深い深い目で見透かしてよ、おにーさん?

 綺麗だと思ったら触りたい。触りたいんだから触っちゃう。触ったあとは……わかんない。それが悪いのかな。間違えてるつもりはないのに、間違ってる、って言われちゃう。


 原宿でスカウトやって、もう何年だっけ。おれも三十路。部署では中堅だし、スカウトもたまに立つだけになった。

 ときどき17時過ぎに見かけるあの子。常にオールブラックのコーディネートで、背筋を毅然と伸ばして。遠くからでもすぐ目に留まる。

 化粧っけゼロの白い肌に、黒髪ロングウルフ。涼しい目元にスッと通った鼻筋、厚みのある唇。原宿の喧騒が一切耳に入らないような、泰然とした表情。

 オーラあるよねぇ〜。スカウトに駆け出そうとする新人くんに「あの子は見込み薄」って言ったら、あからさまにがっかりしてた。わかるよー、その気持ち。

 ついでに、男を自称してるのも教えてあげよう。華奢で、身長は170センチないし、声も高いし。ほんとかなー? ほんとにあの見た目で男なら、キャラよすぎるし、どこの事務所だって獲得したいですけど。

 自称男のあの子、公務員なんだって。って新人くん……千葉くんね。千葉くんに言ったら、処理班か明治神宮じゃないかって。


 軍人か巫女さん? そんな究極の二択ある?


 通称「処理班」。正式名称は、鍵荊カギバラ災害処理班。2メートル級の昆虫みたいな化け物を、駆除するのがお仕事の人たち。「班」って名前だけど、中身は軍隊なんだって。原宿に支部がある。そこにお勤めで定時退社の軍人さん?

 あるいは、原宿駅の奥に明治神宮があるし……って千葉くんが言った時点で、おれはもう「モードな巫女さんだったらいいな」以外考えられなくなっちゃった。

 千葉くんは「巫女さんは公務員ではないと思いますけど……」って。でも聞いてみないとわかんないじゃん!


 デートに誘っちゃお。

 千葉くんは呆れた顔で「ピンと来たんですか?」って言うけどさ。ピンと来たら動かなきゃ損よ? 千葉くんもそのうちわかるよ〜。


 気になるあの子。女の子みたいな見た目で、自称男。

 どうなんだろうね? スカウトを断る口実かもしれなくない? 男じゃなかったらどうする? かわいーね。エロいね。おれバイでよかった〜!

 てか術とか使えるじゃん。巫女さんって、術は使えるんでしょ? 軍人さんだとしても、術で戦うタイプに決まってる。だって銃を持つには華奢すぎるもんね! バチバチに漏れてるオーラも、強さが滲み出てオーラに見えてるやつよ。エロい!!

 ちょっと頭でっかちな千葉くんに現場見せとくつもりが、逆にいい男の情報もらっちゃったよ。とりあえず自販機でなんか奢ってあげよ。


 翌日。16時以降の時間休をもぎ取って、原宿で張り込む。

 あの子はいつも、こっち側の歩道をさっさか歩いていく。平日だって混み合って、前の人に続いてのろのろと歩くしかない歩道なのに。自分のペースを乱さず、人波をするする〜と抜けていく感じ、やっぱ常人じゃないよ。軍人か巫女さんでしょ。いいねぇ〜。

 今日もいるといいなー。時間休、さすがに毎日は取れないし。たぶんあの子の定時は17時。公務員だしね。17時半より前には、この辺を歩いてる。残業なし? ホワイトだなー。転職しよっかな、あの子の職場に。単純接触効果って言わない?

 ぼんやり投げかける視線が、黒い人影を捉えた。障害物だらけで流れの遅い歩道を、ひとりだけランウェイの速度ですり抜けてくる。

 立ち止まってスマホを確認する外国人観光客。謎に広がって自撮りをする女の子たち。大きくはみ出してタバコを吸うサラリーマン。腕を組んでふらふら歩くカップル。

 どれも、あの子の視界には入っていないみたい。強い光の宿った目で正面を見据えて、凪いだ湖のように表情のない顔で、張り詰めたように背筋を伸ばして、大股で、早足に、歩いてくる。

 170センチないのに、人に埋もれない存在感があって、そういうのすごくいい。男だったら小柄だし、女の子だったらスタイルいいよねぇ。どっちかな。今日知りたいな〜。だめかな?

 人の流れに逆らって、あの子に近づく。

「ね、おにーさん。お久しぶり」

 チラッとこちらに切れ長の目を向ける。きれーな目してるねぇ。

 白目は白を通り越して青みがかって、黒目はアジア人でも珍しいくらいの深い黒。虹彩の模様に奥行きを感じる瞳に、17時過ぎのやわらかい日差しがちらちらと光を投げる。おれなんて簡単に吸い込まれちゃいそう。

 意志の強い眼差し。モードを着るために生まれたみたいな顔立ち。今日もオールブラックのモード服で固めている。めちゃくちゃ似合ってるよー。

 でもすごく脱がせにくそう! モード系ってどうして謎の構造の服を作りたがるんだろうね。そのボタン、外れそうで外れないパターン? そのファスナーはどこが起点でどこまで繋がってるのかなー?

