届かないから欲しいんじゃん?
おれもう、あんまり待つ気ないよー?
二つ目のおにぎりを飲み込んだ波鶴ちゃんに、すかさず唇を押し付ける。唇がちょっとパサパサしててかわいい。おにぎりたくさん食べたもんね。
波鶴ちゃんはしっとりと唇を押し返して、おれの頭をゆっくり撫でてくれる。あ、女の子しか知らない男だ。優しくされるの嬉しいけど、おれ男だし、そんなにおあずけされるつもりもないんだよね。舌入れさせてね。
波鶴ちゃんの唇をわざとゆっくり舐める。口が薄く開いて、ねじ込もうと……思ったのに!!
「いや、待て。歯を磨いてくる」
「なんでよ〜……。いやわかった。おじさんは磨いてくるから、波鶴ちゃんは梅酒で上書きしてなさい」
「梅酒はもうない」
「え〜……」
さりげなくおれの口臭を指摘してくれた可能性もあるから、歯は磨きますけども!
洗面台に並んで立つ。鏡で見ると身長差あるな〜。身長いくつなの? 170センチはない。おれが176センチだし……。
波鶴ちゃんはめちゃくちゃしっかり磨いてる。おれは口もゆすいでしまって手持ちぶさたになって波鶴ちゃんの歯磨きを見守る。あ、口ゆすいだ。と思ったら、糸フロスの工程もあるのか〜!! マメだなー。そういうおれにはない部分とか、やっぱいいなと思うよね。
後ろから抱きすくめて、髪のにおいを嗅ぐ。さらさらでもなく、スタイリング剤もついてない、洗いっぱなしの黒髪。
なんか好きなにおい。このにおいのついた布団にくるまれたいな、ってにおい。このにおいの染みついた部屋に転がり込みたいな、ってにおい。
待ちきれないからさ、長髪を脇に寄せて首筋に唇を押し付ける。ふふ、なんて笑っちゃって、余裕じゃん?
「その服脱がせるの怖いなー。どういう構造なの? 何万するの? 脱いでよ」
「ここで?」
「ん〜? じゃあどこで脱いでくれるの?」
「は? 寝室へのエスコートはどうした」
えっ? 吹き出しちゃった。波鶴ちゃんは口角を目一杯横に引いてニヤニヤ笑ってる。こういう性格なの? なんか、知らない側面がどんどん出てくるじゃん?
失礼いたしました、とか言って、エスコートとか知らんけど、腰に手を回して片手を取ってお連れする。
「下手だな。舞踏会だったら即蹴り出される」
「舞踏会出たことあるんだ〜」
「まあな」
「すげー」
え、めっちゃ楽しい。めっちゃ嬉しい。めっちゃ触りたいし……正直、触ってほしい。
寝室にお連れすると、波鶴ちゃんはさっさか服を脱ぎ始める。えっ……ごめん、おれから言い出したやつだけど着いていけてない、どういうつもりなの? どこまでしていいの?
「脱がされ待ちか? すまないな」
「え?」
「こちらを先に済ませたい。さすがに高価な服だから」
「あ、そうよね。うーん。じゃ、脱がされ待ちしよっかな〜。せっかくだし」
謎のテンションで進行する、セッ……おれはセックスだと思ってるんだけど……。90年前ってこういう感じだったのかな?
重そうなトップスを脱いで、スカートみたいなワイドパンツも脱いで、中は普通のインナーなんだ。それも脱いで、おれの出したハンガーにかける。あっさりと波鶴ちゃんのヌードが明らかに。
え……? 引くほど華奢。肋浮いてるし……。あんな大食いなのに? 胃下垂? 胃下垂でここまで痩せてることあるかな?
