたままうなずく。ゆるい袖を肩までたくし上げると、めっちゃ呪術っぽいタトゥーが一面に。ヤバ……。
「指で柄を辿るなよ。力のある紋だから」
えっ!? こわい……。指で柄を辿ると何かが発動するタトゥー入ってんの!?
二の腕、細さは女の子みたいなのにフニフニしてなくて、骨に必要最小限の筋肉を添えてみましたって感じで、謎の紋様がゴリゴリに入ってて……。正直、情報量多いよ!
余裕ないしさ。波鶴ちゃんの首筋に鼻を寄せてみる。あ、若い男の汗のにおい。男じゃん。エロすぎ。くすぐったそうに笑ってる。
嫌じゃないんだ。おれとしちゃうの? どこまでしちゃおっか?
どこまでするつもりで、お持ち帰られてんの? ねえ波鶴ちゃん。
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