 ……いかんいかん。今日は紳士に。名前を覚えて帰っていただければ。連絡先は教えてね? おれのアイコンは、モードな男が好きそうな雰囲気のやつに変更済みだから、いつでも交換しようねー!

「ねね、おにーさん、その服めっちゃ似合ってるよ〜」

「私は男で公務員で高給取りで天職に就いているので芸能界に用はない」

 今までの断り文句を一文にまとめて平坦な声で告げ、立ち去ろうとする、おれの狙ってるいい男。てかおれの顔は覚えてくれてんじゃん。めちゃくちゃチャンスじゃない?

「顔覚えててくれたんだー!」

 並んで話しかける。おにーさんのスピードに合わせるとおれは人にぶつかりまくるんだけど、一切ぶつからずにさっさか歩く感じ、やっぱ只者じゃないよ〜。

 ガン無視されてる。でもおにーさんが計算に入れてないことがひとつ。スカウトマンはガン無視にめちゃくちゃ耐性があるんだな〜。

「今日はスカウトじゃなくてさ。おにーさんとデートしたいなと思ってね?」

 おにーさんの眉間に皺が寄る。おれに視線を向けず、無視を決め込む。ナンパされ慣れてる感じか〜。

「ね、軍人さんか巫女さんでしょ? どっちかだけ教えてよ」

「……軍人か巫女? どうしてそうなるんだ」

 眉間の皺は消えないまま、おにーさんは切れ長の目をおれに向ける。おや、ビンゴでしたか。千葉くんマジでありがと〜。

「見た目変わらないから不老なのかなって思ってたけど、そういや処理班と明治神宮が近くじゃん? ってね。軍人なの? 巫女さんなの? 術は使えるんでしょ?」

「……私の身分は明かさないが、巫女は公務員ではないぞ」

 ちょっと話してくれた。いやいや話の糸口なんてこれで十分。スカウトマンですから。怖い顔して甘いよ〜。かわいーね。

「じゃ巫女さんじゃないんだ。軍人さんだ。かっこいいねぇ」

「は? 神宮勤めの公務員もいるだろう。それ、入れ知恵だな。くだらん……」

 千葉くんに教えてもらったのバレちゃった。まあいっか。

「ちょっとずつ仲良くなって、徐々におにーさんの素性が知りたいな。使える術とか」

「男に興味はない」

 話は終わり、ってぴしゃりと言って、さらに足を速めて逃げるおれのいい男。待ってよー!

「男がだめな理由は?」

 人にぶつかりながらなんとか追いかけて、聞く。

「試したことあるの? 楽しいことだけしてあげる」

 あからさまに嫌な顔されるかな〜。それはちょっとキツいな。って思ったけど、おにーさんは真面目な顔で考え込んでる。あれれ? 押せばいける感じ?

「どうしても無理じゃなければさ〜、今からごはん食べよ? デートとか思わなくていいし。ほら、ひとりでは入りにくい店とかあるじゃん?」

「男には抵抗を感じると思っていたが、よく考えると無理やり迫ってくる男が嫌いなだけだな。ああ、迫ってくるというのは具体的にはレイプであってナンパではなく、」

「あ……マジでごめんね!!」

 あ〜〜これはさすがに! やってしまった! デートがどうこうとかじゃないレベルのやらかし!!

「いや、全てに勝利してきたので問題ない。デートはしないがひとりで入りにくい店はある」

 全てに勝利!? 全てに勝利したの!? 気になる子が最強の男でよかった〜〜〜。

 てか、デートしてくれるんだ! いや、おれがデートって思ったらそれはデートだし? 甘いよ〜! かわいー!

 実は最強のおにーさん、スマホで行きたい店のページを見せてくれた。

 ……めちゃくちゃかわいい系のパンケーキ屋。

 あ、ひとりでは行きにくいけどおれとふたりなら行けると思ってるんだ。チャラい三十路男がくっついてない方がむしろ行きやすいと思うけどね!? ホイップクリームとフルーツとシロップてんこ盛りのこれを、17時過ぎから食べたいんだ〜……。

 まあデートできるだけで十分なので、おにーさんにくっついて原宿の中心部に向かう。今までの歩調からは落としてくれて、人の流れに従ってのろのろ歩く。

「おにーさん、お名前は?」

「はづら、だ。は、づ、ら」

「は、ず、ら?」

「ああ」

「それ……名前?」

「下の名前だ。名字は使っていない。で?」

「永山葉介ようすけ。『なが』は永遠の永で、葉っぱの葉に、介助の介」

「ほう」

「はずらって、どういう字?」

 信号待ちに引っかかったところでスマホに「波鶴拉」と入力して見せてくれた。

「へえ……。術っぽい。使えるんでしょ?」

「さあな」

「何年生きてるの?」

「想像に任せる」

「200歳くらい」

「かもな」

 おれのことは、ただのパンケーキ屋への同伴者と認識してるなー。すごくかわいいパンケーキが食べたかったんだ……。

「巫女さんは公務員じゃないの?」

 さっき食いついた話題を振ってみる。

「は? 政教分離という言葉を聞いたことないのか?」

「あーね。じゃ、おにーさんは神宮じゃなくて処理班だ。かっこいーね」

 少し目を細めて、無表情のまま無視を決め込むおにーさん。もっと手強てごわいと思ってたけど、そうでもないね。かわいー。

波鶴はずちゃんって呼ぶね。かっこいー名前」

 は? と嫌そうな顔するのは無視。ガンガン距離詰めてっちゃうもんね。押しに弱いタイプっぽいし?