で、謎の紋のタトゥーがやばい。三十路ヒゲ男に秘められし小学生男子の心がうわー!!って盛り上がる感じのかっこよさ。
「え〜。かっこよ。ときめいちゃった。早く脱がされたい」
ベッドに寝転がって片肘ついてテキトーに要求してみる。波鶴ちゃんは笑ってベッドに上がってきて、ほら、って雑におれのロンTを脱がせてくれる。インナーも一気に脱がせないのが好印象ですねぇ〜。……ドキドキしてきちゃった。裸見られるの恥ずかしいなんて感情、十数年前に卒業したつもりだったのに。
インナーも脱がされるんだってときめいてるおれの腰回りに指先が滑り込んできて、インナーの裾をたぐり寄せて引き抜かれる。ちょっとちょっと、エロくない? 波鶴ちゃんの体温低めな指先が、一瞬おれの素肌に触れてさぁ……。
もうだめですね。くらくらするんだもん。パンツ一枚の波鶴ちゃんに覆い被さって、唇を塞いで、両手は恋人繋ぎで固定しちゃって、ちゅ、ってする。
「ね。ご無沙汰なんでしょ? エスコート。させてよ〜」
わざとニヤついて見せる。波鶴ちゃんはちょっと拗ねた感じで目線を外すけど、NOではないってことで。女の子みたいにふわふわじゃない、歯も磨いたばっかでカサついた唇がかわいいよ。唇の間を舌でなぞると、すんなり波鶴ちゃんの舌が迎えに来てくれる。ざらっと舐めてあげる。ちょっとだけ、びくっとしてくれる。
キスだけで結構感じちゃって、「感じてません」って顔したそうだけどできてないのかわいすぎるし、今日はめちゃくちゃよくしてあげたい。おれはもう今日はいいよ。かわいい声聞かせてもらいたい。「我慢できなかった」って言わせたい。それが本日の目標ということで。
薄い胸も敏感なんだね。声我慢して唇噛んじゃうから、恋人繋ぎからは解放してあげた。
パンツにシミできちゃってる。多いんだ。かわいー。全部舐めてあげたい。おれがパンツに手をかけると、ちゃんと腰を浮かせてくれる。
両手で顔を覆って、感じてる顔は見せてくれない。でも身体は若い男だね〜。舌を這わせれば、カチカチじゃん。
口に含んだとき、はぁって気持ちよさそうな息を漏らしてくれた。あとちょっと。かわいい声、聞かせてもらうからね〜。
「あ、まずい、口を離してくれ」
んー? 嬉しいだけよ。飲んであげる。かわいい波鶴ちゃんにはサービス。
「いや、身体に毒になる」
それ、ノンケの思い込みだから。言うほどじゃないよー。それとも一回で腹壊すくらいの量なの? やるねぇ〜。いいね。
おれの頭を押しのけようとする手も、手首を掴んじゃえばもう動かせないっぽい。軍人なのに、力では全然おれに敵わないらしい。かわいー。感じちゃって力も抜けちゃってるし、腰浮いちゃってるし。
どんだけエロいの?
エロすぎる年上の男の熱い精液が、喉を滑り落ちる想像をして。飲んであげたらどんな顔するかな。焦った顔しそうでかわいい。並の男にはこんなサービスしないのよ?
「ながやま、たのむ」
力が抜けてへにゃっとした声で言われてもね。かわいいだけよ〜。
「永山」
地鳴り、かと思った。怯えに全身が硬直して、それから波鶴ちゃんの声だとわかった。
「口を離してくれ。頼む」
頼む。依頼のことば。でも波鶴ちゃんのそれは絶対的な命令だった。
軍人、じゃん……。一瞬でおれを消し炭にできちゃうんじゃん……。
口を離して、ごめん、と言おうとしてヒュッと掠れた息しか出なかった。蛇に睨まれたカエル? 陳腐すぎる? だってこの子、おれを一瞬で消し炭に……。
ボックスティッシュから数枚がひらひらと宙を浮いて、波鶴ちゃんの右手に収まった。息を漏らして達する波鶴ちゃんが、すごく遠い景色に見えた。
「永山、すまない。なあ。怖い思いをさせたな」
思いやりと優しさに温かく滲んだ声だった。ずっとずっと遠くの景色みたいだった波鶴ちゃんに、焦点が合う。
なんだよ。……優しい顔、するんじゃん。おれが悪いのに、自分が悪いみたいな顔、しなくていいよ。
なんでだめなの? おれが男だから? おれそんな下手だった? なんであんなこわい声……。
「永山。全て私が悪い。私の体液は、それ自体が力を持つ。それを隠そうと曖昧な言い方をしてしまった。どうか許してくれないか」
「……へ? 力?」
「ああ。飲み込んでしまったら身体に毒になる。本当の意味での毒だ」
「毒……それで死ぬような毒!?」
「……分からないんだ。私が強くなればなるほど体液の力は強くなる。今の人体への影響は予想がつかない」
「……えー!?」
「言っておくべきだった。広く知られたくなくて隠してしまった。永山の身体の方が大切なのに。本当にすまない」
失態を悔やむ表情で、波鶴ちゃんは俯いて目を逸らす。おれが嫌いなわけじゃなかった。おれの身体を案じて、こんな顔で真摯に謝ってくれる。
「……こちらへ来てくれないか? 帰った方がいいか?」
そんなわけない。
「いや、全然、ごめん。おれも、調子乗って……」
そろそろとベッドに近寄ると、腕を掴まれて引き寄せられて、ベッドに膝立ちの波鶴ちゃんに抱きしめられた。
おれは中腰で、それでも身長差あるのに、思い切り手を伸ばして頭をゆったり撫でてくれる。
「怖い思いをさせた。すまなかった」
「ん〜……。そうかも」
「許しては、もらえないだろうか」
身体を折り曲げて、波鶴ちゃんの細い肩に顔を乗せて、ゆっくり息をする。汗のにおいがする。波鶴ちゃんのにおい。
中腰が限界になって押し倒す。背中に手を添えるのを忘れずに。波鶴ちゃんの顔を正面から見て、あー……。これはね、もう、好きなやつ。
到底手の届かないものほど欲しくなるのが、おれのどうしようもない悪い癖。
まだ申し訳なさそうで、心配顔の波鶴ちゃんに、思い切り抱きつく。全身で小柄な身体を抱きすくめて、あー、すきって言っちゃいたいよー。
もう一回、めちゃくちゃにキスしたい。音を上げるまでイかせてあげたい。イきすぎてくたっとした波鶴ちゃんを言いくるめて、朝まで泊まってほしい。手を繋いで寝たいし、先に寝ちゃった波鶴ちゃんにこっそりちゅーしたい。
やばいもう……死ぬほどすきじゃん!?
