綺麗な男のふるさとのこと

「ほら。1375年。南北朝時代だ」

 戻ってきた波鶴ちゃんの免許証、マジで1375年って書いてあるから吹き出してしまう。不老の人の免許証がどうなってるかなんて、考えたことなかったわ!!

「当時の足利義満が……いくつだったんだ?」

「足利義満とほぼタメ!?」

「二十ほど上だった気がするが。ほら。義満が1358年生まれか。十七ほど上だ」

「会ったの!?」

「私は殿上てんじょうに参上するほどの身分ではなかった。つまり、義満の御殿にも入れないということだ」

「ははあ。身分社会だ。え? 波鶴ちゃんは何歳?」

「あー……」

 スマホの電卓で計算してんの見て、フフッて笑ってしまう。

「648歳だが、誕生月を6月ということにしているので……今は5月だろう? チッ……面倒だから約650歳だ。それ以上正確に算出しても仕方ない」

 爆笑。自分の年齢が面倒で舌打ちする人、初めて見たわ。おいでーって布団に招き入れて、よしよししてあげる。

「誕生日は? 6月15日は確定なの?」

「いや、適当だ。生まれたときに雨が降り続いていたから、梅雨ということにした」

「え~? 生まれたときの記憶があるの?」

 波鶴ちゃんはぱっと目を見開いて、おれの顔を見て、それからほんの一瞬、波鶴ちゃんの目を哀しみがよぎった、気がした。

「ああ。胎内の記憶もある。珍しいだろう」

 可笑しそうな顔で、なんかちょっと自慢げな波鶴ちゃん。気のせいか、と安心するには十分な明るさで。

「珍しいねー。胎内の記憶ってなに?」

「音とか。祭囃子なんか、胎内で聴いたのを覚えている」

「へえー!! 歌ってよ!」

「胎児だから歌詞は分からないんだ。メロディだけ分かる」

「そういうもんなんだ~! それ、超レアよ! 鼻歌でいいから歌ってよー」

 嫌がる想像をしたけど、波鶴ちゃんはすんなり鼻歌で、民謡っぽいメロディを聴かせてくれた。おれの腕の中で、愛しい男が歌を歌ってんの……すごくいい。

「へえ~! なんかふるさとって感じ。生まれてからはお祭りやらなかったの?」

「毎年あったが、今のは生まれてからは聴かなかった。何年に一度かの例祭の囃子だったのかもな」

「もう一回聴く前におうちを出ちゃったんだ」

「おそらく」

「5歳で親元を離れちゃうんだ……。ジェネレーションギャップすぎるよー」

 可笑しそうにくすくす笑う波鶴ちゃん。すっごくすっごく柔軟な人なんだな。そんな時代から生きてきて、今の社会に適応してんだもん。おれの頭の硬さを心配した方がいいくらいかも。

「6月、誕生日なんだ。お祝いしよ。夜景の見える最上階のレストランと高級懐石、どっちがいい?」

 もう一回、会いたいよ。約束したいって言うの、めちゃくちゃ怖い。もうめちゃくちゃ好きだから。思い切り贅沢なとこにしたら、ふざけて来てくれないかな。

 不安になって、波鶴ちゃんの頭をくしゃくしゃ撫でてしまう。

「贅沢だな。もっと適当な店でいいだろう」

 会ってくれるんじゃん!! 心の中で、全力のガッツポーズを決める。

「波鶴ちゃんマジで綺麗に食べるから、フルコースを食べてほしい。ガン見したい」

 呆れた顔で笑われて、その顔も好きなのよ~。もっと笑ってるとこ見たいよ。波鶴ちゃんの表情が、全部すきだよ。

「ねえ。どっちがいいのよ」

「そういう算段なら懐石だ。和食を食べていた時期の方が長いのだし。別に高級でなくていい。私の知っているところを予約しておこう」

 行きつけの懐石とかあるんだ……。てか懐石ってなに? 和食のフルコースのこと?

 ヤバいヤバい。少しは知的な男にならないと。日本史の勉強しないとだな……。

「6月半ばなんてあと1ヶ月もある。寂しくて耐えられない。間にもう一回なんか食べようよ」

 「寂しくて」って言ってみたの、おれなりに頑張ってアピールしたんだけど、伝わってるかな?

「寂しい? 友人が少ないのか?」

 あー、伝わってないね。波鶴ちゃん恋愛方面はポンコツだったらどうしよう、てかその兆候をすでにたくさん観測してる気が……。

「友達じゃなくて波鶴ちゃんとごはんを食べたいの。何食べに行く? 何曜休みなの?」

「食べるものは当日の気分でいいだろう。休みは交代制だ。都合で順番を入れ替えることもあるし、不定休だな。仮決めはできるが、確約はできない」

「おれもそんなもんよー。一応カレンダー通りの休みだけど、休日出勤もザラだし。仮決めしよ」

 ホクホクした顔は、別に隠さない。押して押して押しまくったら分かってくれるかなー? 波鶴ちゃんは、セフレのつもりなの? 別にそれでいいよー。そのうち分かるからね。


 めちゃくちゃ綺麗な男。大事にしたいから、でもおれそういうの下手だから、ちゃんと叱ってほしい。大事に大事に、おれだけの綺麗なひとって言えるように。

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