なみつる……ん?『図工』の『ず』じゃなくて、『つ』にてんてんの方の『づ』?」

「ああ。そうだ」

「珍しいねー! かっこいー! 『ら』はなんだっけ」

「『拉致』の『拉』だ」

「え? もっといい意味……」

「ない」

「えぇ〜。術だ。術なんでしょ?」

 目線をおれに向けて、さあな、という顔で目を逸らす。あれ? ちょっと表情柔らかくなってない? ずっと無愛想な顔かと思ったんだけど!

 狙われてんのわかってるー? 知らない男に気を許しちゃだめよ? 心配だな〜。おいしくいただいちゃうよー?


 テーブルに案内されるまでに、ちょっと並んだ。色々話を振るんだけど、軍人さんなのかも、術を使えるのかも教えてくれない。身分は秘密なら、と趣味のことを聞くと、教えてくれたりくれなかったりする。

 おれはさりげなく、2軒目のヒントを探り当てたいのよ。パンケーキ屋ね。アルコールメニューあるかな……? キラキラ映えカクテルはないのかな……? とりあえずアルコール入れたいから、最強のいい男が食いつく2軒目を提案しないとなんだけど!

 店内はめちゃくちゃファンシーで、女の子たちがバシバシ写真撮ってる。いや、おれも業界的にはこういうとこ知ってるし、仕事で来ることはなくもないよ? でも……黒ずくめモードど真ん中の波鶴はづちゃんと、チャラいヒゲ長髪三十路業界人のおれは、浮いてるよ!! まだ女の子に見える波鶴ちゃんひとりで来た方がいいよ!! 

 あ、でも、ってことは一緒にここに来るような女の子はいないのか。チャンスじゃん? 大ヒントじゃん? いいのかな? そんなヒントもらっちゃってさー?

 ソファ席を譲ると、当然のように座る。先にフードメニューを渡してあげると、当然のように受け取る。でも女の子扱いされ慣れてるわけじゃないんだな〜。「上官」扱いされ慣れてるでしょ。軍人さんだよ! 強くてエロい、いい男だな!

 おれはドリンクメニューを確保して、アルコールを探す。ない。参っちゃうな〜。アルコール入れていい感じに持っていきたいのにさぁ……。パンケーキ屋からの2軒目……。脳内デートスポットマップを全力で検索する。

「波鶴ちゃん的にはさ、これ夕ごはんなの?」

「あー……どっちでもいいな。どれくらいの分量で出てくるかによる」

「おお……。若いね。たくさん食べるね」

 三十路おじさん、このホイップ盛り盛りパンケーキを食べ切れる自信があんまないんだけど……。そしたらあーんして食べてもらえばいいか!

 おれもメニューを決めて、波鶴ちゃんが右手をすっと上に伸ばす。

「お願いします」

 よく通る声で、店員さんを呼んでくれる。それだけの場面なのに、指先は綺麗に揃っていて、掲げた手は少しもブレなくて、澄んだ声は張り上げてもないのに店員さんに届く音量で。店内の女の子たち、ちらっと波鶴ちゃんを見て、噂話をしてる子もいる。


 オーラ、だよねぇ。


 おれは一番ホイップが少なそうな抹茶のやつにする。波鶴ちゃんはアーモンドのスライスが乗ったパンケーキをダブルで……。

 ダブルにしちゃったらそれは夕ごはんなのよ。おれとの2軒目は〜?


 波鶴ちゃん、食べ方綺麗すぎ。ものすごい厚さで重なったパンケーキを倒さずに切り分け、ホイップを上品に掬い取って、上機嫌でどんどん口に運ぶ。

 上機嫌なのよ。かわいー。無表情に見えて、ほころんでる雰囲気があって。若い男の食欲でバクバク食べるのに、皿の上は見たこともないくらい上品に片付いて、うわ〜。年上の男じゃん。エロいやつ。

 おれも抹茶パンケーキはなんとか食べ切った。甘いものは好きだけど、やっぱこういうのは若い子の食べ物よねぇ……。おれの胃が限界だから、もうバーしかないな。

「ね、お酒は飲めるんでしょ?」

「ん? まあ、弱くはない」

「何が好き?」

「日本酒か、洋酒であればワインとか」

「ふーん。バー行ってみない? 日本酒のカクテルとか試したことある?」

 ほう、と興味を示した顔をしてくれるから、心の中でガッツポーズ。結構チョロいんじゃん? おじさん心配。こりゃ、おれ以外のおじさんに捕まらないように見張っとかないとだわ。

 パンケーキは奢ってもらっちゃった。「私が行きたかったんだ」と言われたから、ここは素直に。バーは奢ってあげよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る