「汗はいいの?」
体液に力があるっていう謎を具体的に確認しないとだった。
「汗は、一番力が弱い。ほぼないな。先走りもないから安心してくれ。精液と血液は力が強い。私レベルの術使いはそう多くはないから、ほとんどの人間にとって毒になる。だから……本当に悪かった。危険に晒してしまってすまなかった」
「いや……利用価値が、ある的な」
「いや、そうなんだ……。だが連れ去られそうになったら車ごと爆破すればいいのだし……」
「すげー!」
「判断を誤った。一人の人間の身体を危険に晒した。本当に申し訳なかった」
「うーん。まあ……しゃーないね。許してあげる〜」
「すまない。ありがとう」
恐縮した顔で、くしゃっと笑う……。波鶴ちゃん、そういう顔もするの? おれのときめきはもう限界値超えてるんだけど、まだ出てくるの?
おれにがっしり抱きすくめられながら、手を無理に伸ばして頭をそろそろ撫でてくれる。背中を、とんとんとあやすように叩かれる。
おれも結構大人なんですけど。ガキにしか見られてないのかなー。優しい男はさ、そりゃ好きだけど。
「いや、かわいい。波鶴ちゃんかわいい」
おれが顔をふっと寄せても、切れ長の目を軽く見開くだけで……。なにそれ。キス待ちってこと?
「唾液は?」
一応確認する体で、焦らしてみる。ふっと無表情に戻る波鶴ちゃん。んー、駆け引きは効かない感じ〜?
「唾液はほぼニュートラルだから何も言わなかった。唾液交換というのか? 私はあれはしない。安全を保証できないからな。唾液というのも使い方によっては……」
波鶴ちゃんの真面目な講義を遮って唇を押し付ける。
女の子しか知らない波鶴ちゃんに、ちょっとずつ受け身になることを教えたい。えっちな声出していいんだよって分かってほしい。
唾液交換、したことないならしてあげるよ。おれもそんな趣味じゃないけど、なんでもいいから波鶴ちゃんの初めてが欲しい。波鶴ちゃんの唾液、飲みたいよ。術使いの唾液飲んで体調崩した話したら、ウケ取れるし。おれの唾液飲ませたい。喉仏もそんなに出てない喉を、ごくりと鳴らして飲んでくれたりしちゃったら……。エロいね〜。
……波鶴ちゃん? なんでおれのベルト外そうとしてるの?
「……人のベルトを外すのは難しいな。すまないが自分で頼む」
「え? もしかしてベルトより帯の方が慣れてるの?」
あっ、せっかくえっちな雰囲気だったのに、好奇心が勝っちゃった〜……。
「ん? まあそうだな。言い忘れたが私は600年くらい生きている」
「おっ……。600年。そっか。すごいね。何時代生まれ?」
想像をものすごく超えてきたから、めちゃくちゃ動揺して返事した。
「南北朝だったか……。室町だったか……。動乱の時代だ。何年だっただろうか。免許証を見れば分かる」
「免許証に正確に書いてるの!? どうやって特定したの!?」
「術使いの身分だと、記録は残る。と言っても私は農民から拾われた身なので、正確な生まれ年は不明だが。拾ったときに五歳くらいだったと記録にあるから、それに従った」
「なんかすげーな」
情報量が多いので、とりあえず雑に感想を述べておく。
「え、見たい。免許証見せてよ」
「は? まだ折り返し地点だというのに……」
「ちょっ……。一旦ピロートーク。一旦ピロートークで波鶴ちゃんの人生を知ってから、そこからじっくりと……」
さすがに、ちょっと免許証は今すぐ見たくない!?
「ははあ。まあいい。一旦な。嬉しかった」
波鶴ちゃん、全裸で部屋を出ていくついでに、おれの額にちゅ、とキスしてくれた。
嬉しかったって、言ってくれた……。
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